82 二人のルート
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カレンディア様は、創世神様の神託で癒しの力を覚醒したのではなかった。
最初からずっと、彼女は癒しの聖女だったのだ。
信じられない思いでカレンディア様を見つめると、彼女はもじもじしながら目を伏せる。
「……その場で癒しの聖女だってわかって、婚約破棄できなくなったら困るでしょう? だから聖言の「癒しの聖女」を表す一節を……伝え忘れたの」
カレンディア様の大胆すぎる行動に、息をのんだ。
覚醒の儀の聖言は、覚醒した本人にしか見えない。立会人の聖導師様には自分で聖言を伝えなくてはならないのだ。
(それでもまさか、本当の聖術を隠す人がいるなんて思わないじゃない……!)
カレンディア様はその先入観をうまく利用したのだ。そしてゲームの中で本来覚醒するはずだった、解毒の聖術だと勘違いさせることに成功した。
「それからすぐに、ノクスの記憶を取り戻して……愛を誓い合ったのよ」
ゲームの中でノクスさんが記憶を取り戻す方法……それが癒しの聖術なのだそうだ。カナン殿下の攻略ルートでも、カレンディア様の癒しの聖術覚醒イベントで記憶が戻るらしい。
(だからカナン殿下のストーリーがどう進むのか確認したかったのか……)
そこからは私も知っているとおり、ざまぁルートに沿って進み、カレンディア様は婚約破棄にたどり着いた。
——ようやくすべてがつながった。
カレンディア様の計画のすべてを聞いても……不思議と怒りや悲しみは湧いてこなかった。
「貴方を犠牲にして、ここまできてしまった……ずっと謝りたかったの。つらい思いもさせてしまったと思うわ。本当にごめんなさい」
私はカレンディア様がもう一度頭を下げようとしたのを止めて、今度は笑顔で首を振った。
「もういいんです。たしかに、つらいこともありましたけど……。そのおかげで、わたしは大切な居場所を見つけられました。それに……ハルジュ様と出会うことができたから……」
カレンディア様は自分の運命を切り開くため、ざまぁルートを選んだ。決して諦めずに、やれると信じてずっと行動し続けていた。
私は一度は運命を受け入れ、諦めようとした。でも大切な人たちと出会い、支えてもらいながら……自分だけの新しいルートを見つけた。
だからこそ、この世界の運命は自分の努力でも変えられると気がついたのだ。
今はもう、このルートしか考えられない。この先のことはわからないけれど……引き返したいとは思わなかった。
そう伝えると、カレンディア様は深く息を吐いた。
「ありがとう……やっと楽になれた気がする。そうね……わたくしたち、ハッピーエンドを目指して進んでいるんだものね。ここまで来て、立ち止まっていられないわね」
「はい!」
「ところで……兄様から聞いたわ。ようやく想いを伝え合ったんですってね。おめでとう……まあでも、あんなにわかりやすく両想いなのに、わたくしからしたら遅すぎるくらいだけど」
「そ、それは……本当にカレンディア様と婚約すると思ってたから……。好きだって気づいたときにはもう、諦めようと思ったんです。もともと積極的なタイプじゃないし……」
私がもごもごと言い訳をすると、カレンディア様がまたまたしょんぼりとした表情を浮かべる。
「そうだったの……。ライバルがいればいいスパイスになるかなと思っていたけれど、貴方には逆効果だったのね……。わたくし、本当に悪役令嬢になるところだったみたい。悪いことをしたわ……」
行動派のカレンディア様には、私たちがじれったく見えていたようだ。
「いえ……おかげで、今はもう何があっても諦めない、って気持ちが強くなった気がします。結果的に正解でした!」
私が胸を張ると、カレンディア様がくすくす笑う。
「反対に兄様はおもしろいくらい引っかかってたわよ。そのくせに、肝心なところで度胸がないんだから……。ノクスにね、兄様が嫉妬するくらい貴方と仲良くなさい、と言ったのはわたくしなの。貴方に求婚までしたのは予想外だったけれど……思い出したらまた腹が立ってくるわね……」
(ええ……まさかあの二人のけんかも? ノクスさんなら平気でやりそう……。あ、でもひょっとして……)
私は「お嬢様が怒っていた」と嬉しそうにしていたノクスさんの顔を思い出した。
「もしかしてですけど……ノクスさん、カレンディア様の反応を見たかったのでは……?」
「はあ? まさかわたくしの嫉妬心を試そうとしたということ? ふうん……わたくしの愛がまだ届いてないのかしら。そう……どうしてやろうかしらね……」
どうやら言葉を間違えたようで、火に油を注ぐことになってしまった。
(たぶん何をしても、ノクスさんは喜びそうだけど……)
ノクスさんの表情を想像して、私は苦笑いを浮かべた。
「まあ、まだ解決していない問題は山積みだけれど……今日は重い話はこのあたりにして、せっかくだからもっと別のこともお話ししましょうよ!」
パチン! とカレンディア様が声を弾ませながら手を叩く。
「前世の名前は?」
「どこに住んでいたの?」
「どんな道具があれば便利だと思う?」
そこからはお互いの前世の話で盛り上がった。
この世界でたった二人、秘密を話せる者同士だ。打ち解けるのはあっという間だった。
この世界でまた一人、大切な仲間ができた。
◇
カレンディア様との話が終わり、帰りの馬車の中。
隣には「見送りをする」と言って一緒に乗り込んできたハルジュ様がいる。
修道院までついてくる必要があるのかはさておき……私には謝らなくてはならないことがあった。
「あの、もう気がついていると思うんですが……」
「ん?」
ハルジュ様は隣に座ったときから、ずっと私の指を握っている。
……指輪のあった、右手の薬指を。
「ごめんなさい。ハルジュ様からもらった指輪……トルトの卵を再生させたときに壊れてしまって……」
ちらりとハルジュ様の様子をうかがうと、彼は困ったように微笑んで……
握った薬指をすり、となでた。
「ひえっ!」
背中から首筋にかけて、ぞくぞくした震えが這い上がってくる。
「うん、知ってる……。あの状況ではしかたがなかったこともわかっている。あの指輪……つまり私の力が君を救ったんだと思うと……たまらなく嬉しいよ」
ハルジュ様が顔を伏せて呟きながら、何度も繰り返し指をなぞる。
「ちょっと……く、くすぐったいです……」
なでられ続ける指のむずがゆさと恥ずかしさで、私の頭はパンク寸前だった。
「も、もうやめ……」
半泣きで訴えようとすると、指をなぞる動きがふいに止まった。
「でもやっぱり…………寂しいなって」
ハルジュ様がぽつりとこぼした次の瞬間――
ぎゅっと強い力で手を絡めとられた。
「ひいい!」
絡めた指とくっついた手のひらが、やけどしそうなほど熱い。つなぎ方が変わっても、ハルジュ様の手はにぎにぎ、すりすりと忙しく動く。
耐性のない私には、刺激が強すぎる。
ハルジュ様は考え事に夢中で自分が何をしているか気がついていない。
「そうだな……今度は最高品質のものにしなくては。リナリエの細い指に合う繊細なデザイン……うーん、王都で作らせるか? いやそれだと時間が……」
「はな、離して……」
ぶつぶつ呟くハルジュ様の声は、必死に手をほどこうと頑張る私の耳には届かない。
がっちりつながれた手は接着剤でもついているのかと思うほど、ぴったりついて離れなかった。
修道院に着くまで私の格闘は続いた。結果はもちろん惨敗で……。
その日から、ハルジュ様は私の手を見つけるたびに離さなくなってしまった。
本日より二話投稿に戻ります




