表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/96

89 魔女の反撃

⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.




「――お断りいたします」


「…………は?」


 その場にひざまずいたまま、カナン殿下は気の抜けた声を出す。私はもう一度深呼吸をして、畳みかけるように告げた。


「お断りいたします、と申し上げました。わたしはあなたの妃にはなりません。わたしはこの国の辺境の民です。辺境を愛しておりますし、大切な人がたくさんおりますので、この国を離れることはありえません」


 きっぱりと言い切ってから、もう一度息を吸い込む。

 この際だからきちんと言わせてもらう。


「それにわたしは魔女ではありませんし、魔物も育てておりません。あの子はわたしたちの大事な子です。あ、先日無事に生まれました。その節は大変なお世話になりました。おかげでちょっと死にかけましたけど」


 殿下が動く様子はないけれど、ちゃんと声は届いているはずだ。目元が震えているのが見える。

 私は大切な人を想いながら、心のままに声を張り上げた。


「それに! わたしは初めから申し上げております。心に決めた方がおりますと! その方以外とは絶対に、一緒にはなりません!!」


 一気にまくし立てたあと、息を整えちらりと周囲を見る。


 参加者たちは呆気(あっけ)に取られたような顔でこちらを見ている。

 王族席ではハルジュ様がこちらに走り出そうとしているのを、カレンディア様が止めているのが見えた。


(最後の言い過ぎちゃったかな……)


 自分の言葉を思い返して、頬がじわじわと熱を持ち始めたとき――


「それが君の本性か……」


 カナン殿下が呟いた。

 はっと視線を戻すと、立ち上がった殿下と目が合った。


 殿下の表情に、私は息をのむ。

 その瞳は光を失い、どこまでも闇が広がっていた。


 目を細め口元を(ゆが)めて笑った殿下は、すぐに笑みを消し、悲痛な声を上げた。


「なんということだ……やはり彼女は魔女だった! 気の弱いふりをして同情を誘い、魅了の魔術で思考を操る……レオシード殿下と同じ(わな)に、僕もかかっていたようです」


 殿下は私を見て怯えるように身をすくめ、参加者に向かって叫ぶ。


「僕は辺境で彼女の魅了を受けました! そしてここに招待するように暗示をかけられた。それは……王都に魔物を放つためだったのです!」

「なっ……」


 その直後、会場内が騒然とし始めた。

 とっさに言葉が出てこず、慌てて周囲を見回す。


 悲鳴を上げる人、罵声を飛ばす人、パニックになる人……

 国王陛下やハルジュ様は警備兵に指示を出し、参加者たちを落ち着かせようと動いていた。

 しかし、何百人もいる参加者はすでに混乱の渦に陥っている。


 もう私たちを見ている人は誰もいない。思わぬ状況に立ちすくんでいると、カナン殿下はくつくつと笑った。


「これで、君の居場所は本当になくなるね……。人は簡単に惑わされる。都合のいいものを信じて、見たいものだけしか見ようとしない。君の大切な人たちとやらは、何が起きても絶対に君を信じてくれるの? ここにいる人間のようにはならない? ……本当に?」

「それは……っ」

「ほらね、君も本心では信頼なんかできていないんだよ。都合よく信じていたいだけだ。その点、僕は何があっても君の手を放すことはしないよ。……僕のためにね」


 言葉に詰まった私の隙を見逃がすわけもなく、殿下は甘い声で責め立ててくる。

 手を氷水に浸したかのように、指先から感覚がなくなっていく。私は指先を確かめるように、胸の前で手を組んだ。


 その手に指輪がないのを目ざとく見つけた殿下は、(あわ)れむような顔をする。


「おや……あんなことを言っていたのに、君が心に決めた『指輪の人』も、やっぱり離れていってしまったんじゃないか。かわいそうに……。僕がもっと大きな指輪を贈ってあげるよ。幸せな夢だけを見られる……黒くて美しい指輪だ」


 ——その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾ける音がした。


 私に向かって伸びてきたカナン殿下の手を払いのけ、後ろにあとずさる。


「違います」

「え?」


 払いのけられた手を押さえて目を丸くする殿下に、もう一度はっきりと告げた。


「あの方は、最後まで味方でいてくれる。それだけは……絶対に信じられる」


 (いぶか)しむ殿下をまっすぐ見据え、震える拳を握りしめる。


「誰に何を言われても……大勢の人に(さげす)まれたって構いません。わたしには信じてくれる人が……聖霊たちが側にいる。だからあなたの手は取りません。何があっても」


 私の言葉を聞いた殿下は、美しい顔を嫌悪に(ゆが)めた。


「はっ、聖霊なんて……いったいどこにいるんだ? そんなおとぎ話を都合よく信じているこの世界は異常だ」


 カナン殿下が忌々(いまいま)しげに目を細める。

 でも、その(よど)んだ視線は私ではなく、もっと別のところを向いているようだった。


「聖霊王? そんな不確かなものが国を守っていると都合よく信じて、平和だなんだとのんきにうたって……国を奪われない保証はどこにあるんだ? だから僕は身を(てい)して世界に現実を教えてあげるんだよ。油断していると……国を奪われてしまうんだって」


