63 デート
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(でえ……と?)
ハルジュ様の発した単語について、頭の中で辞書をめくる。
「……おーい、リナリエ?」
ハルジュ様が固まる私の顔の前で手を振っている。
遅れて言葉の意味を理解した私は、顔から火を噴きそうになった。
(デート!? いきなりデートって何を言い出すの!?)
「む……無理です!!」
「えっ!?」
思わず出たのは否定の言葉。今度はハルジュ様が目を丸くした。
(そんなの無理。だって……)
「わたしは婚約者のいる方とデートはできません!」
(カレンディア様を裏切るようなことはしたくない……!)
私が断るとハルジュ様は振っていた手を止めて、たっぷり十数秒は経ったあとに「……間違えた」と呟いた。
「ごめん、デートは冗談だ……あー、実はカレンディアに贈り物をしようと思って。私は女性の喜ぶものがいまいちわからないから、リナリエに一緒に選んでほしいんだ」
ハルジュ様はゆっくりと手を下ろし、困ったような笑みを浮かべた。
「あ……」
(そうだよね。ただ贈り物のアドバイスが欲しいだけに決まってた……恥ずかしい。また勘違いしちゃった)
顔の熱は一気に引き、胸はずしりと重さを増す。
(自分が断ったのに、落ち込んでどうするのよ……)
私は精一杯の笑顔を作って明るい声を出した。
「それならお任せください! どんなものを贈りたいかは決まっていますか?」
ハルジュ様は少し迷った様子を見せたあと、頭を掻きながら言った。
「だいたい決まっているんだけど……男一人じゃ行きにくいところなんだ」
ハルジュ様についていくと、一軒のお店の前で足を止めた。
「ここって……!」
「…………ああ!! そういえばリナリエも気になってた店だったか。店の前を通るたびにのぞいてたよね。ちょうどよかった!」
ショーウインドウに並ぶのは、デコレーションされたカップケーキや可愛い形のクッキー。宝石のようなキャンディの山。
この街に唯一あるお菓子屋さんだ。
私が初めて街に来たときから、ずっと気になっていたお店だった。思いがけず心が弾む。
「カレンディアは甘いものが好きだったような気がしないでもないような……うん。ここでどうだろうか」
ハルジュ様は腕を組んで「ここがいい」と何度もうなずいている。
私がノクスさんから聞いたときは、「カレンディア様は甘いものをあまり好まない」と言っていたけれど……。
(せっかくハルジュ様がカレンディア様のために選んだお店だ。あんまり甘くないお菓子をお勧めしよう)
お店の前には女性が十人ほど並んでいた。私たちは最後尾に並ぶ。
「前にも入ってみようと思ったことがあったんだが、女性客ばかりで並ぶ勇気がなくてね……」
ハルジュ様はきまりが悪そうに小声でささやいた。
(そっか……カレンディア様のためにずっと来たかったんだ)
大事に思ってもらえるカレンディア様が、ちょっぴりうらやましいと思ってしまった。
(こうなったらカレンディア様が喜ぶ贈り物を選んで、ハルジュ様にも喜んでもらおう)
私は余計な雑念を振り払うように、心の中でよし! と拳を握った。
順番が来て店内に入ると、そこは夢の世界だった。
バターの甘い香りがお店いっぱいに広がり、見ているだけで心踊るカラフルなお菓子たちが、店内のあちこちに並べられている。
食料が貴重な辺境で、お菓子はとても贅沢品だ。お店はここだけだし、値段もそれなりにする。それでも女性の心を掴んで離さない、領都でも屈指の人気店だ。
どれを選ぼうか目移りしてしまう。
私以上にきょろきょろしているハルジュ様を連れて、カレンディア様に贈るお菓子を探した。
お店に並んだ商品の中でも甘さが控えめそうな、コーヒーマフィンとスパイスクッキーを選んだ。
バラのフィナンシェを見つけ、美しいカレンディア様にぴったりだと思い、これもお勧めしておいた。
「リナリエも好きなものを選んで。一緒に来てくれたお礼だから」
カレンディア様の贈り物を選び終えて、名残り惜しくお菓子を眺めていた私にハルジュ様が言った。
「でも……」
