84 辺境から王都へ
第十章 ラストです
「断罪……イベント……?」
思わず繰り返すと、カレンディア様は無邪気な少女のような笑顔を見せる。
「ノクスがおもしろい情報を掴んだの。公爵家が管理しているカルミノードと王都を結ぶ交易ルートで、許可した覚えのない武器が見つかったんですって。それも巧妙に隠されていたらしいの」
「武器!?」
突然出てきたとんでもない話に、声が裏返る。
許可のない武器が他国から王都に持ち込まれる……それは武器の密輸だ。この世界では家が取り潰しになってもおかしくないほどの重罪となる。
(でも、それと断罪イベントに何の関係が……?)
カレンディア様は、まるで謎かけでも楽しんでいるかのように問いかけてくる。
「武器を隠し持っていた商団は、覚えがないと言い張っているらしいのだけれど……さて、その商団、どこから来たでしょう?」
「ど、どこって……」
(カルミノードなのはわかるけど……)
「こ、答えは……?」
おそるおそる聞いてみると、カレンディア様は首を傾げて声を上げて笑った。
「あら、難しかったかしら。答えはね、なんとカルミノード王妃の生家――まさかまさか、カナン殿下のお母様の実家が所有している商団なのよねえ……。ここまできて無関係なんてこと、あると思う?」
カレンディア様の伸びやかな声が響くたびに、部屋の空気が重苦しいものに変わっていく。
さっきからずっと笑っているけれど……その瞳の奥は完全に冷え切っていた。
(カレンディア様……なんかめちゃくちゃ怒ってない……?)
「せっかく婚約破棄の慰謝料で王家からもぎとった自由に使えるルートだったのに……。おかげでこの交易ルートは消滅よ。よくもまあ、好き勝手してくれたわね……」
(あ……そこか……)
カレンディア様は実はやり手の実業家でもあるらしい。自分が大切にしてきた庭を荒らされて、かなりご立腹なようだ。
彼女の静かな怒りがびりびりと肌を刺す。この場で言葉を発する勇気のある人は、誰一人いなかった。
「この国に魔石をばらまき、武器の密輸まで……もう事前に阻止するのじゃあ生ぬるいわ。大勢の前で派手に悪事を暴いてやるのよ」
「それが今度のパーティ……」
思わず私が呟くと、カレンディア様はにこりと微笑む。
「そしてリナリエ……そこで貴方の魔女疑惑を堂々と晴らすのよ」
「——っ!」
王都から遠い辺境にいれば、噂を忘れていられるのかもしれない。けれどそれでは、私が「魔女」だと疑われている事実は消えないままだ。
私はきちんと向き合いたい。魔女でも悪役でもないんだと、ちゃんと声を上げたい。
胸を張って、ハルジュ様の隣に並ぶために——。
「ふふ、決まりね」
私が強くうなずくと、カレンディア様は満足げな笑みを浮かべた。
「それとパーティでカナン殿下を断罪したら、ノクスを王族に復帰させましょう。こんなチャンス、逃すわけにはいかないわよね?」
そう言いながら、ノクスさんの肩に頭を乗せる。
「結婚できれば王位はどうでもよかったんだけど……。こうなったらお前が王になるしかないもの。わたくし好みの素敵な王国にしましょうね」
「お嬢様の理想の王国……楽しみです。必ず実現させてみせましょう」
ノクスさんがカレンディア様の腰をさらに引き寄せてささやいている。
「もうカレンディアは止められそうもないな……」
ハルジュ様が小さく呟いた。私たちは視線でうなずき合う。
(うん、これはそっとしておこう……)
それからしばらく話し合いは続いた。
そして一か月後に王都での再会を約束し、それぞれが断罪イベントに向けて準備を進めることになった。
ここで一旦、カレンディア様たちとはお別れだ。
帰り際にカレンディア様が満面の笑顔で言った。
「わたくしたちにふさわしい、最高の断罪イベントにしましょうね!」
◇◇
「悪いやつは許しちゃだめよ。徹底的に叩きのめしちゃいなさい!」
マザーが私を抱きしめながら、物騒なことを言い出した。
