59 辺境の希望【ハルジュ】
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ハルジュ視点です
<ハルジュ視点>
聖霊王の捜索を本格的に始めてから今日まで、手がかりは一向に見つかっていない。
今日もカレンディアやマザーたちと森に入ったが、ただ疲労を積み重ねただけだった。
聖霊たちも落ち着かない様子で森を漂っている。
このまま闇雲に探していても見つかる気はしない。やはりあらためて作戦を立て直すべきだと結論づけた。
「あら? ノクスとリナリエさんは?」
森の入口に戻ると、カレンディアが訝しげな声を上げた。
森を出たところには薬草の袋が規則正しく並んでいるだけで、リナリエの姿もノクスの姿も見当たらない。いつもならまだ作業をしているはずだ。
「若様……これ……」
マザーには珍しく、低くささやくような声で私を呼んだ。何か見つけたのか、地面をじっと見つめている。
胸がざわりと騒ぐ。
マザーの視線を追って、その足元に目を向けた。
『森の中から子どもの声が聞こえたので保護してきます。
ノクスさんは王都からカレンディア様へ急ぎの使者が来たので対応中です。
聖霊が一緒なので心配しないでください』
(リナリエが、ひとりで森に入った)
私は顔を上げてすぐに指示を出した。
「カレンディアはすぐに領城へ。ノクスと使者の対応を頼む。マザーも修道院へ戻っていてください。お前たちは二人を送り届けてくれ」
二人は不安そうな顔をしながらも、私の言葉にうなずいた。
「私はリナリエを探しに森へ戻る。必ず連れて帰るから」
一緒にいた騎士たちにその場を任せ、私は森へと駆け戻った。
こんな場所に親もなく、子どもが迷い込むわけがない。辺境の民ならなおさらだ。ここの住民たちは森に安易に近づくことはしない。
神聖であると同時に……危険な場所なのだ。
聖霊王が住まう黒の森は果てしなく広がる樹海だ。
森の中を聖霊の導きなしに歩くのは自殺行為。リナリエについてはその点は心配していないが、聖霊の気まぐれで突然別の場所へと道がつながってしまうことがある。
自分がどこを歩いているかなんて、あっという間にわからなくなる。
(もしもその先で、動けなくなるようなことが起きていたら――)
一瞬、あの日の黒犬が脳裏をよぎる。
(大丈夫だ。あれから魔獣どころか獣は一匹も見ていない)
それでも一度顔を出した不安の芽は、私の心をじわじわと侵食していった。
聖霊にリナリエがいる場所を知らないかと聞くと「ほかのみんなと一緒」と言う。
「私をリナリエのところに案内してくれないか?」
「うーん……いいよ!!」
聖霊たちに導かれて再び森の奥へと進んだ。
見慣れた黒色の木々の間を進んでいたときだった。
突然、目の前に色鮮やかな世界が現れた。
木々はエメラルドを散りばめたかのように輝く葉を広げ、その根元には赤や黄色、ピンク、白……小さな花たちが可愛らしい顔をのぞかせている。
黒の森であまりにも場違いなこの場所は……黒犬に襲われ、リナリエが私とマザーの怪我を癒したところだった。
(カレンディアの浄化では一週間も経たずに元に戻ってしまったのに……あれはもう数か月も前の話だ)
私は思わず立ち止まり、その美しさに心を奪われた。
真っ暗な世界の中に生命の光が満ちている。
(リナリエは、本当に辺境の希望なんだ――)
それでも……彼女にこれ以上を望んではいけない。
私から願えば、彼女はきっと自分の幸せよりも辺境を選んでしまうだろう。
彼女の意思を縛りつけることはしたくなかった。
(リナリエ……)
彼女を想うと苦しいほどに胸が焦がれる。
気を紛らわすように唇をぐっと噛み、黒の森に現れた美しい世界から立ち去った。
しばらく森を進んでいくと、次第に聖霊の数が増えていく。無数の聖霊たちが「こっちへ来い」と私を呼んだ。
彼らを追いかけ、聖霊の光のトンネルを抜けた先は、今まで一度も来たことのない湖のほとりだった。まるで黒いインクを流したかのような水の色に背筋が粟立つ。
(この場所のどこかにリナリエがいるというのか?)
「リナリエ! いたら返事をしてくれ!!」
叫んでも彼女からの返答はなく、目の前の湖を見て最悪な状況が思い浮かぶ。
聖霊たちが落ち着いている、きっと彼女は無事だ。そう必死で自分に言い聞かせた。
そう思わなければ正気ではいられない。
気がつくと、黒い湖面を覆い隠そうとするかのように聖霊が集まり始めていた。
波ひとつない水面に目を凝らした。
すると湖の中央で水中が淡く光っているように見えた。光はどんどん強さを増し、水面へ浮上してくる。
やがて湖の中から飛び出してきたのは、たくさんの聖霊たちだった。
(――あそこだ!)
私は直感し、迷うことなく湖に飛び込んだ。
まったく抵抗を感じない水の中、私は光の元へと泳ぎ続けた。
必ずいる。そう信じて手足を動かした。
聖霊が飛び出してきた場所にたどり着いたと同時に、大きな生き物が水面へと顔を出した。
「リナリエ!!」
私は大声で名前を呼び、自分の腕の中に閉じ込めた。
(本当に心配ばかりかけてくれる。これでは目の届く場所から離せないじゃないか……!)
彼女の無事を確かめようと顔をのぞくと、彼女の顔は青ざめ、唇の血色は悪い。
何かをジャージに包んで大事そうに抱えていた。
ふとリナリエのティーシャツ姿が目に入った。
濡れた薄桃色のティーシャツが彼女の肌に張り付き、華奢な体の線が浮かび上がっている。
(まずい)
大慌てでどうにか自分の上着を脱いで彼女に被せた。
その間、彼女は「水も滴る……」とかなんとか言っていたが、それどころではなかった。
湖から上がり、冷えた彼女の体をそのまま腕の中に包み込む。聖霊に頼んでリナリエと自分の体を温め、風を起こして服を乾かしてもらった。
すると湖の中で捕まえてから、ずっとぼんやりしていたリナリエが「卵は……?」とうわごとのように呟いた。
(抱えていたこの玉のことか?)
「無事だよ」と返事をすると、彼女は安心したように眠ってしまった。
私はこの危なっかしくて、愛しくてしかたない少女をそっと抱きかかえた。
縛りつけたくないと思う心で、今度はいっそ縛りつけておきたいとさえ思う。
……私にそんな権利はありはしないのに。
(本当にしかたがないのは、私の方か……)
私たちは聖霊に導かれながら、黒い湖を後にした。




