83 王都からの招待状
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カレンディア様とのお茶会から一週間が経った。
今日はハルジュ様に呼ばれて領城に来ている。大事な相談があるということだったけれど……。
応接間に入ると、ハルジュ様、カレンディア様、ノクスさんが勢揃いしていた。
ハルジュ様がすぐさま立ち上がり、私の元へ歩いてくる。
「迎えに出なくてごめんね。会いたかった」
そう言って私の手を握り、手の甲に口づけた。
「な! み、みんな見てますから……!」
最近、ハルジュ様はずっとこんな調子だ。
(会いたかった、なんて言うけど……昨日も修道院に来たよね……?)
いくらほてった顔で注意しても、ハルジュ様はにこにこと微笑むだけ。今日も憎らしいほど麗しい。
「あら、そんなの気にしないわよ。ねえノクス」
「はい、興味はないので」
今日のノクスさんはソファの後ろではなく、カレンディア様の隣に座っていた。ノクスさんの手はカレンディア様の腰に回り、仲むつまじく寄り添っている。
もう二人の仲を隠す気はないようだ。
「さっきからああなんだ……私だって少しくらいいいだろう?」
(それって張り合うものなの……? うう……その目はずるい)
会えて嬉しいのは私もだから、どうしたって断れないのだ……。
そのままソファにエスコートされ、ハルジュ様の隣に座った。
しばらくはお茶を飲みながら四人で和やかに話をしていたけれど、全員のカップが空になるころ、ハルジュ様が固い表情で今日の本題を切り出した。
「王城から招待状が届いた。ひと月後、カナン殿下の帰国に合わせて送別パーティが行われる。殿下は国賓だ。国中の貴族を招待した大規模なものになるらしい。招待されたのは私とカレンディア。それに……リナリエだ」
「……え? わたし?」
自分の名前が上がるとは思わず、反応が遅れた。
(伯爵令嬢や癒しの聖女だったころならまだしも……王都を追放されたシスターに?)
そこまで考えてふと思い出す。
(そういえば、別れ際に『また会いたい』みたいなことを言っていた気がする)
「やっぱり、まだ諦めていないんですかね……?」
嫌な予感がしてたずねると、ハルジュ様はテーブルの上に新聞と手紙を広げた。
「……これを見てくれ」
新聞の一面記事には、『カナン殿下の送別パーティで妃選びがあるかもしれない』という内容が書かれていた。
「そういうこと……」
胸がざわざわと騒ぎ出す。きっと私が招待されたのはこれが理由だろう。
言葉に詰まっていると、ハルジュ様が新聞の隅を指差した。
「……ここも読んでみて」
その記事は『黒い石が願いを叶える!? 王都で流行中のお守りアクセサリーとは!』というものだった。
「……っ! まさか今度は王都で……?」
「詳細は調査中だが、おそらくあの魔石と同じものだ。すでに兄上には報告は飛ばしてあるが、広がり始めたら止められないだろう」
「わたくしとノクスはすぐに王都に戻って魔石の浄化にあたるわ。ここはもう大丈夫だから」
あれから魔石の露店はぱったりと消えてしまい、結局犯人は捕まらなかった。その代わり街中総出で魔石探しを行い、カレンディア様がすべて浄化することに成功したのだ。
辺境はみんなで協力できたけれど……王都は規模が違う。
(ようやく辺境の街が落ち着いてきたのに、今度は王都……。この国で何が起きているの……?)
考え込む私の前に、ハルジュ様から一枚の紙が差し出された。
「そしてこの報告書……本当は見せたくないが……」
その報告書を読んで、私は愕然とした。
――『魔女、リナリエ・メルダールが辺境で魔物を育てている』そんな噂が王都の庶民の間でささやかれ、貴族のお茶会などでも話題に上がり始めている——
背筋が冷たくなり、指先まで震えが走る。ハルジュ様が手を握ってくれていなければ……きっと平静ではいられなかった。
「もちろん兄上には事実無根どころか、聖霊王の卵であったことも報告済みだ。しかし……」
ハルジュ様が言葉を濁すと、代わりにノクスさんが口を開いた。
「これをうっかり街中で漏らしたのは……お忍びで城下に来ていたカナン殿下だそうだ」
頭が真っ白になった。
「ど、どうして……」
喉はひりつき、絞り出した声はかすれていた。
「魔物の卵だ」と断言していたカナン殿下。結局卵は聖霊王様が魔に侵されていた姿だったのだけれど、そのことを知らない殿下は勘違いしたままなのだろう。
でも、なぜわざわざ王都で広めるようなまねを……ここまでされる理由がわからない。
(あのとき卵を渡さなかったのが、カナン殿下の気に障ったの……?)
