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85 パーティ前日の作戦会議


第十一章 スタートです

 辺境を出発して一週間後。


 馬車は王都の門をくぐった。


 王弟であるハルジュ様は身元がはっきりしているため、王都の関所で馬車を確認される心配はない。けれど王都に入る少し前から、私は身を潜めるようにして過ごしていた。


 カーテンの隙間からそっと外をうかがう。


 およそ半年ぶりの王都は、雰囲気が変わっていた。


 王都といえばこの国最大の都市だ。国中から人が集まり、毎日のように大きな市が開かれている。私が知っている王都の街は、もっと明るくて(にぎ)やかだったはずなのに……。


 人通りは以前よりも少なく、街を歩く人たちからは活気が感じられない。どこか不安げな表情、ぼんやりとした表情の人が多かった。


 馬車が見知ったお店の前を通った。懐かしさにふと目を向けると、お店の前でお客さんらしき人たちが口論をしていた。

 なんだか嫌な感じだな……そう思っていると突然、片方の人がもう一人に掴みかかった。


「――!!」


 慌てた店員さんが止めに入る様子を見て、私はカーテンをしっかりと閉じた。

 王都を出る前とはあきらかに違う、不穏な雰囲気が街に漂っている。


「この雰囲気、魔石の影響でしょうか……」

「おそらく。予想していたよりも悪いな……」


 同じように街の様子を見ていたハルジュ様が顔を強張(こわば)らせる。

 私は気を紛らわせるように、膝の上にいるトルトをなで続けた。


 そのうちに馬車は貴族街に入り、とある大豪邸に到着した。今日はカレンディア様のご実家である、公爵家の王都邸に泊めてもらうことになっているのだ。


 馬車を降りると、私たちを出迎えたのはお城と間違えそうなほどの巨大な(やしき)だった。邸の前には植物園のような美しい庭園が広がっている。全体の敷地でいえば辺境領の領城よりもずっと広い。

 そんな国を代表する公爵家のお宅に平凡な伯爵家の私がお邪魔するなんて、今まで想像したことすらなかった。あまりの場違いさにちょっぴり足が震えてしまった。


 公爵家の使用人に応接間へと案内された。室内で待っていたカレンディア様とノクスさんと、およそ一か月ぶりの再会の挨拶を交わす。


「王都では魔石が貴族にまで流行しているわ。浄化を進めてはいるけれど、広がるスピードが想像以上に早いわね……」


 使用人が退室し四人だけになると、カレンディア様がため息まじりに言った。


「王は少し前に黒い石の所持を禁じたけれど……無理でしょうね。王都の様子を見たでしょう? 誰でも不安なときは何かに(すが)りたくなる……あれは甘美な毒よ。不安が広がれば広がるほど、人々は魔石を求める。『お守り』なんて、よく考えたわね……」

「王にはすべてを報告しました。今は王都内の目立たない場所や空き家を中心に、怪しい人物や不審な物資の出入りなどを密かに捜索中です」

「現時点では手詰まり、か……」


 二人の報告を聞いてハルジュ様がぽつりとこぼす。魔石の方は思ったよりも状況が良くないようだった。


「そうなると、やっぱりカナン殿下の浄化が先でしょうか……。でも殿下もカレンディア様が浄化の力を持っているのは知っているから……」

「……魔の本能が強まっていれば、簡単には近づかせてもらえないでしょうね。でも、そっちは力ずくでどうにでもできるわ」


 カレンディア様がにっこりと笑った。


「カルミノード王に密使を送ったの。ノクスのこと、とても喜んでくださったみたい。カナン殿下のことは『すべてお任せします』って、ご丁寧に国璽(こくじ)入りで謝罪とお礼のお手紙までいただいたわ」


国璽(こくじ)入りって……それはもう国の公式文書じゃないか……」


 ハルジュ様が呆れたような声を上げた。


「それはそうよ。あちらの国も、両国間の平和を乱す者を放ってはおけないでしょう。こちらのことはこちらで収めてあげるのだから、自国の()のことをきちんと片づけておいてもらわないとね」


 カレンディア様が意味深に口角を上げる。その瞳はすべてを見通しているかのような、冷ややかで鋭い光が宿っていた。


「とりあえず、問題は明日のパーティだ。魔石を持った貴族は大勢いると思った方がいい。最終的に殿下を抑えるとしても、まずはホールにいる参加者を浄化しなければならないだろう。全員を一気に浄化できる方法など……」


 そう言って、ハルジュ様は腕を組んで考え込んだ。


「そこなのよねぇ……」


 カレンディア様も頬に手を当てる。


「あるよー」

「えっ!?」


 プティがふわりとハルジュ様の肩に降りた。


「あ、あるの? ホールにいる人、みんなを浄化する方法だよ?」

「そうだよねー! リン!」

「うん」


 リンがちょこんと私の肩に乗った。


「どうすればいいんだ?」

「ふたりともお耳かして!」


 私たちの肩に乗った二人を挟むように、ハルジュ様と私は顔を寄せる。


「えっとね……トルトが空から…………それでね、わたしが咲かせるから……」

「うんうん」

「そしたらー……ハルが聖霊の力で……お部屋いっぱいに…………光でまとめて消しちゃえば……」

「なるほどな……」


 私たちはプティたちの話にしばし聞き入った。


「仲がいいのは結構だけど……」


 呆れたような声が聞こえ、はっと気がつく。カレンディア様とノクスさんが揃って首を(かし)げている。


「わああ! 違うんです! あのですね……!!」


 聖霊の見えない二人には、私たちが急に顔を寄せてささやき合っているようにしか見えていないんだった。私は慌てて二人に聖霊たちの作戦を説明した。


「まあ……! 聖霊さん、とても素敵な作戦ね。わたくしがんばるわ」


 姿の見えない聖霊たちに、カレンディア様が優しく微笑んだ。褒められたプティはご満悦で、カレンディア様の周りを(せわ)しなく飛び回っている。


 明日の作戦会議は夕方まで続いた。


 カナン殿下がどんな手を使ってくるのかわからない。

 それでも……みんながいれば、きっとうまくいく。そう信じられた。





 その夜。


 夕食とお風呂をいただいて、客間の広いベッドにトルトと一緒に横になる。

 ふかふかのベッドが気持ち良かったのか、トルトはすぐに眠りについてしまった。


 私も目を閉じる。


 明日のパーティは、あの日と同じ……王城のホールで行われる。


 過去の自分が、ふと思い浮かんだ。

 何もできず、周りからの視線に怯えてばかりの自分。


 思い出すほどに胸の奥が苦しくなる。でも――


(明日はもう、逃げたりしない……)



 そう自分に言い聞かせながら、眠りについた。

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