69 黒い石の秘密
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お茶会のあと、カナン殿下のアプローチは意外にも少なかった。
もうすぐ留学期間を終え帰国する殿下は、最後の視察先に辺境領を選んだ。今は「聖霊とともに生きる人たちの暮らしを間近で見たい」と言って、よく街に出ているそうだ。
一度だけ、殿下から畑の視察を依頼された日があった。
とても熱心に耳を傾ける姿に、案内役の市長さんも感心するほどだった。
ちなみに殿下には、私の癒しは植物にも効果のある珍しいものだった、と説明してある。あまり公にはしたくない、ということも。
これも「秘密は守る」と、殿下は約束してくれたけれど……。
あまりにも殿下の態度が普通だったので、私への求婚は諦めてくれたのか、最初から冗談だったのかな、と思うことにした。
……贈り物は毎日のように修道院に届くけれど。
◇
お茶会から一週間後。
今日は黒い石のことを聞くために、一人で道具屋に来ている。
あれから聖霊たちはほとんど森から出てこない。ハルジュ様の話では「黒いのがいなくなったらまたくる」と言っているようだけど……。
(黒いのって……たぶんこの石よね)
聖霊が怖がるこの石はいったい何なのか。ヨータ君なら何か知っているだろうか。
「ハナちゃん、こんにちは。ヨータ君はいる?」
私はカウンターで店番をしていたハナちゃんに声をかけた。彼女はヨータ君を呼びにお店の奥へと向かう。
「リナリエさん、今日はどうしたの?」
すぐにヨータ君が顔を出してくれたので、私は森で拾った真っ黒な石を二人に見せた。
「あ、これって最近街で流行ってるやつじゃん」
「え……?」
ハナちゃんが、思いもよらないことを口にした。
「どういうこと……?」
「なんか、この石を持ってると不安な気持ちが全部消えるらしくてさ。お守りにするのが流行ってるんだって」
(この石が、お守り……?)
私がこの石に触れたとき……一瞬だったけれど、身体を恐怖が支配するような感覚を覚えた。ハナちゃんの言っていることと真逆だ。
あのときの感覚を思い出して背筋が冷たくなる。
「ちっちゃな露店で買えるらしいんだけど。その店がいつどこに開くかはわかんなくて、会えたらラッキーっていうのも話題になってるよ。私はまだ見つけてないんだよねー」
ハナちゃんが石の情報を教えてくれている間、ヨータ君はルーペを使って黒い石を隅々まで観察していた。
しばらくすると表情を曇らせ、ルーペを置いた。
「僕も実物を初めて見たけど……これはやめておいた方がいい。魅了の魔石だよ、これ」
「魅了の……魔石!?」
ヨータ君から明かされた、黒い石の恐ろしい正体――。
ただ愕然とするしかなかった。
「これには魔の力が込められてる。気持ちを高揚させる式と……前に本で見た魅了の術式が刻まれてる。こんな小さな石に二つも式を刻めるなんて、かなりの腕前だよ」
(どうしてそんなものが辺境に? 街の雰囲気がおかしくなっているのって、もしかしてこれのせい……!?)
嫌な想像はどんどん膨らんでいく。
「こんなのが流行ってたら大変だよ……! すぐに回収しないと」
私が慌てて言うとヨータ君は首を横に振った。
「たぶん難しいと思うよ。手に入れた人は手放すことを嫌がって、自分が持っていることを隠すんじゃないかな」
人によって差はあるものの、聖力を持っていない大部分の人は魅了の力に抵抗するすべがない。
ヨータ君が言うには、これを持っている限り、黒い石が主と定めた人物の言いなりになってしまうらしい。
「すぐに若様に相談した方がいい。僕たちも露店を見つけたらすぐに知らせるから」
「わ、わかった……!」
私は二人と別れ、そのまま領城へと急いだ。
◇
街から領城への坂道を駆け登り、息も絶え絶えに城の入口にたどり着く。
呼吸を整えているときに偶然通りかかったレイブさんを捕まえて、ハルジュ様への取り次ぎをお願いした。
応接間に案内されたけれど、座って待つ気にもなれない。落ち着かずにソファの周りを歩き回っていると、すぐにハルジュ様がやってきた。
「リナリエ? どうした?」
「ハルジュ様……それが」
私はすぐに、道具屋で聞いた話をハルジュ様に伝えた。
「カレンディアを呼んでくれ」
ハルジュ様はレイブさんにそう指示を出すと、険しい顔でテーブルの上の黒い石を見た。
