67 修羅場なお茶会
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王子殿下が帰ったあとも、ハルジュ様は私の「心に決めた人」についてしつこく聞きたがった。
「とっさの嘘です!」とごまかしたけれど、本人に向かって「あなたのことです」なんて……言えるわけがない。
ハルジュ様は不満そうだったけれど、それ以上の追及はしてこなかった。
帰り際、ハルジュ様はその場にいた全員に、「今日のことはすべて他言無用」だと念押しするのも忘れなかった。
みんな猛烈な勢いでうなずいてくれていたから大丈夫なはずだ。
非常に濃い一日を無事に終えて、私はようやく胸をなで下ろすことができた。
――と思ったのに。
数日後……私は領城のティーサロンで、またもや修羅場を迎えていた。
私の隣には、砂糖菓子よりも甘い笑顔で私を見つめる王子殿下。
テーブルの向かい側には、殿下へ凍てつく視線を送るハルジュ様と、扇を手に優雅に微笑むカレンディア様。
その後ろには、すました顔のノクスさんが立っている。
(ちょっと。今日、殺気を出す人が変わっていませんかね……?)
「レディ、今日は来てくれてありがとう。君とまた会えて嬉しいよ」
「王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……本日はお招きいただき……ありがたく存じます」
私が挨拶を返すと、こちらを見つめる黒色の瞳が柔らかく細められる。
「僕と君との仲だ。ぜひカナンと呼んでくれませんか?」
「あ、で、では……カナン殿下と……」
「僕はリナリエと呼ばせてもらいますね」
出だしからカナン殿下はアクセル全開で、私はただぎこちなく微笑むことしかできない。
すぐにカナン殿下が使用人に合図を送り、お茶とお菓子が運ばれてきた。
(え、まさか……これっ……!)
私とカレンディア様は思わず目を見合わせる。
「これは緑茶とマンジュウと呼ばれる、他国にはまだ流通していない我が国伝統のお茶とお菓子です。我が国には湯の湧く泉がいくつもあり、その湯気で蒸し上げるオンセンマンジュウが人気なんですよ」
南の国に行けば緑茶と饅頭、それに温泉がある。
とても魅力的な情報がカナン殿下からもたらされた。
不覚にも「行ってみたい」と心が揺れる……でも妃は絶対無理だ。私は頭を振って誘惑を払いのけた。
しかし私が口を開く前に、ハルジュ様が冷ややかに言い放った。
「素晴らしいお茶とお菓子をご紹介いただきありがとうございます。そろそろ故郷が恋しくなるでしょう。いつごろ帰国されるのでしょうか?」
カナン殿下はハルジュ様の絶対零度の声色にも、まったくひるむ様子がない。体を椅子ごと私の方に向けて、甘いテノールの声を響かせた。
「帰国してしまったら今度は君が恋しくなる。どうか一緒に帰ってくれませんか?」
「いえ……あの――」
「彼女の帰る場所はここです。お帰りになるのでしたらおひとりでどうぞ」
私が口を開こうとすると、ハルジュ様がきっぱりと断る。
「僕は彼女に聞きたいんです。リナリエ、どうかな?」
「リナリエ、答えてさしあげて。さあ」
論戦を繰り広げ始めた二人が、急に私に矛先を向けた。
私は縋るような思いでカレンディア様とノクスさんに必死に視線を送った。
カレンディア様は扇で口元を隠しながら、よく通る声でノクスさんに耳打ちをしている。
「いつの間にこんなにおもしろいことになっていたのかしら」
「よくわかりませんが、お嬢様が巻き込まれなければ俺はなんでも構いません」
……助けを期待するだけ無駄だった。
(こうなったら自力で乗り切るしかない……)
私は戦場へと足を踏み入れる決意を固め、緑茶で口を潤した。
「あの、お気持ちはありがたいのですが……先日もお話したとおり、わたしには心に決めた方がおりまして……」
「それはその指輪をくれた人ですか?」
カナン殿下の視線が、私の右手に注がれる。
途端に顔がかっと熱くなり、鼓動がスピードを上げる。
「ち、違います!!」
「えっ!!」
思わず大声で否定すると、向かい側から反応があった。
顔を向けると、なぜかハルジュ様が口を開けたまま固まっていた。
「……本当におもしろいわね」
「はい」
まるで喜劇の舞台を楽しんでいるかのように、外野からのんびりとこちらを見ている二人。
(……こうなったら巻き込んでやる)
「えっと、その人とは婚約の話もしていて……」
「婚約の話!?!?」
――ガタンッ!
