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79 大樹

第十章 スタートです



「そういえば……この子のお世話って、どうしたらいいんでしょうか……」


 ハルジュ様と想いが通じ合うという奇跡のあと、私は聖霊王様に大事なことを聞いていないのに気がついた。


「何を食べさせればいいの?」

「ステラだよー!!」


 聞き覚えのある元気のいい返事。残っていた聖霊たちだ。

 目覚めたときはそれどころではなかったけれど、プティたちの姿が見えないのが気になっていたのだ。


「プティ! みんな! よかった……」


 プティはツインテールを揺らし、楽しそうに跳ねている。


「ハルとリナがいーかんじだったから静かにしてたの! えらいでしょ?」

「「…………」」


 プティの言葉に再び顔が熱くなる。私はハルジュ様の顔を見られずにうつむいた。


 プティのおしゃべりは止まらない。


「あのね! ハルがんばったのよ! リナが息してなかったからね、リナのおくちに――」

「ストップ!!!」


 突然大きな声がして、びくっと肩が跳ねる。

 隣を見ると、ハルジュ様の顔が今まで見たことがないほどに真っ赤になっていた。


「それは……まだ、秘密だ……」


 ハルジュ様の声が小さくなっていく。

 そんな彼を見て、私はぎょっとした。


「ちょっ、ハルジュ様大丈夫ですか!? もしかして体調悪いの我慢してたんじゃ……」


 湖の中を潜ってきたし、疲労も心労もたまっているはずだ。今になって熱が上がってきたのかもしれない。


 大慌てで熱を確かめようと手を伸ばすと、ハルジュ様は両手で顔を隠してしまった。


「違うんだ……元気だから、心配しないで……」

「でも……」

「ハルがんばったからね、いいこいいこ~ってしてあげて!!」


 プティがどうしてもと言うので、私はそっとハルジュ様の頭に手を伸ばした。

 柔らかなブロンドに触れると、彼は一瞬身じろぎをしたけれど、されるがままになっている。


「わ、わたしのためにがんばってくれて、ありがとうございました……」

「……うん……」


 顔を覆ったまま動かないハルジュ様が心配で、頭をなでながらこっそり聖術を使った。





 聖術のおかげか、ハルジュ様の顔色が落ち着いたところで、私はさっきの話の続きを聞くことにした。


「それで……プティは聖霊王様のお世話のしかたを知ってるの?」

「うん! プティたちはおうさまの子どもだから、いっぱい知ってるよ!」


 聖霊たちは子竜……聖霊王様の周りに集まり、はしゃぎまわっている。

 聖霊王様は少し前から私の膝の上を離れ、先ほど摘んだ聖星花(セントステラ)をもぐもぐと食べていた。


「聖霊王様のご飯は聖星花(セントステラ)なのね……」

「でもまだ赤ちゃんだから、リナのご飯もあげなきゃだめよ! プティたちがおうさまよりお兄さんとお姉さんだから、みんなでお世話してあげるねー!!」


 そう言うとプティは聖霊王様のところへ飛んでいき、楽しそうにじゃれ始めた。


 私はあらためて小さな竜の子を眺める。


 青く澄んだ(うろこ)に新緑と黄金の対の瞳。淡い青緑色のたてがみには、ハルジュ様と同じ青水晶を着けている。

 全部あちらの世界の森にいた聖霊王様と同じだ。

 この子があの神々しい姿になるなんて、今はまだ想像できないけれど……。


(聖霊たちがお世話のお手伝いをしてくれるっていうし、母親としてほかにできること……あ)


 ふと思い浮かんだ。


(……名前)