殿下の求婚も演技だった。私には、彼の考えていることがわからない。冷たくなった指を握り込んだ。
「リナリエやカレンディアを自分の後ろ盾として利用する……程度ならまだ救いはあったかもな。まあ、それでも許しがたいが」
ハルジュ様は低くうなって、テーブルに金の帯飾りを置いた。帯飾りには王冠を被った優美な鳥が彫られ、瞳の部分に真っ赤なルビーがはめ込まれていた。
それは――カルミノード王国の紋章だった。
「これは、あの日湖で私が切りつけた男が落としたものだ。これを持つことができるのは――今、この国には一人しかいない」
「そんな……」
あのとき卵を魔に染めようとした男――
(まさか、あの男が、カナン殿下だというの……?)
ハルジュ様の言葉がやけに大きく響く。
「カナン殿下はおそらく魔に刺されている。聖霊王の卵だと知っていたのかはわからないが……殿下が魔を通じて卵の強大な力を感じ取り、卵を奪おうとした。しかし森から持ち出せないと察して、あの場で魔に堕とそうとした、といったところか。奴らが湖まで来られたのは……あのとき卵の中にあった魔が、魔石を持つ者を引き寄せたからじゃないかと思う」
間違いだったらどんなに良かっただろう……でも、もうわかっている。殿下が辺境に来てからずっと感じていた違和感や不安は、すべて気のせいではなかったんだ。
「街に魔石を広めたのも、カナン殿下の手の者だろうな。いったいいつから計画していたのか……ここに来てから思いついたとは思えない」
ハルジュ様の声を聞きながら、私はテーブルに置かれた帯飾りを見つめた。
求婚だけじゃない。聖霊とともに暮らせる国を作りたいと語っていた、殿下の真剣なまなざしも全部……嘘だったのだ。
あととき殿下の言葉を熱心に信じていた自分が、ひどく虚しく……それ以上に哀しくなった。
(カナン殿下の悪意がわたしに向けられているのなら……わたしはどうしたらいいんだろう)
重く暗い思考の中に沈み込みそうになった、そのとき……優しいぬくもりに肩を包まれた。
はっと隣を見ると、私の肩を抱くハルジュ様と視線が交わる。
「もしカナン殿下の狙いが君なら……本当は君を王都に連れていきたくない。でも知らないでいる方が君は嫌だと思ったから、伝えた。……君は、どうしたい?」
ハルジュ様の新緑の瞳が揺れている。
心配でしかたないはずなのに……いつも私に自由を与えてくれる優しい人。
そうだ……私はこの人の隣に立つことを選んだ。
大切なものを守るために、諦めないと決めたんだ。
私は大きく息を吸った。
「……わたしも行きます」
いつしか胸のざわめきは消え、胸の内で小さな火が揺れる。
「カナン殿下が何を考えているのか、本当は怖いです。でも……わたしの大切な場所、大切な人たちを傷つけようとしたのが殿下なら、わたしは絶対に許せません。それに、わたしたちの可愛い子を魔物呼ばわりされて……黙ってなんかいられません!」
胸に広がった火は炎となって、私を突き動かした。
(向こうが呼ぶなら……行ってやろうじゃない!)
「……っ! そうだな。私も、カナン殿下には一言伝えなければ気が済まない。一緒に行こう……君のことは絶対に私が守るから」
ハルジュ様の大きな手が、私の肩を力強く包み込む。
目の前には、力強くうなずくカレンディア様とノクスさんがいる。
(大丈夫……わたしには心強い仲間がいるから)
「さて、リナリエの決意が固まったところで……わたくしたちも反撃の準備をしましょうか」
ハルジュ様の腕が離れたところで、まるで旅行の相談をするかのように、カレンディア様が楽しそうに言った。
「は、反撃……ですか?」
魔に刺されているかもしれないとはいえ、カナン殿下は隣国の王子。やり方を間違えれば外交問題に発展するおそれもある。
戸惑い気味にカレンディア様を見ると、彼女の声が静かな室内に響いた。
「わたくしたちがすることはひとつ」
カレンディア様はすらりとした指を一本立て、美しい空色の瞳を猫のように細めて笑う。
「断罪イベントを起こすのよ」




