80 悪役令嬢の告白
森での事件から二日後。
私は今、領城の客間のソファに座っている。
向かい側には優雅に微笑むカレンディア様。
あのあとカレンディア様から「二人きりでお話がしたい」と言われたのだ。
ノクスさんはここにはいない。ちゃんと信用してもらえたみたいだ。
私は今日、ある決意を持ってここに来た。
(申し訳ありません。わたしは……ハルジュ様を諦めることができませんでした)
ハルジュ様は「契約だった」と言っていたけれど……初めてカレンディア様とお話したとき、彼女はハルジュ様との婚約をとても喜んでいた。
もし、本当はハルジュ様を愛しているのだとしたら……。
それでも、私はもう嘘はつけない。
土下座でもなんでもする覚悟でここに座っている。
膝の上で拳を握りしめていると、カレンディア様の侍女がお茶を出してくれた。
「どうぞ」
カレンディア様がにっこりと笑ってお茶を勧めてくれる。
私は震える手でカップを持ち、口元に近づけて……お茶に目が釘付けになった。
(く、黒い……)
紅茶にしては色が黒すぎる。わざと渋いお茶が出されているのかもしれない。さすがに毒では……ないはずだ。
(このくらいの罰、喜んで受けます……!)
私は覚悟を決め、一気にお茶を飲み干した。
…………普通においしい。なんなら私はこの味を知っている。
「あ、あれ……? これ……ウーロン茶……?」
思わずカレンディア様の方を見ると、彼女は嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「どうかしら? うちの領地で作ったのよ。前世は食品関係の仕事をしていたから、食への執念が強くって……これもよくできているでしょう?」
私は拍子抜けして、ただただうなずいておかわりまで頂いてしまった。
(思っていたのと違う……?)
私が首をひねっていると、カレンディア様の纏う空気が変わった。
「さて……話をしましょうか」
ティーカップを置いた彼女の視線を受けて、私も背筋を伸ばす。
謝罪のタイミングを考えながら身構えていると——目の前で予想外の事態が起こった。
「先に謝罪させてちょうだい。貴方をわたくしの目的のために巻き込んでしまった自覚があるから。ごめんなさい」
なんと、カレンディア様に先に頭を下げられてしまったのだ。
「ま、待ってください! 頭をお上げください! わたしは何もされておりません! わたしの方こそカレンディア様に謝罪したいことが……」
慌てて頭を上げるようにお願いすると、カレンディア様は困ったような顔で微笑みながら頭を上げた。
「いえ、貴方には謝るべきことがたくさんあるわ。……長くなるけど、聞いてくれる?」
そして、カレンディア様はゆっくりと口を開いた——。
◇
——カレンディア様はまず、ハルジュ様と婚約を結ぶことにした理由について話し始めた。
彼女が王太子殿下との婚約を破棄したあと、多くの婚約の申し込みがあったそうだ。
その申し込みを断るため……特に、カナン殿下の求婚を断る理由として、ハルジュ様に仮の婚約を持ちかけたということだった。
「そもそも兄様のことは幼なじみとしては慕っているけれど、男性としての魅力は感じないの。ほら、わたくしを見ているみたいなのよね……」
そう言われて、森から帰ってきたときに見た二人の笑顔を思い出す。思わずうなずきかけて、慌てて愛想笑いを浮かべた。
(そっか……じゃあ本当に、カレンディア様も特別な想いは持っていなかったんだ……)
全身から力が抜けていくのと同時に、息を深く吐き出していた。そんな私を見て、彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。
「それについてはよく謝らなくてはね……ひとまず、話を進めるわね」
カレンディア様は婚約が決まったという噂を流し、「婚約前に辺境を見たい」という理由を作ってこちらに避難してきたのだという。
「聖霊王の捜索について、兄様から要請があったことも理由の一つだけれど……貴方のことが心配だったのも本当よ。まさか自分から断罪されにいくとは思わなかったから……」
「返す言葉もありません……」
今度は私が謝る番だった。カレンディア様は苦笑する。