 私はハルジュ様に向き直った。


「ハルジュ様。この子は聖霊王様ですが、聖霊王様って呼ぶのも違うような気がして。名前をつけてあげたいんですが……どうでしょうか?」

「いいと思うよ。どんな名前にするの?」


 ハルジュ様は柔らかく目を細め、とことこと近寄ってきた聖霊王様を抱き上げた。

 聖霊王様はハルジュ様の腕の中でじっとこちらを見つめている。


 それを見て、私の中である言葉がひらめいた。


「トルト……はどうでしょうか」

聖言(せいげん)で『大樹』だね……いい名前だ。聖術を持たない人に言葉の意味までは伝わらないが、私たちが知っていればいい」


 ハルジュ様はすぐに気がついてくれた。大地に根を張り、この辺境を見守る大きな木のように育ってほしい……なんて。


 名前を呼ぶと、まるで最初から決まっていたかのように、不思議としっくりきた。


「トルト」

「んみぃ~」


 ハルジュ様に抱かれているトルトが、甘えたような声を出す。


「ふっ、トルトも気にったようだね」

「みゃ」


 そっと鼻先をなでると、トルトは嬉しそうに私の指をぺろぺろと()める。

 くすぐったい気持ちで、私はしばらくトルトをなで続けた。



「さて……長居をしてしまったが、外の状況も気になる。そろそろここから出ようか」


 穏やかだった表情を引きしめ、ハルジュ様が立ち上がった。差し出された手に掴まり、私もふらつく足に力を入れた。


「また水の中に潜るんでしょうか……」


 もう何度も水の中を経験しているけれど、慣れたわけじゃない。胃のあたりがじわりと重くなるのを感じながらたずねると、ハルジュ様は上を指差した。


 つられて上を見ると、ちょうど創世神様の像の真上に穴が開いていた。そこからかすかに光が漏れている。


(風が吹いているとは思ったけど、上に穴があったんだ……)


 さっきまで上を見る余裕なんてなかったし、洞窟全体が黒い石で見えにくいし……。

 そこまで考えて、はっと気がついた。


 洞窟が白色に変わっている。


 ここに来たときは間違いなく黒い洞窟だった。今は洞窟自体が美しい白亜の聖堂のように見える。


(これが、本当の姿……?)


 神聖な空気に浸っていると、ハルジュ様がトルトを手渡してきた。


「さあ、出発するよ」


 そう言うと、突然トルトごと私を抱え上げた。


「え? え?」

「トルトを離さないようにね、私のお姫様」

「ひいっ! み、耳が溶ける……」


 思わず漏れ出た私の声を聞いて、ハルジュ様は満足そうに目を細める。

 その瞬間、聖霊が起こす風の力でハルジュ様の体がふわりと浮かび上がった。


「わああぁ!!」


 悲鳴を上げて抱きつくと、ハルジュ様が耳元でくすくす笑う。

 そのままぐんぐん上昇し、天井の穴を抜けると——黒の森の木々が姿を現した。


 ハルジュ様は地面に降り立つと、私をそっと下ろした。ようやく地面に足がつき、安堵のため息が漏れる。

 湖に飛び込んだときは薄暗かったけれど、すでに朝日が差していた。


 私は外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 まぶしい朝日も、肌をなでる澄んだ空気も……まるで生まれ変わったかのように、何もかもが新鮮で輝いて見えた。


 私たちが降り立ったのは、卵を隠した木のうろのすぐ後ろだった。


「ここにつながっていたのか……。おそらく地下は古い聖堂で、卵はもともとここにあったのかもしれないね」


 私たちは木のうろに残されていたバスケットと哺乳瓶を回収し、湖へと急いだ。

 しかし……湖には誰の姿もなかった。聖霊から事情を聞くと、全員修道院に戻ったようだ。襲撃者や領民も一緒らしい。


 聖霊たちと一緒に黒い森を抜けていく。

 トルトが生まれたことで、ここはまもなく緑の森に戻るのだと聖霊たちが教えてくれた。


(それなら一刻も早く、魔石の問題を解決しないと。辺境は私たちが守るんだ……!)


 ようやく辺境が本当の意味で再生するのだ。こんなところで立ち止まってはいられない。


 隣を歩く愛しい人を見て、私は全身に力がみなぎるのを感じた。




 ◇




 修道院に戻ると、入口前の広場に人が集まっていた。騎士の一人が私たちに気がついて慌てて駆けてくる。


「ハルジュ様!」

「任せきりですまなかった。心配をかけたな。状況を報告してくれ」


 ハルジュ様が言うと、騎士は「心配はしていませんよ」と軽く笑ったあとに報告をしてくれた。


 領民は保護し、カレンディア様が診てくれているとのこと。襲撃者も全員拘束したけれど……男たちは仕込んでいた薬を飲んで、全員廃人のようになってしまったらしい。


「それと……ハルジュ様が追っていた男が、切りつけられたときに落としたようです」

「これは……! そうか……」


(ひっ……)


 騎士から何かを受け取ったハルジュ様は、なぜか氷のような微笑みを浮かべていた。



 カレンディア様のところへ向かうと、私たちを見て優しく微笑んで迎えてくれた。


「二人とも無事でよかったわ……」

「心配をかけてすまない。領民の方はどうだ?」

「彼らは全員、魅了の魔石で操られた状態だったわ。魔石を浄化して正気に戻ったけれど……誰も操られていたときの記憶はないようね」


 カレンディア様はため息をついてから、「でも」と氷の微笑みを浮かべた。


「ノクスがおもしろい情報を手に入れたの……魔石の出どころと関係していそうな」

「へえ。奇遇だな。私もいいものを拾ったんだ」


 そう話すハルジュ様とカレンディア様の美しい笑顔がそっくりで……


(――この二人を敵に回してはいけない)




 ごくり、と喉の奥が鳴った。

いつもありがとうございます⟡.*


諸事情で今日の投稿は朝のみ

明日と明後日は夜のみになります

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