表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/96

48 悪役令嬢の目的

⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.


 ――カレンディア様が修道院へやってきた。


 私は血の気が引いていくのを感じながら、ジャージの土ぼこりを払って淑女の礼をしようと頭を下げた。そこでようやくスカートではないことに気がついて、ますます青ざめた。


「お、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません!」

「ふふ、大丈夫よ。顔をお上げになって」


 鈴を転がすような澄んだ声が聞こえ、おそるおそる顔を上げると、優雅にたたずむ女神様がいた。


 長い睫毛(まつげ)に縁取られた空色の瞳、匂い立つようなバラ色の頬。小さな顔に完璧なスタイル……。

 まさに「ヒロイン」にふさわしい。


 思わず見惚(みと)れていると、カレンディア様はにこりと笑顔を浮かべた。


「そのお召し物……よくお似合いで素敵だわ。どこかでお買いになったの?」


(え……? ジャージのこと……?)


 まさかジャージを褒められるとは思わず、戸惑いながら答えた。


「ええと……これはジャージといいまして……畑仕事をしやすいように仕立ててもらいました」

「ジャージ……そうなの……」


 カレンディア様は何かを考え込み始めてしまったけれど、こんな場所にいつまでも立たせたままではまずいと気がついた。


「あの! ここではドレスが汚れてしまいますので、どうぞ応接室の方へ……」

「ありがとう。ではお言葉に甘えて」


 気品に満ちた微笑みを浮かべるカレンディア様。

 本当に……何から何まで美しい。


(やっぱり、わたしなんかとは全然違う……)


 私は応接室に案内しお茶を出したあと、急いで修道服に着替えた。


 応接室に戻ると、カレンディア様は庶民が飲むようなお茶を、貴族令嬢のお手本のような所作でたしなんでいた。


 彼女の後ろには、一分の隙もない完璧な姿勢で立つ従者がいる。

 ()()()()()()黒髪黒目の美青年――彼はゲーム本編で悪役令嬢の手足となって動く脇役キャラだった。

 そんな従者は私が部屋に入ると、こちらをちらりと見ただけですぐに視線を前に戻した。


「……お待たせしました。あの、本日マザーは不在にしていて……」

「いいのよ。今日は貴方(あなた)に会いにきたの。座ってちょうだい」


(やっぱりそうですよね……)


 諦めてとぼとぼとソファに向かうと、カレンディア様が従者に声をかけた。


「ノクス。外に出ていてちょうだい。わたくしはリナリエさんとお話がしたいの」

「しかし」

「ふたりきりで、お話したいの」


 従者のノクスさんは少し渋る様子を見せただけで、すぐに部屋の外へと向かった。

 ……扉を閉める直前、一瞬だけ鋭くにらまれたけれど。


「さて」


 カレンディア様はティーカップを置き、こちらにきれいな顔を向けた。


「今日はね……貴方に、きちんと謝ろうと思ってきたの」

「……え?」


 思いもよらない言葉に、すぐに反応ができなかった。


「卒業パーティの日……貴方を巻き込まずに済めばよかったのだけれど。きっとあのときよね……記憶が戻ったのは」

「な、なにを……」


 背筋に冷たい汗が伝う。


(この方は、何を言っているの……?)


 私が返事を返せずにいると、彼女から決定的な一言が投げかけられた。


「貴方……転生者でしょう?」

「――!!」

「ジャージも洗濯機も、貴方が前世の記憶を思い出して作ったのよね?」


 カレンディア様の瞳は、それを確信しているのだと告げていた。きっとごまかすことはできない。

 そのまなざしに縛りつけられているかのように、私は身動きひとつできなかった。


(それを知っているということは……)


「まさか、カ、カレンディア様も……」

「ええ、わたくしも転生者なの」


 自分でたずねたのに、信じられない思いでカレンディア様を見つめた。


 王太子の一件以外、彼女とはほとんど関わりがなかった。

 彼女がいつ前世の記憶を思い出したのかはわからないけれど、きっとざまぁルートで何もしない私を見ておかしいと思ったのだろう。


(そんな……じゃあ、あのパーティのときも、断罪イベントが起こるって知っていたの……?)


