66 農地再生プロジェクト
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王子殿下の来訪から数日後。
本日は快晴。絶好の農地再生日和だ。
ついに街の農地で再生プロジェクトを始動する。
街の外れに準備した農地に集まったのは、私とハルジュ様と市長さん。そして市長さんが厳選した街の人たちと、堆肥作りを手伝ってくれた辺境騎士団、合わせて二十人ほど。
人数を絞ったのは、人が集まりすぎて混乱するのを防ぐため。そして再生の聖術をあまり多くの人に知られないようにするためだ。
いずれはわかってしまうけれど……まだほとんど未知の聖術のため、公表するタイミングは慎重に検討することになった。
街の方ではカレンディア様が大々的に治療会を行っている。領民の注目をそちらに向ける作戦だ。
ここにいる街の人には、このまま農地の管理をしてもらうことになる。その中にはナタリスさんの姿もあった。お互いに目が合い、笑って手を振り合う。
今回は前世でもなじみのあるじゃがいもとさつまいも、この世界でよく食べられている、キャベツと玉ねぎに似た野菜を用意した。
そして、欠かせないのは聖星花だ。
実験の結果、聖星花が一緒に咲いている畑の方が、ほかの植物の生育がいいことがわかった。
しかも聖星花が一度咲いた畑は、聖術を使わなくても自然に植物が育つようになったのだ。
それがわかったときは、嬉しさのあまり叫び声を上げてマザーを慌てさせた。
農地に全員揃ったところで市長さんからの説明があり、いよいよ私の出番となった。
私が農地の中央に立つと、みんなの目が一斉にこちらを向く。
――唐突に、逃げ出したい衝動に襲われた。
よぎったのは侯爵領での出来事だった。あのとき、街の人たちから受けた嫌悪の視線、冷たい言葉——。
(前と状況は違うし、もうあの日のわたしじゃない……)
そう思っても……あの日の出来事は今も消えていなかった。目に見えないガラスの破片が刺さったままかのように、思い出すだけで胸に痛みが走る。
(失敗して、みんなに落胆の目で見られたら――)
不安になって、思わずハルジュ様を探した。
ハルジュ様は少し離れたところで市長さんと一緒に見守ってくれている。目が合うと、彼は口を動かした。
『絶対にできるよ』
声が聞こえなくてもわかった。
『私は君の努力を近くで見てきた。周りがどう思っても、私は君の味方でいる。絶対にだ』
あのときのハルジュ様の言葉が浮かんでくる。私は目を閉じ、深呼吸をした。
(もう、わたしはひとりじゃないから)
私の中で生まれた温かな光が、力となって全身に満ちていく。
次から次へとあふれ出てくる力を両手に集め、目を開けると大地にそっと手を当てた。
再生の力は白い光となり、農地全体へと広がっていく。
一瞬、目がくらむほどの光を放った直後――
小さな芽が、いっせいに動いた。
植物たちはぐんぐんと葉を広げ、一気に成長を始めた。
(成功だ……)
ほっと息をつき、立ち上がって振り向くと、みんな呆然とした表情のまま立ち尽くしている。
「奇跡だ……」
誰かがそう呟くと、みんな口々に歓声を上げ、あたりは歓喜の渦に包まれた。
街の人たちが畑に駆け寄り次々と野菜を収穫していく。
市長さんは号泣し、ハルジュ様が苦笑しながらハンカチを差し出していた。
すぐにハルジュ様と目が合い、笑顔を交わした。
(うまくいってよかった)
ハルジュ様と市長さんの元へ駆け寄ろうとしたときだった。
突然私の目の前に人が飛び出してきた。
「素晴らしい!!」
驚いて立ち止まると、フードを被った人が私の行く手をふさぐように手を広げた。
「えっ……」
(どうして、ここに……)
フードを取って現れたのは——王子殿下だった。
「今日城で『聖女が癒しの奇跡を起こす。街の外れにハルジュ殿が人を集めた』と聞きまして。カレンディア嬢のことだと思い、こっそり見にきたのですが……まさかこんな奇跡に立ち会えるなんて!!」
非常に運の悪いことに、二つの話が混ざって伝わってしまったらしい。
聖術を使っているところを王子殿下に見られてしまった。こんなにしっかり見られていたら、もう言い訳もできない。
その場から動けないでいると、急に殿下が目の前でひざまずいた。
「僕は夢を見ているのか……君の聖術を見たとき、女神がいたのかと思いました。ああ、僕は君に心を奪われてしまったようです」
殿下の視線が私に注がれる。次の瞬間、殿下の甘い声が農地に響いた。
「どうか、僕の妃になってくれませんか?」
「…………はい?」
(ありえない台詞が聞こえた気がするんですけど……)
冗談であることを願ったけれど、正気を疑うような返事が返ってきた。
「僕は本気です。君に魅入られてしまった。修道院では気づかなかったけれど、君は卒業パーティにいた聖女だよね。あのとき僕は何もできず……ずっと気がかりだったんです。ここで会えたのは運命に違いない」
王子殿下の突然の求婚に頭が追いつかない。
「あ……いや……わたしは王都を追放された罪人ですので……」
なんとか絞り出した私の言葉に、殿下はにこりと微笑んだ。
「この国ではそうかもしれないが、我が国では関係ない。むしろこの国では魔女扱いで肩身が狭いでしょう? 我が国は君を奇跡の聖女として歓迎します」
殿下の考えがわからず、戸惑いはますます大きくなっていく。
(なんで? カレンディア様に求婚しに来たんじゃないの!?)
