70 謎玉ちゃんの異変
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「リナの部屋にいっぱいあるよ」
「は……?」
(わたしの部屋に、黒い石がたくさんある……? そんな心当たり――ない)
謎玉ちゃんを抱く腕が震える。まるで全身が凍りついてしまったみたいに頭も体も動かなかった。
そのとき、私の肩に温かな手が触れた。
深く穏やかな声が、私の震えを鎮めるように優しく響く。
「リナリエ、落ち着いて。大丈夫だから」
ハルジュ様の手が触れている場所から、ゆっくりと全身の強張りが解けていく。
「まずは卵をなんとかしよう」
私はハルジュ様の声にぎこちなくうなずいて、謎玉ちゃんに視線を落とした。
ようやく灰色になるまで色が薄くなったのに、今は見つけたときとほとんど変わらない色に戻っている。伝わる温度は氷のようで、鼓動の震えはあきらかに弱まっていた。
「真っ黒になって死んじゃう」……以前プティが言っていた言葉を思い出す。
(そんなのだめ……絶対に助けなきゃ)
私は祭壇に置いてある謎玉ちゃん用の哺乳瓶にめいっぱいの聖力を込めた。それを謎玉ちゃんに与えたけれど、あまり変化は見えなかった。
(……もう一回)
もう一度哺乳瓶に聖力を満たす。
二回目で色に変化が見えた。まだ温もりは戻ってこない。
繰り返していると、四回目で視界が一瞬くらりと揺れた。それでも手を止めようとは思わなかった。
「……これ以上はだめだ。私が代わる」
結局、五回分与えたところでハルジュ様に止められた。
交代したハルジュ様が自分の聖力を哺乳瓶に満たし、謎玉ちゃんに与える。
私はハルジュ様の聖力が謎玉ちゃんに吸い込まれていくところを見つめながら祈り続けた。
(お願い。持ちこたえて……)
夢中で祈りを捧げていると、呆れたようなハルジュ様の声が聞こえた。
「こんなときなんだから、全部飲んでくれよ……」
はっと我に返って見ると、謎玉ちゃんが飲み残した聖力が、哺乳瓶の中でほんのり光っていた。
ハルジュ様はときどき、謎玉ちゃんに自分の聖力を与えに来ていた。
だけど、謎玉ちゃんはハルジュ様の聖力だと最後まで飲みきってくれない。なぜか毎回ちょっとだけ残すのだ。
慌てて謎玉ちゃんを抱き直すと、腕の中には温かさが戻り、鼓動の震えは穏やかなリズムを刻んでいた。
「卵はもうだいじょうぶよ!」
「よかった……」
聖霊たちが嬉しそうに私たちの周りを飛び回っている。私は腕の力を強め、謎玉ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「謎玉ちゃんは聖霊たちに任せよう。問題は……黒い石だ。確かめに行こう」
ハルジュ様の言葉に今度はしっかりとうなずき、渋るプティを連れて自分の部屋へと向かった。
修道院の階段を上り、扉を開けて部屋の中に入る。部屋を出る前と何も変わった様子はない。
「プティ……黒いのは、どこにあるの?」
「……あそこ」
プティが指差した場所は、部屋の真ん中に置かれた木のテーブルの上。
いつもだったら、何もないはずだった。
でも今日は……カナン殿下から届いた贈り物が置かれていた。
(そういえば……今日届いた贈り物を、まだ開けてない)
嫌な汗がじわじわとにじむ。
今まで届いた贈り物はお菓子が中心だった。でも今日は、可愛らしい小さな箱が送られてきていた。
私たちは慎重にテーブルに近づき、贈り物を見つめた。
薄紅色の箱に金色のリボンがかかった、両手に収まるほどの箱。特におかしなところはないように見える。
「プティ……ほんとにこれ?」
「うん」
プティの平坦に告げる返事に、かえって不安が増していく。
私は震える指でリボンを外し、箱をそっと開けた。
「――っ! なに、これ……」
箱の中には――黒い石を何十個もつなげたブレスレットが入っていた。
ぞっとするような漆黒の魔石……まるで、何十もの瞳に見つめられているようだった。
「プティ森に帰るね!」
プティは慌てて飛び去っていった。
(この魔石の魔の力を、謎玉ちゃんが取り込んでしまったということ……?)
「これは私が預かる。カレンディアに浄化してもらおう」
箱を手にしたまま動けない私から、ハルジュ様はブレスレットを箱ごと抜き取った。
「カナン殿下は何を考えているんだ……こんなものを贈るなんて……! もはや一刻も早く国にお帰りいただくしかない」
ハルジュ様が深く憤り、声を震わせる。
殿下はこれが魔石だと知っていて、私に送ってきたのだろうか。
(そうだとしたら、わたしに魅了をかけるつもりだったの? わたしが求婚にうなずかないから……?)
戸惑いと恐怖を覚え始めたとき、窓の外から馬車を引く音が聞こえた。それもかなり大きな音だ。
窓に近寄り入口の方を見ると、一台の馬車が停まったのが見えた。
見間違えようがない。あれは……カナン殿下の馬車だ。
ハルジュ様と一緒に急いで入口に向かうと、カナン殿下が私たちを見て駆け寄ってきた。
「ちょうどよかった!! お二人に、一刻も早くお伝えしなくてはならないことがあるんです!」
いつも優雅な殿下が息を乱し、深刻な面持ちで私たちを見つめる。思いつめたような殿下の表情に、さっきまで疑っていた気持ちがわずかに揺らいだ。
(いったいどうしたの……?)
鼓動が早まっていく。
「あの卵の正体がわかりました。思い出したのです。あれは――魔物の卵です」




