55 悪役ヒロインと従者の幸せ
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第六章 ラストです
昼食を済ませ、午後の作業に取りかかった。
午前中と同じように森の中で薬草を採取し、入口に薬草の袋を積み上げる。
ノクスさんは手持ちぶさたになったのか、私が籠を渡しに戻ると体術の稽古をしていた。
「ノクスさんは剣じゃないんですね」
ハルジュ様がいつも剣を下げていたことを思い出しながら、ふと聞いてみた。
「剣術もひととおり習得したけどな。お嬢様が『拳で闘う男が好きだ』とおっしゃるから普段は剣はやめた」
「そうですか……」
ここでもノクスさんは揺るがない。まっすぐに想いを貫くノクスさんを尊敬するのと同時に、私にはないその強さがうらやましかった。
ノクスさんと作業を続け、袋が荷台に乗り切らなくなったところで今日の採取を終えることにした。
ずっと往復を繰り返してへとへとになった私は、森の入口近くの木陰に座り込んだ。
「あまり力になれずにすまないな」
そう言ってノクスさんが水を差し出してくれたので、ありがたく受け取って喉を潤す。
前世のようなうだるような暑さではないけれど、この世界の夏もそれなりに暑くなる。冷たい水と森の木陰が心地よく、動き回ってほてった体を冷ましてくれる。
そうして一息ついている私を、ノクスさんが真剣な面持ちで見つめてきた。
「リナリエ、俺と婚約しないか?」
「げほっ!! んぇ!?!?」
どういう順番をたどればそういう話になるのか……。
ムードも何もない、唐突なノクスさんのプロポーズに思わず水を吹き出してしまった。
「な……な……」
(さっきからなんなの!?)
慌てて口を拭う私を見ながら、ノクスさんは眉ひとつ動かさずに言い放った。
「はっきり言うが、俺は君を恋愛対象としてはまったく見ていない」
「はああああ!?!?」
プロポーズされたうえに最速で振られた。
(もうついていけない……)
私が完全に思考放棄している間にも、ノクスさんは淡々と話を続けた。
「順を追って話そう。俺がこの世界で唯一お側にいると決めているのはお嬢様だ。それは死ぬまで永遠に変わらない」
(それはとてもよく知っています……)
私は無言でうなずいた。
「しかし、お嬢様は王弟殿下と……気に入らないが……婚約なさる予定だ。俺はお嬢様が婚約しても、結婚しても、お子ができてもお年を召しても常にお側にお仕えする。それが俺の幸せだ」
しっかり本音が漏れているノクスさんの表情がわずかに崩れ、彼の眉間にしわが寄る。
そんな中でもまっすぐなノクスさんの想いが胸に響く。
「君は?」
「えっ」
「君の幸せは王弟殿下の側にいることではないのか?」
それはあまりに突然で、すぐに否定ができなかった。
「あ……えっと……。で、でもそれって……わたしと婚約したところでノクスさんにメリットはあるんですか?」
動揺をごまかすように、私は慌ててノクスさんに問いかけた。
「安心してくれ。(王弟殿下の悔しがる顔を存分に見られる時点で)…………メリットはある」
「? 今なんて?」
わずかな沈黙のあと、ノクスさんの口の端がかすかに上がった気がした。でもそれは一瞬で、まばたきを挟む間にいつもの無表情に戻っていた。
「なんでもない。とにかく……慈悲深いお嬢様は君の名誉を取り戻し、実家へ帰そうとお考えだ。だが俺と婚約すれば辺境に留まる理由になる。俺は君のことは嫌いじゃない。むしろ主人を慕い、生涯をかけて仕えたいという思いを持つ者同士でうまくやっていけると思うのだが。君の幸せは……どこにあるんだ?」
ノクスさんの言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
でも同時に……驚くほど、すとんと腑に落ちた。
悪役は王都を追放され、修道院で孤独に一生を終える――。
そうなるはずだったのに、今はハルジュ様と一緒に、彼の悲願だった辺境の再生に向けて歩き始めた。
それは生きることを諦めそうになった私が見つけた、新しい人生の目標だ。
それだけじゃない。
――私はハルジュ様に恋をしている。
いつの間にか……推しへの憧れとは違う、特別な感情が生まれていた。
でもそれにはっきり気がついたときには、もう失恋は決まっていて。
だから毎晩、涙と一緒に想いを吐き出して……ようやく涙が底をついてきたところだ。
この恋は諦めようと決めても、私の中に残った想いがある。
私はハルジュ様の力になりたい。それがどんな形でも……ハルジュ様の笑顔が大好きだから。
(わたしの幸せは……ここにある。わたし、ずっとここにいたい)
もうとっくに、辺境は私の大切な居場所になっていた。
私はノクスさんを見た。
目の前には同じような想いを持った仲間がいる。二人で励ましあいながら、案外楽しくやっていけるかもしれない――。
気がついたら口を開いていた。
「……今の提案、前向きに考えられそうな気がしてきました。もう少しだけ、気持ちを整理する時間をもらえますか?」
「ああ、急いでいないからゆっくり考えればいい」
ノクスさんは、私の返事を聞いてもあいかわらず無表情のままだ。でもノクスさんの声が、満足そうに少しだけ弾んでいた。
「ありがとうございます。じゃあとりあえずは推し友ってことで」
「オシトモとはなんだ?」
ノクスさんが不思議そうな表情をする。だんだんと、彼の表情が読めるようになってきたかもしれない。
「ふふふ。今度じっくり教えてあげます。とりあえず推しっていうのはですね――」
こうして私は、推し友兼未来の旦那様(仮)を手に入れた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
七章もノンストップで参ります(^o^)




