86 そして断罪パーティへ
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パーティ当日。
夜明けとともに目が覚めた。
外はまだ薄暗く、耳を澄ますと使用人たちが動き始める音がかすかに聞こえる。
修道院生活にすっかりなじんでしまい、こんなに寝心地がいいベッドでも、眠気はもう戻ってこない。
(前までは朝が苦手だったのになぁ……)
思わず苦笑する。
トルトはまだ夢の中で、すぅすぅと寝息を立てている。
私は枕元に忍ばせていたサシェを手に取り、鼻に近づけた。
香りの薄くなってしまった、妹と弟が作ってくれたお守りのサシェ。そっと息を吸えば、心地よい花の香りがまだほのかに香る。
(わたし……がんばるからね)
胸いっぱいに吸い込んで、私はベッドから起き上がった。
朝日が昇ってしばらくたったころ、カレンディア様が侍女を連れて客間にやってきた。
「おはよう、リナリエ。調子はどうかしら?」
「おはようございます。あんなに寝心地のいいベッドは生まれて初めてでした」
「まあ、ふふふ……それはよかったわ」
私が笑うとカレンディア様も柔らかく微笑んだ。
(朝日に照らされるカレンディア様の笑顔が、今日も美しい……)
「さあ、パーティの支度を始めましょう」
「……へ?」
ぽかんとしていると、カレンディア様は片眉を上げた。
「まさか、夕方までのんびりしているつもりだったの? もう戦いは始まっているのよ」
そう言ってカレンディア様は、後ろに控えていた侍女たちに合図を送った。
そこからあっという間にバスルームに連れていかれ、全身を磨き上げられ、極上のマッサージに何度も気を失いかけて――
(お、お城のときよりすごかった……)
昼過ぎには、鏡の前にまばゆく輝く美少女が立っていた。
真っ白なお肌につやつやの髪。目はいつもの倍は大きく見える。
公爵家の侍女の能力に恐ろしさすら感じていると、鏡越しに見えたのは……私の背後でにっこりと微笑む侍女たちだった。
「うふふ……さあ、ここからが本番ですよ」
「あ……」
息つく間もなく後半戦が始まった。
侍女たちは見事な手際で髪を結い、ドレスを着つけてゆく。いつもはしないメイクを施され、きらびやかなアクセサリーを身につけて――
「さあ、これで完成ですわ」
鏡をのぞくと、そこには別人のように美しく着飾った私が映っていた。
肩から胸へ、サファイアブルーのビーズが星のように散りばめられた、ホワイトシルクのドレス。
スカートはチュールが何枚も重ねられ、裾に向かって白から青へと移り変わるグラデーションの中に、銀糸の聖星花が咲き誇っている。
このドレスは元王室御用達デザイナー、ファルダさん渾身の作品だ。
髪は一つに編み下ろし、ハルジュ様たちとお揃いの青水晶と、大切な百合の髪留めを留めてもらった。
そして耳元と首で光るのは、鮮やかな新緑色――エメラルドのアクセサリー。
すべてハルジュ様からの贈り物だ。
私にとってはこれ以上ないほど心強い戦闘服になった。自然と背筋が伸びる。
準備ができたところで応接間に向かう。応接間の扉を叩くと、中からカレンディア様の返事があった。すでに準備を終えていたようだ。
扉を開けると……中にいたのはバラの女神だった。
ラベンダー色のドレスは幾重にも折り重なり、まるでバラの花びらのよう。腰には大輪のバラを模した大きなリボンが花開き……バラの刺繍とともに縫いつけられた宝石の輝きが、ドレスの華やかさをより際立たせている。
複雑に編み込まれたピンクブロンドの髪は片側に流され、身につけているアクセサリーはすべてが希少な黒ダイヤ……ノクスさんの色だ。
「まあリナリエ……素敵だこと……」
「カレンディア様は……美しすぎます……」
お互いため息をついて目を見合わせる。ぴったり声が重なったのをくすくす笑い合っていると、扉がノックされた。
「お嬢様。王弟殿下をお連れしました」
扉が開き、ハルジュ様とノクスさんが姿を現す。
ハルジュ様が入ってきた瞬間、時が止まった。
金糸の刺繡で縁取られた、白い王族衣装。ハルジュ様の正装を見るのは初めてだった。
いつも下ろしている前髪はすっきりと上げられ、美しさが何倍にも増している。
艶やかなブロンドヘアに揺れるのは、お揃いの青水晶。そして私の瞳の色と同じ……黄金色の宝石をあしらった、金のイヤーカフが耳元で輝いている。
(推しが……かっこよすぎる……!!)