あれから約一か月。
いよいよ今日、王都に向けて出発する。
「……いってらっしゃい。無事に帰ってくるのよ」
「はい、マザーも無理はしないでくださいね。……いってきます!」
辺境に来てからずっとマザーと一緒だった。しばらく会えないと思うと、胸のあたりをすきま風が吹き抜けるような、心もとない心地がする。
マザーの腕のぬくもりを忘れないように、ゆっくりゆっくり腕を離す。
「みゃーん」
トルトがマザーの足にすり寄って、猫なで声で甘えている。
「ふふ、トルトもマザーと離れたくないみたい」
私が笑うと、マザーはかがんでトルトの頭を優しくなでる。
「トルト様、どうかリナリエをお願いしますね。私はここで祈りながらお帰りをお待ちしています」
「んみゃ」
マザーはトルトのことを「トルト様」と呼ぶ。聖霊王様への敬愛ゆえ、だそうだ。そんなトルトもまんざらではなく、マザーのことが大好きなのだ。
マザーの言葉にひと声鳴いて、トルトは聖霊たちと馬車の方へ駆けていった。
「お待たせ、じゃあ出発しようか」
トルトと入れ違いに、荷物を馬車に積み込んでいたハルジュ様がやってきた。
すかさずマザーががっちりとハルジュ様を捕まえる。
「若様。リナリエは傷ひとつなく返してくださいね。でなければ坊やには渡せないわ」
「……私の命に代えても」
ハルジュ様は戦地にでも向かうような顔で、びしっと騎士の敬礼をしている。
(わたしたち、王都のパーティに行くんだよね……?)
マザーに手を振り馬車に乗り込む。
ハルジュ様が私の隣に座ると、馬車は静かに動き出した。
向かい側の座席では、トルトと聖霊たちが仲良く遊んでいる。
その中にはリンの姿もあった。
最初のころ、彼女はあまり姿を現さなかった。
そのうち祈りの時間になると聖堂に現れ、私たちと一緒に祈るようになった。
引っ込み思案のリンを、ほかの聖霊たちは温かく迎えてくれた。リンを見つけるたびにプティがあちこち引っ張り回していて、はらはらしたこともあったけれど……。
初めは戸惑っていたリンも、やがて声をあげて笑うようになっていった。
そして今では、リンがトルトのお世話係のリーダーだ。
今もトルトと色とりどりの花びらを馬車の中に降らせている。
その姿を微笑ましく思いながら、私は窓の外に目を向けた。
修道院から街へと続く道は、見渡す限り聖星花であふれている。
トルトのお世話を始めてわかったことがあった。なんとトルトは植物の種を作り出せる力を持っていたのだ。
そして、リンは植物を成長させる力を持っていた。
その力を使ってトルトと私、そしてリンで、街まで続く聖星花の花畑を作った。
トルトが生まれたことで、これから大地の再生が始まる。でもトルトが作り出す種を植え、私たちが再生の力を使えば、すぐに大地に聖霊が宿り、植物が育つようになる……そう聖霊たちが教えてくれた。
馬車に向かって笑顔で手を振ってくれる街の人たち。
今日もたくさんの人が街道でお花見を楽しんでいた。
街の農地に差しかかると、今日もみんなで野菜を収穫しているのが見えた。
「リナリエちゃーん! いってらっしゃーい!」
「ねーね! いってしゃーい!」
なじみのある声が聞こえ、窓を開けて大きく手を振る。
「ナタリスさん! フロムくーん! いってきまーす!!」
両手いっぱいに野菜を抱えたナタリスさんと泥だらけのフロム君が、いつものように笑って見送ってくれる。
辺境は間違いなく、再生の道を進み始めている――
隣を見るとハルジュ様が笑っている。
開けた窓から入ってくる秋の優しい風を吸い込むたびに、幸せな気持ちで満たされていく。
この辺境は、もう私の帰る場所だ。
必ず王都で決着をつけて、みんなでここに帰ってこよう……!
ここまでお読みいただきありがとうございます⟡.*
いよいよ最終章に入ります……!
もうしばらくお付き合いください(*^^*)




