58 聖霊が見える
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――リナ……リナ……
誰かの声がする。リナと呼ぶのは父様と母様かな……。
――リエ姉さま……
私をリエと呼ぶのは妹と弟だ。二人にもらったお守りのサシェの香りが、ふわりと鼻先をくすぐる。
みんな元気にしてるかな……。
しっかり者のアリテア。泣き虫だけどいつも明るいクルード。それに比べて、私は冴えない気弱な令嬢だった。言いたいこともはっきり言えず、ただ周りに流されてばかり。
だけど辺境に来て、たくさんの出会いがあった。
楽しかったこと、つらかったこと、怖かったこと、嬉しかったこと。いろんなことがあって……。
ここに来てまだ日は浅いけれど、辺境は私の居場所になった。
辺境の大地が枯れ、緑が失われても、みんなここで生きることを諦めずに前を向いている。
私も生きることを諦めたくない……前を向いて頑張りたい。
もう罪を償うためじゃない。
大切だから、自分の意志で辺境を守りたいんだ。
そのために創世神様が与えてくれた、再生の力だから――。
――リナ……、リナ……!
わかったわかった。今起きるから……。
「――リナ!!」
まぶたをゆっくり持ち上げると、最初に視界に飛び込んできたのは小さな子どもだった。
ほんとのほんとに小さな子どもだ。手のひらほどしかない。
(あれ……まだ夢を見てるのかな? もう一度目を閉じたら逆に目が覚めるかも)
「リナぁ! 寝ちゃダメ!」
「うっ!」
子どもに額を力いっぱいひっぱたかれ、完全に目が覚めた。慌てて飛び起きて目の前の状況を確認する。
(……夢じゃない)
私はまばたきも忘れ、手のひらサイズの子どもを見つめた。
目の前で宙を漂う女の子は、赤い大きな瞳とぴょこぴょこ揺れる赤いツインテールがとても愛らしい。
赤いワンピースから小さい手足がちょこんと伸びていはて……。
その色はまるで……ミニトマトから生まれたみたいだ。
(え、まさか……)
「……プティ?」
私がおそるおそるたずねると、女の子はぱあぁっと顔を輝かせて「リナ!」と私の頬に突進してきた。
(だから痛いってば……)
私は女の子を優しく剥がして手のひらの上に乗せた。
女の子は柔らかな光を纏い、こちらを見上げてにこにこしている。
この気配はやっぱりプティだ。
「ねえプティ。わたし、あなたの姿が女の子に見えるの。さっきまでは光の玉にしか見えなかったのに……。それにあなたの声も聞こえる……なんで?」
プティは小鳥のさえずりのような可愛い声で、元気いっぱいに返事をした。
「あのね! リナが聖力ぜんぶ卵にあげちゃったから死んじゃうところだったの。だからみんなでお願いして、かみさまがリナの力をいっぱい増やしたの。だからよかったね!!」
(ちょっと待て。今とんでもない話が聞こえたような……)
プティの言葉に血の気が引く。
「わ、わたし……死んじゃうところだったの?」
「そうそう!!」
「か、神様って……創世神様が、助けてくれたってこと……?」
「そうそう!! リナいっぱいおいのりしててえらいから、一回だけいいよーって!!」
プティはくるくると回って元気よく答えた。
どうやら目覚める前の決意表明は、危うく意味のないものになりかけていたみたいだ。
それに今のプティの話からすると……
(創世神様が……本当に、見ていてくれた……!?)
「よかった……本当に、よかったぁ……」
漏れ出た声は、情けないほど震えていた。
力をくれた創世神様にも、お願いしてくれた聖霊たちにも……私は心の底から感謝の祈りを捧げる。
(本当にわたしは……みんなに助けられて生きてる)
しばらく安堵の余韻に浸ったまま動くことができなかった私は、あたりから聞こえる子どもの声に気がついて顔を上げた。
すると……見える見える。光り輝く色とりどりの男の子や女の子。光の玉のままの子もいるけれど、前よりもみんなの感情がはっきりと伝わってくる。
(これが、聖霊たちの姿……?)
胸の奥がじんわりと温かさに包まれる。思いがけない可愛い姿に自然と顔がゆるんで……
はっと思い出した。
「卵は!?」
慌てて周囲を探すと、すぐ側にジャージにくるまれたままの卵があった。ジャージをめくって割れていないことを確認し、今度こそ肩の力を抜いた。
(わたしの聖力を全部卵にあげちゃったって、プティが言ってたけど……)
「もしかして、この子に触れたまま聖術を使うと……毎回こうなる?」
「うん! だから気をつけてね!」
プティの明るい声とは反対に、私は頭を抱える羽目になった。またうっかり死にかけるのは非常に困る。
「それじゃあ、この子はここに置いていった方がいいの……?」
「それはだめ! かわいそう!」
プティをはじめ、周りからも多くの反対の声が上がる。聖霊たちはみんな、この卵をこの場所に置いておきたくないみたいだった。
「……そうだね。わたしもここに置き去りにするのはやっぱり反対。……聖術を使わなければ大丈夫なんだよね?」
聖霊たちが「そうだよ!」と声を揃えて言うので、みんなを信じることにした。
「そうと決まったら早く帰りたいんだけど……」
私は卵を抱えて湖とつながる水場の縁に近づいた。
(本当に無事に帰れるのかな……)
「本当に潜るの? 真っ暗で何も見えないよ?」
思わず弱音をこぼすと、プティはくるっと宙返りをして答えた。
「リナは心配しなくていいよ! もぐったらハルを呼んで!」
「え、ハル……?」
プティが言うその名前――
思い浮かべるだけで切なくて幸せな気持ちになる、その名前を持つ人を……私は一人しか知らない。
「ハルって……ハルジュ様のことね? 心の中で呼ぶの?」
「うん! 心をこめていっぱい呼んでね!」
プティはそう言うと、ほかの聖霊たちに声をかけた。
「じゃあみんないこー!!」
プティの号令で聖霊たちが一斉に水の中に潜っていく。
卵を離さないようにしっかりと抱きしめると、プティが私の肩にしがみついた。
「だいじょうぶ! プティにまかせて!」
プティの声に勇気づけられて、私は思い切って水の中に飛び込んだ。
来たときと同じように、真っ暗な湖は方向感覚を奪っていく。卵を抱えたままではバランスもうまく取れない。
危うくパニックになりかけたところで、プティの言葉を思い出した。
私は大好きな人の顔を思い浮かべ、心の中で叫んだ。
(――ハルジュ様に会いたい!!)
すると突然、体が勢いよく引っ張られたかと思うと、暖かい空気が顔に触れた。
自然と口が開き、肺に新鮮な酸素が満たされていく。目を閉じていても、まぶたを突き抜けてまぶしい光が差し込んできた。
(戻ってきた……?)
目を開こうとすると、急に強い力で体を引き寄せられて、何かに包まれた。
「……え?」
驚いて目を開けると、目の前にいたのは――
水も滴る……ハルジュ様だった。
癒し系の登場です(^^)




