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74 卵の孵化

⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.

(う……ここは……?)


 目を覚ますと、私は薄暗闇の中にいた。

 身じろぎをしようとすると、何か温かいものに包まれているのに気がついた。

 ……誰かに抱え込まれている。


 そっと顔を上げて目を凝らすと、そこにいたのは固く目を閉じたハルジュ様だった。


「ハルジュ様……?」


 呼びかけても目を開いてくれない。おそるおそる彼の頬に触れると、ひやりと冷たくなっていた。


「そんな……!」


 急いでハルジュ様に聖術を使った。白い光が彼の青ざめた顔を浮かび上がらせる。

 再生の力ですぐに顔に赤みが差し始め、頬にもう一度手を当てると、今度は温かさが戻っていた。呼吸と心音を確認すると、どうやら気を失っているだけのようだ。


「よかった……!」


 こらえきれずに、ぽろりと目から涙がこぼれ落ちる。


 そのとき、キラキラと周囲に明かりが満ちた。

 聖霊たちが集まってきたのだ。


「ハルは大丈夫だよ。リナ、こっちきて」


 聖霊たちに急かされて、ハルジュ様の腕の中から抜け出し、ふらつく足で立ち上がる。

 ハルジュ様が心配でもう一度振り返ると、「ちゃんと見ててあげるー!」と彼の上で聖霊が飛び跳ねていた。


(聖霊たちの呼ぶ先で……きっと待ってる)


 ここに来てから、ずっと感じている不思議な予感に従った。


 歩きながらあたりを見回すと、またも黒い石でできた空洞に流されたようだ。

 この前と同じ洞窟かと思ったけれど、少し違う。


 進んでいくと、洞窟の奥に人の手で造られたとわかる通路があった。通路には精巧に彫られた石柱が、天井を支えるように規則正しく並んでいる。


(まるで最近できたみたいにきれいな通路……。ここも湖の底のはず。この場所はいったい……)


 そのまま通路を奥へと進むと、やがて大きく開けた場所にたどり着いた。

 ひんやりとした風が肌をなでる。風を感じるということは、外につながっている道があるのかもしれない。


 広い空間には、無数の聖霊たちがひしめき合うように集まっていた。さっきの場所とは正反対で、真昼のように明るい。


 その一番奥……数十メートルほど先に、白い石像が見えた。聖霊たちがその像の元へと私を導く。


 鼓動が早くなっていく。


 近づいていくと、その石像は王都でもよく見ていた創世神の像だった。黒い洞窟の中で、その純白の美しさがひときわ輝いている。

 さらに像の足元には、聖星花(セントステラ)の花畑が広がっていた。


(こんなところに……)


 辺境で自然の花が咲いている場所見るのは初めてだった。吸い寄せられるように花畑に近づく。

 そしてそこにあったものを見て、心臓が止まりそうになった。


 ――花畑の中央に、黒い卵が転がっていた。


「謎玉ちゃん!!」


 私は駆け寄り、真っ黒になってしまった卵を抱え上げた。


 無機質なガラス玉のような見た目の卵は、一筋の光さえも拒むほどの漆黒(しっこく)に染まり、鼓動は止まりかけていた。


 氷のように冷たい卵を温めようと抱きしめても……命が終わりを迎えようとしているのが伝わるだけだった。


「リナ……卵しんじゃうよぉ……」


 気がつくと、側でプティたちが泣いていた。ずっと卵についていてくれたのだろう。


 ここに哺乳瓶はない。


 ここで聖術を使えば、おそらく力はすべて奪われてしまう。前回は創世神様の慈悲で助かったけれど、今回は……難しいかもしれない。


 それでも……私の心の奥底で誰かが叫んでいる。


(――この小さな命は、絶対に救わなければならない)


「プティ……みんな……手伝ってくれる?」


 私は聖星花(セントステラ)の花びらを摘み取って、創世神様の足元に敷き詰めた。


 聖星花(セントステラ)を一緒に植えた畑に聖術を使うと、植物たちが強く大きくなる。きっとこの花は聖術の効果を高めてくれるはず。

 聖霊たちも一生懸命花びらを集めてくれた。


 集めた花びらの上に謎玉ちゃんを置いたとき、右手の薬指の指輪が目に留まった。


(怒られるよなぁ……)


