62 哺聖力瓶
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ハルジュ様に謎玉ちゃんを見せたあと、午後は聖力をあげる道具を探しに街へと向かう。
そしてなぜか当然のように、ハルジュ様の馬車に乗せられている。
「聖霊王の捜索は作戦の立て直し。辺境領の政務は大伯父上がすっかりやる気になってしまってね。私の出番があまりないんだ」
ハルジュ様が肩をすくめる。
カレンディア様はいまだに王都の使者の対応中だという。
「ハルジュ様は一緒にいなくてもいいのですか?」
次期辺境伯として同席しなくてもいいのだろうか。
(それに、婚約者としても……)
私がたずねると、ハルジュ様は珍しく目を泳がせた。
「あー……あれは私の出る幕はないんだ。カレンディアと……ノクスがいれば事足りる」
「?」
(よくわからないけど、王都で何か問題でもあったのかな……)
またハルジュ様はカレンディア様と一緒に王都へ行くんだろうか。
考えると少しだけ、胸がちくっとした。
農地の進み具合を報告していると、すぐに街に着いた。
すっかり常連になってしまった道具屋に入る。今日はヨータ君がカウンターに座っていた。
「こんにちは」
「リナリエさん、若様。こんにちは。今日はどうしたの?」
カウンター越しにヨータ君に声をかける。
彼は難しそうな本を片手に、何枚も紙を広げて聖言を書きつけていた。
以前ハルジュ様から、ヨータ君はアズロアでも指折りの術具の技術者だということを聞いた。
亡くなったご両親が遺したこのお店とハナちゃんを守るため、国家技術者にならないかというお誘いを迷わず断って道具屋を継いだらしい。
そんなヨータ君の才能は、彼の努力によるところも大きいに違いない。きっとヨータ君なら作れない術具はないはず。
「ヨータ君、また術具の相談なんだけど……」
「今度はどんなもの?」
ヨータ君は身を乗り出し、嬉しそうに声を弾ませた。
「えっとね、たとえばなんだけど……聖力を貯めておいて、いつでも取り出せる……みたいな術具ってあったりする?」
わかりやすく説明したつもりだったけれど、またもヨータ君は呆気にとられたような顔をしている。
「……リナリエさんて、ほんとおもしろいよね。頭の中、どうなっているのか見せてくれないかな?」
「私もそう思う」
変なところで意気投合しているヨータ君とハルジュ様……解せない。
「違うの! 今回は命に関わる悩みなの!」
「えっ!」
驚愕の表情を浮かべるヨータ君を見て、慌てて言葉を継ぎ足した。
「い、今のはちょっと大げさすぎたけど、わたしにとってはかなり大事な問題で……」
言葉に詰まった私の肩に、ぽんとハルジュ様の手が置かれる。
「私からも頼む。もしなければ作ることは可能か?」
私たちが真剣だということに気がついて、ヨータ君は考え込むように腕を組んだ。
「うーん、やっぱりそんな術具は聞いたことがないな。聖力なんて休めば回復するんだから、貯めておく意味がないからね」
「そうだよね……」
ヨータ君の言うとおり、聖力は体力と同じである程度休めば回復する。
今回の私のように、一度にすべての聖力を失えば命を失う危険性もあるけれど……そんなことをする人はまずいない。
「ちょっと待ってね」
そう言うとヨータ君は新しい紙に高速で聖言を書き始め、さらに早口で何かの呪文を呟き始めた。
「術具の基本原理はね、聖術を発動しながら聖石に聖言を用いた術式を刻み能力を付与することなんだ。つまり技術者の聖力を聖石に保存しているとも言える。それなら聖石を経由してほかの器に聖力を移せば……。保存用と取り出し用の聖石は別にした方がいいな。ここからここへ流して……」
絶妙にわかりそうでわからない……。呆然とその様子を見ていると、「お、いらっしゃい」とハナちゃんの声がした。
「あーあ、こうなったら止まらないからね。お兄ちゃんの気が済むまでお茶でもどう?」
外出していたハナちゃんが戻ってきた。彼女はお兄さんをちらりと見ただけで状況を理解したようだ。
「で、何を頼んだの?」
カウンター横の椅子に座ってお茶を飲みながら、ハナちゃんの目が光る。
「今回は売り物にはならないかな……聖力を保存できるものが欲しくて」
「ふーん。たしかにそれは売れないや」
途端に興味を失ったようにお茶をすすっている。やはりハナちゃんの商人センサーには引っかからなかったみたいだ。
「お兄ちゃんが術式考えてる間に、こっちはどんな器にするか考えなきゃね。なんか希望はあるの?」
お茶を飲み終わったハナちゃんが、椅子からぴょんと飛び降りた。
(保存するための容器か……)
私はふと思いついて提案してみた。
「赤ちゃんが使う、哺乳瓶ってどうかな……?」
まだ赤ちゃんの謎玉ちゃんにご飯をあげるなら、哺乳瓶ならぬ――哺「聖力」瓶だ。
単純な発想だったけれど、ハナちゃんは「それならまぁいいんじゃない?」とうなずいてくれた。
ハナちゃんがお店の商品の中から哺乳瓶を持ってきて、まだぶつぶつ言っているヨータ君に話しかけた。
「お兄ちゃん! 容器はこれにしたから! 仕様変更よろしく!」
ヨータ君はハナちゃんの言葉にぴくりと反応し、ちらりと哺乳瓶を見ただけで「それならここはこうだな……」と再び自分の世界に戻ってしまった。
「よし。じゃあできるまで少し時間がかかるからさ、街をぶらぶらしてきてくれない?」
私はお店の外に出て、一時間ほど空いてしまった時間をどうやって潰そうかと考えていた。
ハルジュ様は「ちょっと外で待ってて」と言って、まだお店の中だ。
(いつもみたいに、フロム君かファルダさんのところに遊びに行こうかな……。それとも本屋に行こうかな……)
そんなことを考えていると、ハルジュ様がお店から出てきた。
「ごめんね、お待たせ」
そう言って、まぶしい笑顔とともに私に手を差し出す。
「リナリエ、私とデートしよう」
――とんでもないことを言い出した。