「お、王子殿下はカレンディア様をお好きなのでは……」
「何を言うのですか? 彼女にはハルジュ殿がいるではありませんか。カレンディア嬢とは親しくさせてもらっていますが、僕が心を奪われてしまったのは……君だ」
数日前にカレンディア様を見つめていたときとまったく同じ、蕩けるようなまなざしが、今度は私に向けられている。
(この変わり身の早さは何なの……!?)
口が震えてうまく声が出せない。そこへハルジュ様が駆けてきた。私の隣に立ち、殿下に厳しい目を向ける。
「そこまでです。カナン殿下、勝手なまねは――」
「愛しい人……どうかお願いだ」
ハルジュ様が止めようとしても王子殿下は止まらない。
ぐいぐい来る殿下に耐えきれず、私の思考回路は完全にショートした。
「わ、わたし――心に決めた人がいるんです!!」
……とっさにそう叫んでいた。
するとわずかな沈黙のあと、地を這うような低い声が空気を震わせた。
「………………は?」
(——!?)
とんでもない冷気を隣から感じて、目だけを動かして様子をうかがうと……
そこには、こぼれ落ちそうなほどに目を見開き、こちらを見つめるハルジュ様がいた。
「心に……決めた人がいる? 誰なんだ……それは……? 私の知っている人か」
「ひいっ! ちが、違うんです……」
今まで見たことのない、ものすごい形相で肩を掴まれた。
詰め寄ってくるハルジュ様。思わず身の危険を感じて冷汗が流れる。
「心に決めた人がいたとしても、僕の方がきっと君を幸せにできる」
空気の読めない王子殿下も諦めずに話しかけてくる。
「黙っててくれ」
ついにハルジュ様が殿下をにらみつけた。
「今はそんなくだらない話を聞いている暇はない。彼女には私の質問に答えてもらわなくてはならない」
そう言うと、ハルジュ様はぐいっと私を引き寄せた。
「私は彼女の後見人だ。彼女の未来は私が責任を持って考える。他国民である貴殿の心遣いは不要だ」
「……そうですか。しかし、彼女の人生は彼女のもの。彼女の意思を無視することは、彼女を慕う男の一人として許しませんよ……そのことは決してお忘れなく」
王子殿下も負けじと食い下がるけれど、これ以上続けてもいい答えが得られないと思ったのだろう。言葉を切って、私に向かって甘く微笑んだ。
「レディ。今日のところはここまでにしますが、次はお茶にお誘いします。僕のことを知ってもらいたい」
そう言うが早いか、殿下はすばやく私の手を取り口づけた。
あまりの早業に呆気にとられていると、殿下はもう一度微笑み、さっそうと退場していった。
(いや、もう……なんだったの……)
感情が追いつかずに立ち尽くしていると、ハルジュ様が私の手を取った。
私が反応する前に上着からハンカチを取り出し、殿下に口づけられた場所をごしごしこすり始めた。
……なかなかに痛い。
抵抗する気力も起きず、ハルジュ様のされるがままになっていた私は、ふとあることを思い出した。
(そういえば……ほかの人たちは……?)
観客と化した人たちの方へゆっくり顔を向けると、全員「ばっ!」と顔をそらした。
大変なことになった……。