 カレンディア様は私が思い浮かべた疑問に答えるかのように、あの日の話を始めた。


「あの日……貴方をざまぁするつもりはなかったの。悪意があるのだったらまだしも、実際の貴方はただの内気な令嬢なのだもの」


 カレンディア様は苦笑した。


「わたくしは王太子と婚約破棄したかったの。だから申し訳なかったけれど……あの場を利用させてもらって、すぐに貴方の無実を訴えるつもりでいたのよ。でも予想外のことが起きて、結局貴方は追放されてしまって……まあ、あれで貴方が転生者かもって気がついたのだけど。あのとき助けられなくて……ごめんなさいね」


 想像していなかった事実を、頭の中で必死に整理した。


 つまり最初から……カレンディア様は私を断罪する気はなく、私は()()()()()()()断罪を回避できていたということだ。

 私はただ呆然(ぼうぜん)とするしかなかった。


 そんな私を見て、カレンディア様は優しく目を細める。


「今回はね、貴方を()()()()()に来たの。もう安心していいわ。領地に帰れるよう、わたくしが貴方の無実を訴えるから」

「領地に……帰る……?」


(辺境を……離れることになるの?)


 突然大切なものを取り上げられてしまったかのような、強い喪失感が胸をえぐった。

 今までずっと家に帰りたいと望んでいたはずだったのに……どうしても素直に喜ぶことができなかった。


「あの、わたし……王太子殿下に危害を加えてしまったのは事実で……その罪は償わないと……」

「それについてはもう気にしなくていいのよ。あれ、すごくいい音だったわね。とってもすっきりしたわ」


 ふふふ、とカレンディア様が楽しそうに笑った。美しく優しい笑顔のはずなのに、今はそれが恐ろしく見える。


「わたくしもしばらく辺境に滞在するから。わたくしたちが和解した姿を見せれば、周りは何も言えなくなるわ」

「しばらく……こちらに滞在されるのですか?」


 頭の中で、誰かが「これ以上は聞いてはだめだ」と引き止めてくる。

 それなのに……口が勝手に動いていた。


「しばらくというか……将来的に、が正しいかしら。ふふふ、まだ内々に決まっただけなのだけれど――」


 カレンディア様が言葉を切り、満面の笑みを浮かべた。


「わたくし、ハルジュ兄様と婚約することになったの」


 頭を重いもので殴られたような衝撃が走った。


「婚……約……?」

「ふふふっ! 実はね……」


 カレンディア様はそれまで完璧だった貴族令嬢の雰囲気を崩し、とっておきの話を披露するかのように声を弾ませた。


「王弟殿下はずっとわたくしの憧れだったの! まさか夢が叶うなんて!!」


 頭が真っ白になった。

 この世界のカレンディア様が選んだのは、攻略対象の誰かではなかった。


(――ハルジュ様、だったんだ)


 今までも、彼に婚約者がいてもおかしくないと思ったことはある。そのときも漠然とした寂しさを感じたけれど……。こうしてはっきりと聞かされた今、感じる痛みは比べ物にならない。


「貴方のことは必ず領地に返してあげるわ。まだ辺境はわからないことだらけだから、いろいろ教えてね。ふふふ」


 それは今の私にとっては……すべてを失うことと同じだった。

 王都を追放されたときよりもはるかにつらい宣告に、私は彼女を見つめたまま、もう言葉を発することができなかった。


 カレンディア様が満足げに微笑んでいると、扉をノックする音がした。

 彼女が返事をすると、扉が開きノクスさんが顔をのぞかせた。出ていったときとは違い、私の方には見向きもせずに、カレンディア様に視線を送り続けている。


「あら、今の声……外に聞こえてたかしら? うちの従者がしびれを切らしているみたい。過保護すぎるのがたまにきずなのよね……。今度は城にいらして。もっとお話しましょう」


 カレンディア様がゆっくりと立ち上がる。



 私はただ座ったまま、頭を下げることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