「石の噂は聞いていたが、よくある流行りものだと気にもしていなかった。まさか魔石だったとは……」
間もなくカレンディア様の来訪が知らされ、カレンディア様とノクスさんが応接間に入ってきた。
「これが……魔石だというのね」
話を聞いたカレンディア様が黒い石に触れようとする寸前、ノクスさんがカレンディア様の手を掴んだ。
「お嬢様、俺が先に確認します」
ノクスさんがいつになく不安げな面持ちでカレンディア様を見つめている。
「心配性ねえ……」
カレンディア様が苦笑する。そして手を離そうとしないノクスさんの手に、掴まれた方と反対の手を重ねた。
「わたくしは魔には刺されないわ。ノクスの方が危ないでしょう? ……わたくし以外の魅了にかかったらどうするのよ?」
カレンディア様が、ノクスさんをじっと見つめ返す。
「それだけは、死んでもありえません」
「あら……ふふふ。頼もしいわね。大丈夫だから見ていなさい」
きっぱりと告げるノクスさんの手をそっと外し、カレンディア様が黒い石に触れた。
その瞬間、カレンディア様の手のひらから白金色の光があふれ、石を包み込んだ。
まばゆい光にかき消されるように、石の黒色が薄れていく。
(これが、カレンディア様の浄化……)
私は初めて見るカレンディア様の聖術の美しさに、しばらく目を奪われていた。
完全に光が消えると、あとにはくすんだ白い石がひとつ残されていた。
カレンディア様はほっと軽く息を吐くと、形のいい眉を寄せた。
「やはり魔の力だったわね。これならわたくしが浄化できるわ。でも……石の出どころを絶たなければ、浄化をしたところで繰り返すだけよ」
ハルジュ様はカレンディア様の言葉にうなずき、険しい表情のまま口を開いた。
「騎士団には街の警備隊と協力して、露店の捜索を最優先に動くよう指示を出す。リナリエ、今からその石を拾った場所に案内してくれ」
◇
私とハルジュ様が黒の森に入ると、聖霊がすぐに集まってきた。その中に、いつもなら真っ先に飛んできそうなプティの姿はなかった。
「最近おかしなことはなかったか?」
ハルジュ様が聖霊にたずねると、聖霊たちは顔を見合わせて「あった」と叫んだ。
「あのね、ときどき黒いのがくるの。黒いのがあると森に入れるから、ぼくたちかくれてる」
「かくれてれば平気だよ」
「なにしてるかはわかんない」
聖霊たちが口々に声を上げるのを聞き、ハルジュ様が眉をひそめる。
「黒いのがあると森の中に入れる? 聖霊の導きがなくてもか?」
「うん……おうさまがいないから」
いつも元気な聖霊たちが、みんな不安そうな顔をしている。
(聖霊王様、いったいどこにいるの……?)
焦りと不安が、じわじわと足元から這い上がってくる。
結局、石を拾った場所を調べても手がかりは見つからなかった。近くに痕跡はないとわかったハルジュ様が大きく息を吐く。
「ここは森の境界に近い。落ちていた石も、目立たないように境界を越えて侵入してきた何者かのものだろう。露店商が落としたのか、それとも仲間なのか……」
腕を組んで考え込んでいたハルジュ様が顔を上げた。
「修道院に戻ろう。聖霊たち、次におかしな奴がいたらすぐに知らせてくれ」
「わかったー」
森の聖霊たちと別れ、私たちは森の入口まで戻ってきた。
「うわっ!」
森の外に出た途端、プティが私を目がけて一目散に飛んできた。
顔に衝突する寸前でキャッチして、手のひらのプティを見るといつになく慌てている。
「リナ!! 卵が大変! 早くきて!!」
「えっ?」
私とハルジュ様はプティに急かされ、聖堂へと駆け込んだ。
祭壇を見ると――謎玉ちゃんが、真っ黒に戻っていた。
両手で抱くとひやりと冷たく、鼓動の震えが弱まっている。
「どうして……お昼に見たときはなんともなかったのに」
呆然と呟くと、プティが謎玉ちゃんの前で何度も跳ねた。
「あのね! 卵、黒のごはん食べちゃったの……! リナにあげた黒いのとおんなじよ!! 黒のごはん、おいしいんだって……。いっぱいあるからこっそり食べちゃったって」
「黒い石がいっぱいある……? どこに……?」
困惑しながらプティを見つめる。私が拾った石はカレンディア様が浄化したばかりだ。
するとプティは、信じられないことを口にした。
「リナの部屋にいっぱいあるよ」