 ハルジュ様の意識が戻れば、きっと聖霊たちがここへ連れてくる。そのときもし私が目を覚まさなかったら……怒ったハルジュ様が叩き起こしてくれるかもしれない。

 そんな彼の姿を想像して、私は思わず苦笑した。


 私がいなくなったとしても、謎玉ちゃんのことはきっとハルジュ様が守ってくれる。

 再生プロジェクトは計画の立て直しになるけれど……聖霊とカレンディア様の力を借りれば、きっといい方法が見つかるはずだ。


(もう一回、笑った顔が見たかったな)


 目を閉じると、ハルジュ様の笑顔がまぶたの裏に浮かぶ。


(ハルジュ様……)


 ゆっくり目を開けると、私は聖霊たちに心からの願いを告げた。


「みんな……ハルジュ様のこと、守ってあげてね」


 すると、プティが私の手の中にひらりと降りてきた。


「リナ! みんなもリナと一緒だよ! お出かけのじゅんびはばっちりよ!」

「お出かけ?」

「ほんとうはお空とか土の中とかにね、お出かけする子たちがね、みんな卵の中に入ってくれるって! それでもリナのごはんはいっぱいひつようだけど……」


 首を(かし)げる私に、プティはつたない言葉で教えてくれた。


 聖霊は長い時間をかけて成長し、成長が終わると自然の一部となって世界を巡る存在だ。

 ここにいる成長が終わった聖霊たち。本当は世界に旅立つはずだった子たちが、その力を謎玉ちゃんに分け与えようとしてくれている。


「それって……みんな消えてしまうの?」


 私が問いかけると、聖霊たちは口々に叫ぶ。


「ちがうよ! おうさまのところに帰るの!!」

「ぼくらは消えないよー!!」

「だからリエにお願いしたの! 卵を助けてって!」


「あ……」


(もしかして、辺境に来るまでに、何度か夢の中で聞いた子どもたちの声って……)


「早くー!! もう卵、待てないよ!」


 聖霊たちの声に背中を押され、私は手を胸の前で組んだ。


 ――生命(いのち)巡りし聖霊と、青き大地に祝福を

 ――我が光を与えし神と、我が光を育てし守護者に大いなる感謝を


 創世神様と聖霊王様に祈りを捧げ、両手でそっと謎玉ちゃんに触れた。


 胸の中に明るい光が生まれる。

 光は全身を駆け巡り、力となって手からあふれ出してくる。


 途端にものすごい力で聖力が引きずり出される感覚がした。


「いってきまーす!!」

「またねー!」


 大きな光の聖霊たちが、私の手の中の光に次々と飛び込んでいく。

 聖霊が消えるたびに、謎玉ちゃんの色が薄くなる。


 それでも、多くの聖霊がいなくなっても、卵は力を取り込み続けた。もう成長途中の聖霊しか残っていない。

 あとは私の力が尽きるのを待つだけ……。


 そう思ったとき、ひときわ大きい光が私の前に降り立った。


 初めて見るその聖霊は、白い髪、白いワンピースの女の子だった。

 その子は金色の瞳で私をじっと見つめ、「……バイバイ」と呟いて光の中に消えた。


 私によく似た声――夢で泣いていた女の子。


(あなたは……)


 その子が飛び込むと、一気に光の量が膨れ上がった。

 もう少しで黒色が消える。


 呼吸が苦しくなり、額から汗が流れ落ちる。

 それでも手を離すことはしない。

 謎玉ちゃんを元に戻せるのは今しかできない……その一心だった。


 とうとう力の終わりを感じ、意識が遠くなっていく。


(お願い、もう少しのはずなの……!)


 意識が途切れそうになる寸前――急に手のひらが熱くなった。

 温かく心地よい力が右手から全身に流れ込んでくる。この感覚は……


(ハルジュ様の力が……)


 視界が開けると同時に、薬指にはまった指輪が砕けるのが見えた。


 ちくん、と私の胸が寂しく痛んだ。


 けれどそれも束の間、すぐにハルジュ様の力も卵に消えていく。


(……やっぱりだめかぁ)


 そう思ったときだった。

 卵から光があふれ出し、私の目の前を真っ白に染め上げた。


 ――カシャン


 ガラスの割れたような音がした。


 光の中で目を凝らして見えたのは——

 割れた卵の欠片(かけら)の中で、震える青い体。


「竜……?」


 おとぎ話に出てくるような、小さな小さな竜の子ども。


 その子がこっちを見たような気がしたけれど……



 視界は暗闇に包まれた。

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