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78 王弟殿下の告白


第九章 ラストです



「――その子の父親は私だ」



 私の耳がおかしくなったのだろうか。言葉の意味を処理できない。


「………………」

「……君が母親なら私は父親になる。一緒にその子を育てよう」


 私が反応しなかったからか、ハルジュ様はもう一度同じことを繰り返した。


 今度は丁寧に言い直して。


(……聞き間違いじゃなかった。言い方はだいぶ……アレだけど)


 あまりに真剣なハルジュ様の剣幕に、我に返った私は慌てて首を振った。


「急にどうしたんですか……!? ハルジュ様がそこまでしなくても大丈夫ですよ! 今までみたいにときどき様子を見にきてくれるだけで……」


 この方はまじめすぎる。きっと次期辺境伯としての責任感から言ってくれているのだろう。

 でも辺境の呪いが解けた今、ハルジュ様はやることが山のようにあるはずだ。これ以上の負担は増やしたくない。


 けれども、ふと気がついた。


「あ……でも、この子は聖霊王様ですもんね。次期辺境伯が保護者の方がみんな安心するし、追放された人間が親代わりじゃ良くないか……」


 国にとって何より大切な聖霊王様の保護者が、王都で魔女のレッテルを貼られた偽物聖女じゃ示しがつかない。


(うん……やっぱりハルジュ様が保護していることにした方がいい気がする)


「いや、違う……言い方が悪かった」


 私は納得しかけたのに、今度はハルジュ様が首を横に振った。

 そして再び、真剣な表情で私に向き直った。


「……リナリエ」

「は、はい!」


 鬼気迫るハルジュ様に気圧され、姿勢を正す。


「私はもう気持ちを抑えるのはやめる。そんな悠長なことをしている間に君は何度も無茶をして、はらはらさせられて……心臓がいくつあっても足りない」

「う……すみません」


(やっぱりお叱りの言葉だったか……)


 私は自分の行動を反省し、素直に聞き入れるつもりだった。


 それなのに――


「だから決めた。……私が、ずっと隣にいる」


 その固い声色から紡がれた言葉は、私の思いもよらないものだった。


 洞窟に静寂が訪れる。

 ハルジュ様はまっすぐに私を見つめたまま、大きく息を吸った。


「好きだ」

「え……?」

「好きなんだ。君のことが……もう、ずっと前から」


 ハルジュ様と視線が交わる。

 熱のこもった新緑の瞳が、切実な色をはらんで私を見つめていた。


「最初は聖霊に頼まれて君をここに連れてきた。でも君を見ているうちに気になってしかたがなくなって、そこからどんどん惹かれていった。君の強く(たくま)しいところ、弱くて(もろ)いところ、優しくて人のために頑張りすぎるところ。ちょっと変わった行動を取るところも全部……君が愛しくてしかたないんだ」


 ハルジュ様は一度呼吸を整え、意を決したように再び口を開く。


「時期を見て実家に帰すつもりだった。でも本当は……もう、君と離れたくない。もし、受け入れてくれる可能性があるなら、私の隣にいてくれないか……?」


 それはあまりにも突然で、すぐにはハルジュ様の意図が理解できなかった。


「で、でも……カレンディア様と婚約されるのでは……?」


 働かない頭で必死に考えて、最初に出た言葉はそれだった。

 そう……だから私はハルジュ様への想いを封印しようと決めたのだから。


 ハルジュ様は言葉を選ぶように一瞬口をつぐんだ。


「それについては話すと長くなるんだ。でも創世神に誓って、お互いに特別な感情は持っていない。婚約は、君とノクスのときと同じ……仮の契約で、最終的に合意できなかったことにする予定だった」

「そ、そうなんですか……?」


 二組はお互いに同じことを考えていたらしい。その事実に、心の底からほっとしてしまった自分がいる。

 でも……


「わたしは王都を追放されてここにいる人間です……。辺境のみんなは受け入れてくれたけど、国民にわたしのことを受け入れてもらえるかわかりません。そんなわたしでは……王弟で次期辺境伯のハルジュ様にふさわしいとは……」


 ハルジュ様の気持ちが本当なら、信じられないくらい嬉しい。

 でも今回の件であらためて感じた。ハルジュ様と私では立場が違う。彼の足かせにはなりたくなかった。


 小さく震える私の手を、ハルジュ様がそっと包み込んだ。優しい手のぬくもりが、私の不安をゆっくり溶かしていく。


「私がリナリエを想う気持ちは、肩書や評判なんかに惑わされるような、そんな軽いものじゃない。それに君には『再生の聖女』という大切な役目があるじゃないか。いや……たとえそんなものがなくても、私の想いは変わらない」


 ハルジュ様のまっすぐな言葉が、嘘ではないことを伝えてくれる。胸の奥から込み上げる熱に喉が震え、視界は瞬く間ににじんでいく。


「それでも……リナリエが嫌だと思うなら断ってくれていいよ。私の気持ちを押しつけたくはない。もう後悔したくなくて……どうしても伝えたかっただけだから。君にはいつも自由に笑っていてほしいんだ」


 私の目からこぼれる涙をハルジュ様が拭った。

 その表情はいつの間にか柔らかいものに変わり、まなざしは「愛しい」という気持ちを隠すことなく注がれている。


 もう、気持ちをこらえることはできなかった。


「い、嫌じゃないです……」


 私の中にある答えは……初めから、たったひとつだけだ。


「わたし……わたしも、ずっと……ずっとハルジュ様が好きです……諦めなきゃいけなかったのに……今も好きなんです。かけてくれる言葉も、優しいところも、意地悪なところも、全部好き……!!」


 王都から連れ出してくれたときから、ハルジュ様は「わたし」を見てくれていた。「聖女」でも「ヒロイン」でもない、私のことを優しく見守ってくれていた。

 私の心の黒い部分も、全部包み込んで味方でいてくれた。


 だから私は……前世の「推し」ではなく、「ハルジュ様」に恋をしたんだ。


 一度想いを口にしてしまえば、次から次へとあふれて止まらなかった。


 ハルジュ様は私の言葉に目を丸くしてから、顔をくしゃりと(ゆが)めた。


「――っ!! 私も……! 本当に……本当に好きなんだ……」


 再び涙腺を崩壊させたハルジュ様に、ぎゅうっと力強く抱きしめられる。

 そんな彼が愛しくてたまらない。


「泣いちゃうところも大好きですよ……!」


 強く強く、抱きしめ返した。


 すると、お腹のあたりから「びゃっ!」と声がした。


 慌てて下を見ると、私たちに挟まれて苦しそうにしている竜の子がいた。竜の子は不満げに、尻尾をぺちぺちと私のお腹に打ちつけている。


「あ……ごめん! 忘れてた……。ふふっ」


 私はハルジュ様と、涙だらけの顔を見合わせて笑う。



 もう一度、今度は竜の子も一緒に……優しく抱きしめ合った。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます⟡.*


ようやくここまできました……


物語も終盤に入ります

もうしばらく続きますが、最後までお付き合いいただければ幸いです(*^^*)


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