「ここで贅沢したからって君を責める者はいない。これは君に食べてもらいたいという私のわがままだから」
本当にいいのかと迷う私に、ハルジュ様は片目をつぶって「それならいいだろ?」と笑った。
私が遠慮しないようにそう言ってくれたのだろう。そんな彼の気持ちが嬉しくて、私も「それならしょうがないですね」と笑った。
結局マザーへのお土産まで買ってもらって、私たちは道具屋へと戻った。
「おかえり! ばっちり完成したよ」
ハナちゃんから完成した謎玉ちゃん用哺乳瓶を受け取る。
「聖力を貯めたいときはここに触れながら聖術を使って。聖力は瓶一本で普通の人なら三日分くらいは貯められるようになってるから。貯めた聖力は反対側の聖石に触れると飲み口から取り出せるよ」
聖霊たちが言うには、湖から戻ったあとの私の聖力は元の倍以上に増えているそうだ。ただでさえ特別多いと言われていたのに、普通の人とどのくらい差があるのかもう見当もつかない。
三日分の量がよくわからないけれど、聖力が瓶の中に入ると白く光ってどのくらい貯まっているか見えるようになるらしい。
お代を支払い、ヨータ君とハナちゃんにお礼を言ってお店を出た。
ハルジュ様も何かを頼んでいたようで、帰り際に小さな紙袋を受け取っていた。
さっそく哺乳瓶を試すため、私たちは聖堂へと向かった。
「おかえりー! 卵おりこうだったよ」
謎玉ちゃんとお留守番をしていたプティが私の肩に止まる。
「お留守番ありがとう。謎玉ちゃんにご飯をあげる術具を作ってきたから、今からご飯あげてみるね」
どきどきしながら哺乳瓶の横についている聖石に触れ、聖術を使った。
すると瓶の中に白い光が貯まっていく。まるでキラキラと輝くミルクのようだった。
聖力がいっぱいに入った哺乳瓶の飲み口を謎玉ちゃんに当てて、おそるおそるもう一つの聖石に触れる。
「わっ!」
哺乳瓶の中の光はあっという間に謎玉ちゃんの中へ消えていった。
(成功だ!)
まだまだ聖力はあり余っていたため、もう一度与えておいた。
「私の聖力でもできるのかな?」
横で見ていたハルジュ様が、自分もやりたそうに瞳を輝かせている。
「あげてみれば? リナのじゃないから元気になるかわかんないけど」
プティにそう言われたハルジュ様は、自分の聖力を瓶に貯めると「おお」と喜びの声を上げた。
子どもみたいで可愛らしくて、なんだか胸がくすぐったくなる。
いざ謎玉ちゃんにハルジュ様の聖力をあげてみると、全部はなくならなかったけれど、ちゃんと与えることができた。
「私もときどき与えにくることにしよう。何が生まれるかも気になるしね」
ハルジュ様もすっかり謎玉ちゃんを気に入ったみたいだ。
謎玉ちゃんを祭壇に戻し、扉の方へ向かおうとすると、「リナリエ」とハルジュ様に呼び止められた。
「ちょっと手を出してくれる?」
なんだろうと思いながらも、おとなしく祭壇の前に戻って右手を差し出す。
そのまま手を取られて薬指に指輪をはめられた。
(………………は?)
何が起きているのか理解できずにぽかんとしていると、ハルジュ様が新緑の瞳を柔らかく細めた。
「指輪に私の聖力を貯めてある。身につけている者の聖力反応が消えると、指輪の石が壊れて聖力を補充できる特別仕様なんだ。万が一聖力を吸われてしまったときの保険だから、絶対外さないようにしなさい」
私は危うく気を失いかけた。
(こんな……こんなの、教会の結婚式じゃないの!!)
「あ、あり……ありがとう、ございます……」
沸騰寸前の頭でなんとかお礼を口にする。
これが左手だったら間違いなく倒れていた……。
ハルジュ様は危なっかしい私がただ心配だから、こんなことをしているんだろうけれど。乙女を勘違いさせるような行動は本当にいただけない……!
(カレンディア様に怒られればいいのに!! ……いや、怒られるときは一緒か)
そんな私の内心なんてつゆ知らず、ハルジュ様は満足そうに微笑んで、扉に向かって歩き出した。
(なんてことをしてくれるのよ……。あーあ。こんなんじゃ、まだまだこの気持ちは消えそうもないよ……)
私はじくじくと痛む胸を、指輪のはまった右手でそっと押さえた。




