60 困った謎玉ちゃん
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目を覚ますと、自分の部屋のベッドにいた。
いつ帰ってきたのか全然覚えていない。
(……さっきの全部、夢だったのかなぁ)
助けを呼ぶ子どもの声を追って森へ入って、黒い湖で不思議な玉を見つけた。それは卵で、聖力を根こそぎ取られて死にかけて……プティが女の子になったと思ったら、水も滴るハルジュ様が――
「リナ!!」
側頭部に衝撃が走った。
(やっぱり夢じゃなかった……はっ!)
「卵は!?」
慌てて起き上がり、自分の周りを探した。
「卵はマザーがもってたよ」
プティがふわふわと漂いながら教えてくれた。
窓の外を見ると、明るさは湖にいたときとそう変わっていない。そう思ったのに……時計は朝を指していた。
「もしかして一晩経ってるの!?」
自分の服装を見ると、昨日のティーシャツとジャージのままだ。すぐに身支度を整えて部屋を出た。
食堂をのぞくとマザーの姿はなかった。私はそのまま廊下の奥の扉から出て、聖堂へ向かった。
聖堂に入ると――世界が一変していた。
昨日までは光の玉だった聖霊たちが、子どもの姿で飛び回っている。彼らの笑い声が、いたるところで鈴を鳴らしているかのように聖堂中に響いていた。
(ここってこんなに賑やかだったのね……)
くすりと笑いがこぼれてしまう。
(……笑っている場合じゃなかった)
「マザー、あの、おはようございます……」
おそるおそる声をかけると、祭壇の食器を下げていたマザーが振り返った。
「あら、おはよう。お寝坊さん」
(う……マザー、怒ってる……)
いつものように目尻のしわを深くして微笑んでいるけれど、とげのある空気がちくちくと私の肌を刺してくる。
「心配かけてごめんなさい……」
マザーは軽くため息をつくと、今度は眉を下げ、眉間のしわを深めた。
「若様があなたを抱えて戻ってきたとき、寿命が十年くらい縮んだ気がしたわ。……本当に無事でよかった」
(長命のマザーにとって、十年は長いのか短いのか……)
喉の奥まで出かかった疑問はすぐに飲み込んで、私はもう一度マザーに頭を下げた。
「それで? 湖に入ったって聞いたけれど……いったい何があったの?」
昨日のことを聞かれはっとする。私もマザーに聞きたいことがあるのだ。あれがなんの卵なのか、マザーなら知っているだろうか。
「そう、そうなんです。マザーに見てもらいたいものがあって……」
(あ、その前に卵は?)
「あの、マザー。昨日わたしが抱えていた卵ってどこに……」
「ああ、あれなら今朝の朝食の――」
「朝食に使った!?!?」
「……朝食の前に渡そうと思って、祭壇に置いてあるわ」
「あ……」
マザーの肩越しに祭壇を見ると、卵は聖霊王様の像の前に、ジャージを敷物代わりにして置いてあった。
私はほっと胸をなで下ろし、卵を抱えた。
(よかった……ちゃんと動いてる)
卵は昨日と同じ、鼓動のリズムを刻むように震えていた。その動きに合わせて、中の黒い水が波紋を描く。
よく見ると、見つけたときは真っ黒だったのに、グレーっぽい黒に変色していた。
「マザーはこの卵が何かわかりますか……?」
私は昨日あったことをはじめから説明した。
聖力がなくなって気を失ったところまで話すと、マザーが天を仰いだ。気まずくなって、そっと卵へ視線を落とす。
「……昔は森の生き物もたくさんいたけれど、こんな卵は見たことがないわねぇ……。まあ産まれてくれば、何かわかるかもしれないけれど」
(やっぱり生まれるまで待つしかないか……)
説明し終えると、マザーは卵をじっと見ながら片頬に手を当てた。
「それに、この卵は……聖霊の力が集まる場所に置いておいた方がいい気がするわ。ここなら聖堂ね。本当は森の中が良さそうだけど……」
マザーの言葉を聞いて、私は返事に悩んだ。
マザーが言うなら森の方が安心なのかもしれない。でも、昨日の助けを呼ぶ声がまだ耳に残っている。どうしても放っておけなかった。
「しばらくここで様子を見ても……いいですか? ここじゃだめかなと思ったら森に返します……」
そう伝えると、マザーは微笑んでうなずいてくれた。
「リナリエの思うようにやってみなさい。最後まで責任を持って面倒をみてあげるのよ」
「はい! ありがとうございます! ……よかったね」