ハルジュ様が椅子を倒す勢いで立ちあがり、大股で近づいてくる。
あっという間に肩を掴まれると、鬼気迫る顔が間近に迫っていた。
「リナリエ、その相手は誰なのか言いなさい。後見人として見極めなくてはならない。早く」
ハルジュ様の圧が強すぎる。
気迫に耐えきれずにノクスさんに視線を送ってみると、ハルジュ様とカレンディア様が私の視線を追って振り返った。
「「は??」」
美しい白壁のサロン内に、二人の美しい声が重奏を奏でるように響き合う。
繊細な細工が入ったカレンディア様の扇が、ミシッと音を立てた。
「お前……任せるとは言ったけれど、その話は聞いていないわねぇ……」
「お嬢様、それについては弁解の余地をいただきたい」
「それは後見人である私も聞かなくてはならない」
二人の鋭い視線がノクスさんを捉えた。ノクスさんの表情は変わらないけれど、心の中では盛大に焦っているに違いない。
(他人事だと思って楽しんでるからだぞ)
ハルジュ様の標的がノクスさんに移り、やっと強い圧から解放される。
ほっと小さく息をつくと、今度は隣の王子様がアピールを再開し始めた。
「彼が君の想い人なのですか? それなら僕の方が地位も財力もある。絶対に不自由はさせません。だから――」
「少し黙ってていただけます? ノクスの弁解とやらが聞こえなくなるわ」
「そうだ。今は君の色恋なんかに時間を費やしている場合ではないんだ。この従者から重大な話を聞かなくてはならない」
カナン殿下が言い終わる前に、二人が殿下の言葉を容赦なく斬り捨てた。
一応カナン殿下は国賓のはずだけど……そんなことは忘れてしまったようだ。
私への意識が途切れた隙に、私はどうしても気になっていた温泉饅頭にそっと視線を落とした。
(今なら食べてもいいかな……)
テーブルに向かってそろそろと右手を伸ばす。
あと少しで手が届く……というところで、私の肩を掴んだままのハルジュ様の手に力が入った。
顔を上げると、険しい顔のハルジュ様がこちらを見ている。
(……あ、まずい)
「君もだリナリエ。本気なのか? いつからだ? どこがいいんだ? 婚約の返事はもうしたということか? きちんと答えるんだ」
ノクスさんを巻き込んだのは逆効果だった。ハルジュ様の圧がますます強くなってしまった。
ゆさゆさと肩を揺すられて視界がぶれる。
「へ、返事、は、まだ、です……」
途切れ途切れに答えると、すかさず隣から場違いに弾んだ声が聞こえた。
「まだということは、僕にもチャンスはありますよね。次はデートに誘わせてください。ふたりきりで過ごせば、きっと僕の想いは伝わる」
「もう静かにしててくれ」
揺れる視界の向こうでは、いつの間にか立ち上がっているカレンディア様が、ノクスさんに詰め寄っていた。
「ちょっと、弁解とは何なの。いい加減な理由なら許さなくてよ」
「申し訳ありませんお嬢様。俺の行動はすべてがお嬢様のためのものです。いい加減な理由ではありません」
カレンディア様はノクスさんを至近距離でにらみつけ、ノクスさんはほんのり頬を染めている。
そこにハルジュ様の低い声が重なった。
「ほう……では本気でリナリエを幸せにするということか。君にできるのか? お嬢様第一主義の君に? お嬢様とリナリエどちらを大切にするんだ」
ハルジュ様の問いかけに、カナン殿下の声が割り込む。
「僕はリナリエを世界一に考えます。だからどうか僕の妃に――」
「全員うるさいわよ! ノクス! どうなの!!」
――ゴーン、ゴーン――
お茶会の終了を告げる時計の音が鳴り響いた。
「と、とりあえず、王子殿下におかれましては、お気持ちはありがたく頂戴いたしました。ですがやはりわたしはふさわしくありません。どうかわたしのわがままをお許しください」
時計のおかげで生まれた一瞬の空白を逃さず、私は早口で言い切って頭を深く下げた。
「……わかりました」
少しの沈黙のあと、ため息とともにカナン殿下の声が聞こえた。
ようやく終わった……と顔を上げると、カナン殿下が予想とは反対に、にっこりと微笑んでいた。
「今日のところは終わりにしましょう。でも僕も真剣なんです。もう少し足掻きたいと思う僕のわがままを許してほしい」
「う……」
こうして、波乱のお茶会はお開きとなった。
五角関係のできあがりです(*´▽`*)ニッコリ




