61 王弟殿下の微笑み
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マザーの予告どおり、ハルジュ様は昼前に修道院へやってきた。
応接室に案内し、ハルジュ様にお茶をふるまう。
最近は薬草のお茶に凝っていて、今日はリラックス効果のある薬草をブレンドした。
……気持ちが落ち着きますように、と願いを込めてある。
ハルジュ様がお茶を一口飲んで、優しい表情でほっと息を吐いた。
「これは……とても気持ちが安らぐ味だ。すごくおいしいよ」
(よし……)
とても気に入ってくれたようで、私はお茶の効能やブレンド方法などを詳しく説明した。ハルジュ様からは、辺境の特産品として売り出す提案まで飛び出した。
まずは順調……のはずだった。
ハルジュ様は空になったティーカップをテーブルに置き、その美しいお顔に完璧すぎる微笑みを浮かべた。
その瞳の奥は……まったく笑っていなかった。
気持ちを鎮めてもらう作戦が失敗に終わったのをすぐに悟った。
「そこに座って」
「……はい」
ハルジュ様の言葉に従い、立ったままだった私はソファに浅く腰掛けた。
「きちんと深く座りなさい」
「…………はい」
いつでも膝をつける体勢を整えようとしていたのはすぐにばれてしまった。
「体調はどう? 昨日君を見つけたとき、体がかなり冷えていたから心配だったけど……」
「は、はい。おかげさまで元気です。……あの、昨日は大変申し訳――」
「それはあとからね。まずは昨日、何があったのか私に教えてくれる?」
「………………はい」
先に誠心誠意謝ってしまおうという作戦もだめだった……。
私は腹を決めて、昨日の出来事をマザーに話したのと同じように説明した。
ハルジュ様はずっと微笑んだまま話を聞いていたけれど、謎玉ちゃんに聖力を根こそぎ取られたくだりを聞くと、天を仰いで両手で顔を覆ってしまった。
(違うんです。不可抗力だったんです……)
「なるほど……」
私がすべてを話し終えたあと、ハルジュ様は大きく息を吐いて、うつむいたまま動かなくなってしまった。
沈黙が肩に重くのしかかる。
耐えきれずに口を開こうとすると、ハルジュ様が顔を上げた。
「……それで? 言いたいことは何ですか?」
麗しい微笑みとは正反対の感情が、鋭い針のように突き刺さってくる。
思わず深く頭を下げた。
「このたびは皆様に、大変ご心配をおかけしたことを心から――」
「一言で」
「……約束を破ってすみませんでした……」
ハルジュ様に頭を上げるように言われ、おずおずと顔を上げると、もう作り物の笑みは崩れさっていた。
「本当に心配した。まさかそんなことになっていたなんて……」
その表情に、胸の奥がきりきりと締め上げられるように痛んだ。
ハルジュ様が……今にも泣き出しそうに見えたからだ。
ようやく、どれだけ心配させてしまっていたかを自覚した。
「どうして一人で行ったんだ。森には私たちがいたんだよ? 君なら聖霊に頼めば、少なくとも私を呼ぶことはできたんじゃないか?」
「あ……」
そうだ。あのときはまだ聖霊と話はできなかったけれど、プティならきっと聞いてくれただろう。
つくづく考えなしだったと反省することばかりだ。
ハルジュ様は肩を落とす私に、心底案じていると言わんばかりのまなざしを向ける。
「誰かのために脇目も振らずに一生懸命になれる――これは君の美点でもあり欠点でもある。自分自身のことももっと大切に考えて行動しなさい。……君のことを大切に思っている人たちのためにも」
「――っ!!」
(その台詞は……)
それはゲームのハルジュ様の台詞で、特に好きだったうちの一つ。前世でこの言葉に救われたこともあった。
私を大切に思ってくれる人たちを悲しませてはいけない。そう気づかせてくれたのは、あのときもハルジュ様だった……。
「わたし……本当にごめんなさい……」
言い訳や取り繕う言葉なんて必要ない。
今私が伝えられる、精一杯の言葉だった。
「……君が無事でよかった」
いつの間にか、ハルジュ様の表情は本物の微笑みに戻っていた。
(……やっぱりわたし、この笑顔が好きだ。たとえ……わたしに向けられなくなっても)
今も切なく疼くこの胸の痛みを、もう少しだけ大事にしていたい……素直にそう思えた。
「さて……これでお説教は終わりにしよう。私にもその卵を見せてくれる?」
ハルジュ様が謎玉ちゃんに話題を移した。
私の物騒な話を聞いて、謎玉ちゃんのことを警戒しているかもしれない。危険はないと、ちゃんとフォローしておかなくては。
「あの、謎玉ちゃん……卵のことですけど、悪気はなかったというか……悪い子ではないんです」
「それはわかっているから心配しなくてもいいよ。私も謎玉ちゃんに挨拶がしたいんだ」
私の言葉に苦笑するハルジュ様を連れて、聖堂へと向かった。
祭壇の謎玉ちゃんを見せると、ハルジュ様が「これが卵……?」と目を丸くした。
「わたしも半信半疑なんですけど……触ると温かいですし、鼓動みたいにかすかに震えているんです。聖霊たちも卵だって言ってるし……」
ハルジュ様は謎玉ちゃんをなでたり突ついたりしながら確かめている。
「たしかに謎だ。卵だと言われないと卵に見えないし……中の黒い水のようなものは何なんだろう。これが本当に聖力を食べるのかい?」
ハルジュ様が聖堂にいたプティにたずねると、プティはふわりと謎玉ちゃんに降り立った。
「食べるよー! 食べないと死んじゃう」
「そうか……ちなみに何の卵なんだ?」
(あ、わたしと同じことを聞いた。答えはもう知ってる……)
「ひみつー」
(……ですよね)
「秘密なのか?」
「そう! 女はヒミツが多いほうが美しくなるの!!」
「へぇー……」
(ハルジュ様もなんだそれって顔してる)
二人のやり取りが可愛くておかしくて、思わずくすりと笑ってしまった。
これが、ハルジュ様がずっと見ていた聖霊たちの世界。
マザーが以前、ハルジュ様は聖霊の加護が強すぎて、人を信じられないのだと言っていた。ほかの人と見ている世界が違うのは、きっと楽しいことばかりではなかったはずだ。
(これからは同じ目線でいられるんだ)
今度は私が、いつだってハルジュ様の味方でいよう。