「でもあれを見たから、貴方も転生者かもって思ったの。そして貴方と直接会って確信した。ゆっくりお話しできずにここまで来てしまったけれど……この世界、間違いなくざまぁルートのはずなのに、少しずつ違うのよね」
そう言うと、カレンディア様はため息をついた。
「ゲームとは違う展開でよくわからないのがね……カナン殿下のことなの——」
——そして語られた、カナン殿下への疑念。
カナン殿下はざまぁルートの攻略対象の一人だ。
カレンディア様は一時期、少しだけカナン殿下のイベントを進めたらしい。攻略目的ではなく確認したいことがあったから、という理由だった。
しかし途中で攻略をやめ、好感度も上げていないのに、卒業パーティ——ゲームのエンディング後に求婚された。さらにはハルジュ様との婚約を理由に断ったにも関わらず、辺境まで追いかけてきた……。
「彼は他国の王族だから無下にはできなくて。殿下の帰国までうまくあしらおうと思っていたら、貴方にアプローチし始めた……」
カレンディア様は呟くようにそう言うと、ふいに視線をこちらに向けた。
「リナリエさん……貴方、カナン殿下のルートは攻略していないでしょう?」
「えっ!?」
突然のカレンディア様の指摘に心臓が大きく跳ねる。私の表情で確信したのか、「やっぱり」と彼女が呟いた。
「今の彼は、自分の立場を優位にできる結婚相手を手に入れたがっている。癒しの聖女と再生の聖女……どちらも強力な聖術で、手に入れば最高の駒になる。わたくしか貴方、どっちでもいいのよ……自分が王太子となれればね」
「え……でも、カルミノード王国の王子はカナン殿下お一人でしたよね……? 幼いとき、お兄様の第一王子を亡くされたとかで……」
隣国の王族のことは、王都の学園で学ぶ機会があった。カナン殿下のお兄様のことも……。
第一王子がおられないのであれば、カナン殿下は何もしなくても次期国王——王太子のはずだ。どうしてそんなことをする必要が……?
必死に考えを巡らせている私にカレンディア様が告げた答えは、想像すらしていないものだった。
「第一王子は表向きは亡くなったとされているけれど……本当は違うの。幼いころに行方不明になっているのよ。そしてカルミノード王は、まだ第一王子の生存を諦めていない」
「はい……?」
「あのね……ゲームの中だとカナン殿下がこの国に来た目的は、行方不明の第一王子を探すためなの。それを確認したくて殿下のルートを進めてみたのに、今の彼は第一王子のことなんて探していなかった。むしろ積極的に王太子としての足場を固めるような言動をしていて……その時点でカナン殿下に疑問を持っていたの」
カナン殿下ルートを攻略すると、殿下は無事にこの国で第一王子と再会する。そしてカナン殿下とカレンディア様は臣下として、国王となる第一王子を支えていく……というエンディングになるらしい。
第一王子が見つかれば、カナン殿下は王太子にはなれない。自分が王太子になりたいのなら、探すことはしないだろう。
そして強い力を持つ聖女を国に連れて帰れば、殿下の功績として王太子に認められる可能性が高い——。
「あの求婚も、カナン殿下のお芝居だったんですね……」
殿下が私を騙そうとしていたことはショックではあったけれど、心のどこかで「やっぱり」と思っている自分がいた。
再生の聖術を目撃したときに、私を利用しようと思いついたのかもしれない。それに……もう一つ。
(殿下の言動がお芝居だったのなら、あの聖霊の話は……?)
聖霊の話を真剣に語り、瞳を輝かせていた殿下の顔を思い出す。
カナン殿下の話がすべて噓だなんて思いたくはない。でも今は……素直に信じることもできなかった。
この時点で、すでに気持ちが追いついていないのに……カレンディア様の話はここで終わらなかった。
「まあ……どちらにしても、カナン殿下の思いどおりにはいかないわね。第一王子は生きているから」
不敵な笑みを浮かべるカレンディア様の瞳が鋭く光る。
「カレンディア様は……第一王子の行方もご存知なのですよね……?」
第一王子が見つかれば、私たちは今後も続くかもしれないカナン殿下の無茶な求婚から逃れられる。
ここまで来たら、カレンディア様はこの国のどこかにいる王子を探すつもりなのだろうか。
そうのんきに考えていたのが間違いだった。
「ご存知も何も……」
カレンディア様の桜色の唇が、ゆるやかに弧を描いた。
「わたくしの愛する忠犬よ」
「!?!?」