そっとなでると、腕の中でかすかに震えたような気がした。
「じゃあ、名前をつけてあげようかな」
ずっと「卵」のままじゃ味気ない。実は考えていた名前があった。
「謎の玉だから、謎玉ちゃん……うん、これだわ」
(すごくしっくりくる名前だわ。タマちゃんでもよかったけど、謎だしね)
大満足で前を向くと、プティもマザーも微妙な顔をしている。
「……だめ?」
「へんな名前」
「まあ……リナリエがいいなら……」
二人の声がぴったり揃った。
(……いいの。もう決めたの)
名前も決まり、マザーと修道院の方へ戻ろうとすると、宙を漂っていたプティが声を上げた。
「卵にごはんあげないとだめだよー」
「え? 卵ってご飯食べるの?」
驚いてプティにたずねると、プティは得意げな顔をした。
「食べるよー! きのうも食べたでしょ? リナの聖力!!」
(あれってご飯だったの!? めちゃくちゃ食いしん坊じゃない……)
また根こそぎ聖力を持っていかれることを考えると、命がいくつあっても足りない。
「でも、ごはん食べないと真っ黒になって死んじゃうよ。ごはんあげると黒くなくなる」
「嘘……もうほとんど真っ黒じゃない!」
(色が薄くなったように見えたのは間違いじゃないんだ。わたしの聖力全部あげてもこの程度だなんて……。いったいどれだけあげればいいの……?)
私はどうしたものかと頭を抱えた。
(そういえば……)
「ね、プティ。プティはこれがなんの卵なのか知ってるの?」
「知ってる」
(どうして気づかなかったんだろう! こんな近くに知ってる子がいた!)
はやる気持ちでプティにたずねた。
「なんの卵なの?」
「ひみつー」
「えぇー!! なんでよお……」
プティをじとりと横目で見ると、彼女はふふんと鼻を鳴らした。
「だってね……女はひみつがあるからキレイになるのよ」
「……はあ?」
(どこで覚えたのよそんな台詞……)
「服の人が言ってた」
(服の人……? あ、仕立て屋のファルダさんのことね)
「そう、ファルが言ってた」
(ていうか……さっきから声出してないのに、なんで考えてることがわかるの? 聖霊の能力なの?)
「ちがう。リナの顔見てるとわかるだけ」
「……そうですか」
結局その後も、プティや聖霊たちから答えをもらうことはできなかった。
「本当に聖霊と会話できるようになったのね……やっぱり私には光の玉にしか見えないわ」
私とプティが話をしていると、マザーが感嘆の声を漏らす。
するとプティはマザーの元へ飛んでいき、頬にチュッとキスをした。
「マザーはやさしいし、ごはんいっぱいくれるから好きよ」
「――だそうです」
いつの間にかたくさんの聖霊がマザーの元に飛んでいき、かわるがわる頬にキスをしていく。
「マザーいつもありがとう、って言ってます」
聖霊たちの言葉を伝えると、マザーは恋する少女のように頬を赤らめ、キラキラした笑顔で「嬉しいわねぇ」と喜んでいた。
幸せそうなマザーの姿に、私の胸にも温かな気持ちが広がっていく。それは、私にとっての幸せにもちゃんとつながっていた。
修道院に戻ってマザーと朝食をとりながら、謎玉ちゃんにご飯をあげる方法を考えた。
「なんかこう、聖力を貯められる道具ってないですかね?」
直接渡すことができないなら……何かに聖力を移して間接的に与えられないだろうか?
「そんな道具は聞いたことがないわねぇ。でも……ないなら答えはひとつじゃない?」
「――! ないなら作ってみればいい!」
マザーは満足そうにうなずいた。
最初からできないと諦めずに、まずはやってみる。さっそく今日の午後、街へ行くことに決めた。
ここでは「王都を追放された魔女」という肩書きはなくなった。今では街へ行くのに監視という名の付き添いは必要ない。
ひとりで街へ出かけることにもすっかり慣れてしまった。
(これからはカレンディア様がいる。わたしがハルジュ様と一緒に街へ出かけることは、もうないんだろうな……)
あの日の思い出がよみがえり、淡い切なさに包まれる。
「そういえば」
そのとき、ふいにマザーが声を上げた。
「若様がお昼前に様子を見にくるって言っていたわよ。覚悟をしておいた方がいいわね」
うふふ……と意味ありげに笑いながら、食事を終えたマザーが席を立つ。
「あ……」
淡い感傷に浸っていた余韻は、一瞬できれいに吹き飛んだ。