 私は殿下の言葉が理解できなかった。

 聖霊が見えない人が、聖霊を信じられないのはわかる。でも、聖霊王の守護まで疑って、それを国を奪うことで証明しようとするなんて……。


「……まあいいさ。人は都合のいい方を信じる。今みんなが信じるのは……僕だ」


 カナン殿下はため息をつくと、ホールの喧騒(けんそう)をかき消すほどの大きな声を出した。


「これは国の乗っ取りを企む魔女の陰謀だ! 魔物を育てていることも白状した! 早く捕えてください!!」


 会場が一瞬にして静まった。

 無数の焼けつくような視線が私に突き刺さる。


 静寂が訪れたホールの中、ふいに誰かの声が聞こえた。


「……魔女め」


 ぞくり、と背筋が(あわ)立つ。


「ここから消えろ!」


 その言葉をきっかけにして、憎しみ、恐怖、怒り……負の感情が一気にホールを飲み込んでいく。


「国を乱す犯罪者だ!!」

「大罪人を許すな!!」

「この国から出ていけ!!」

「いや、処刑だ!!」


 ここで私が否定しても、誰も信じないだろう。

 言葉の暴力を一身に受けて、恐ろしくてたまらないのに……逃げたいとは思わなかった。


(考えろ……ここからわたしができることを……)


 罵声が飛び交うホールの中で、うっすらと笑うカナン殿下だけをまっすぐにらみ据えた。



 その時だった。


 私が大好きな、深く穏やかな香りが、ふわりと香った。

 温かくて大きな手が私の腕を優しく掴み、そっと後ろに引き寄せる。


「ハルジュ様……」


 心がゆるやかに()いでいく。


 カナン殿下がいつもの優しげな顔をして、ハルジュ様に声をかけた。


「ハルジュ殿。しっかり捕えておいてください。その魔女を――」

「彼女を魔女と呼ぶな」


 地を()うような低い声。大声を出しているわけではないのに、ハルジュ様の放つ威圧感がホール全体の空気を震わせる。

 あれだけ飛び交っていた罵声がぴたりと止んだ。


 私ですら鳥肌が立つほどの圧倒的な気迫を前にして、カナン殿下は言葉を失っていた。


「彼女は魔女ではない。……もう、いい加減にしろ。私たちはリナリエを疑ったりしない」


 私の腕を掴むハルジュ様の手に力がこもる。けれど、絶対に私に痛みを与えることはない。

 さっきまで胸の内にあった恐怖は、跡形もなく消えていた。


 私は彼の手にそっと自分の手を添える。

 ハルジュ様と視線が重なると、新緑の瞳に宿していた激しい怒りが、ふっと和らいでいくのがわかった。


「私にはあなたが我が国を陥れようとしているようにしか見えない。民をあおるのは無駄だ。もう諦めろ」


 ハルジュ様が淡々と告げる声を聞いて、参加者たちは戸惑い始めたようだった。

 カナン殿下は想定外の事態に苛立(いらだ)ちをあらわにし始めた。


「……そうですか。まさか、ハルジュ殿まで魅了の魔術にかかっているとは……! もう誰でもいい! この魔女を捕えよ!!」


 こらえきれず声高に叫ぶ殿下の呼びかけに、すぐに反応する人たちが現れる。国王陛下の待機命令を無視して動き出す兵もいた。


 彼らはふらふらとこちらに近づいてくる。目は虚ろで生気がない。

 湖で見た領民たちの姿と同じだった。


(やっぱり間違いない。彼らは魅了の魔石を持っている。魔石の主は――カナン殿下だ)


 私とハルジュ様は操られている人たちを誘導するように、じりじりと移動を始めた。

 魔石を持っているだろう人たちは、参加者の半分ほどにも及んでいた。


 カナン殿下を見ると、私たちが貴族相手に力をふるえず攻め悩んでいると思ったのか、勝ち誇ったように笑っている。


(このときを待っていたのはこっちよ……!)


 操られた人たちがフロアの中ほどに集まったのを確認して、私は大きく息を吸う。

 そして、ホール中に響き渡る声で叫んだ。



「トルト! 聖霊たち! 出番だよーーー!!」



 ――反撃開始だ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