私が見惚れて立ちつくしていると、同じように目を見開いて固まっていたハルジュ様が先に動き出した。
「もしも聖霊女王がいるなら……きっと君の姿をしているに違いない。きれいだ……私は今日ほど、創世神に感謝したことはない」
そう言って私の手を取りそっと口づける。
…………口づけが長い。
(無理だ……心臓がもたない……)
顔から首筋までが燃えるように熱くなる。危うくめまいを起こしかけたところで、可愛い可愛い声がした。
「みゃうー!」
ハルジュ様の後ろからトルトがふわふわと飛んできて、ソファの上にお座りした。
見てくれとでもいうように、ふふんと反らすその胸元には――金と緑の刺繍が入った白い蝶ネクタイ。
「な……、な……! なんっって可愛いのうちの子は……!!」
トルトも初めてのおめかしに、ご機嫌そうに尻尾をふりふりさせている。
私たちの反対側のソファでは、カレンディア様とノクスさんが甘い空気を漂わせていた。
今日のノクスさんは最高級のビロードで仕立てられた黒いタキシードに身を包んでいる。タイピンやカフスボタンなどの装飾品は、すべてカレンディア様の瞳と同じ、空色の宝石がきらめいている。
美しい二人が並ぶ姿を芸術家たちがひと目見れば、誰もがこぞって描きたがるに違いない。
「あなたを誰にも見せたくない。やはりパーティは欠席して、俺が秘密裏にあいつを消せば……」
「それだと結婚が遅くなるでしょう? それは嫌よ。堂々と表舞台から消えてもらうのよ」
……話している内容は不穏だったけれど。
今日のパーティでは、揃って招待を受けたハルジュ様とカレンディア様がパートナーとなる。
そして私のエスコート役として、ノクスさんが参加することになっている。
——準備は整った。
公爵家が用意した馬車に四人で乗り込む。
膝の上にトルトを乗せる。もちろん聖霊たちも一緒だ。私は緊張をごまかすように、トルトのたてがみを何度もすいた。
公爵邸から城は近く、馬車はすぐに王城へと到着した。
人目を引くため、先にハルジュ様とカレンディア様が会場に入る。
「君はひとりじゃないからね」
私の指先に優しく口づけをして、ハルジュ様はカレンディア様とともに馬車を降りた。
二人が降りた途端、周囲がざわめく。
「王弟殿下だわ……なんて美しいの……」
「隣にいるのは公爵令嬢……いや、聖女様か。まるで女神のようだ……」
「聖女様、辺境で奇跡を起こしたとか。素晴らしいわ……」
参加者の視線は二人に集まり、馬車の方には見向きもしない。
「そろそろ俺たちも降りよう」
ノクスさんの言葉に、小さく体が震える。
「リン、みんな。トルトをお願いね。……がんばろうね」
「うん」
「みゃ」
トルトをバスケットに入れ、聖霊たちに任せて立ち上がる。このあとトルトは公爵家の使用人が控室に運び、聖霊たちと作戦決行まで待機することになっている。
私はノクスさんの手を取り、あの日、私の運命を変えたパーティ会場へと足を踏み入れた。
◇
明るく照らされたきらびやかな王城の通路。
会場へ向かう人たちの中に、私に気がつく人はまだいない。
半年前、私はここで「魔女」になり、王都から追放された。あの暗く寂しい、冷たい牢の記憶が……ここに来てまざまざとよみがえってくる。
一歩一歩進むたび、足に重りがつけられたかのように、動きが鈍くなっていくのを感じた。
頭は冷静でいるのに、足が思うように動いてくれない。気を抜けば、勝手に後ずさりをしそうなほどだった。
「おい、大丈夫か?」
私の歩みが遅くなっているのに気づき、ノクスさんが小声で問いかける。その声に黙ってうなずく。
(わたしは大切なものを守るために、ここに来たんだ……)
そう何度も心の中で繰り返し、前に進み続けた。
そして、ホールの中に入った直後だった。
「ねえ……あれって、元聖女様じゃないの?」
――気づかれた。
「本当だ……辺境に幽閉されていたんじゃないのか?」
「ちょっと……魔女でしょ? なんでここにいるの?」
「あんなのを聖女と呼んでいたなんてね……すっかり騙されたわ」
「そういえば最近、魔物を育てていると聞いたぞ……本当なら大罪人だろう? 兵士は何をしてるんだ」
声は波紋のように広がっていく。
私の周囲の空気が、冷たさを増してきた、そのとき――
王族と、カナン殿下の入場が告げられた。




