47 悪役令嬢が辺境にやってきた
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第六章スタートです
馬車から降りてきたカレンディア様とハルジュ様が、城の入口に向かって歩いてくる。
周りの声が遠のいていく。まだ遠くにいるはずの二人の表情が、やけにはっきりと目に映った。
幸いにも二人からまだこちらは見えていないはず。私は使用人の陰に隠れるように、そっと後ずさった。
「リナリエさん? どうなさったんですか?」
「あ……ま、マザーから頼まれていた街へのお使いを忘れていたのを思い出してしまって。どうしても急ぎなので今日は帰りますね……!」
使用人の一人が声をかけてくれたけれど、慌ててごまかして城を後にした。
丘の下り坂を早足で下り、街に降りてからは行くあてもなく歩いた。
(どうしてカレンディア様がここに? もしかして……わたしの様子を見に来たの? こんな辺境までわざわざ……?)
もうざまぁルートは確定して、エンディングを迎えているはずなのに。その後に何が起こるのかなんてわからない。
不安な気持ちが胸に積もっていく。
(それに……あの二人……)
城から離れても、馬車から降りてきたときの二人の姿が鮮明に焼きついていた。
二人が並ぶ姿はあまりにもお似合いだった。まるで本物の王子様とお姫様みたいに……。
ハルジュ様は否定してくれたけれど、王都ではまだ私は「魔女」のはずだ。
そんな疑いをかけられた時点で、私は初めから、一緒にいてはいけない人間だったんだ――。
「あら、リナリエじゃない。……なにその辛気くさい顔は。どうしたのよ?」
「ファルダさん……」
街の通りで偶然出会ったのはファルダさんだった。
今日もタイトなドレスを美しく着こなし、女性としての自信に満ちあふれている。
ハルジュ様の隣にいても見劣りしない。私なんかとは大違いだ。
「……ちょっと、ほんとにどうしたのよ? なんであたし、にらまれてるわけ?」
「にらんでないです……ファルダさんはいつも素敵でうらやましいなって……」
「……」
もしカレンディア様の目的が……魔女として追放された私が、おとなしくしているかどうかの確認だとしたら。
こんな幸せな毎日を送っていては、許されないかもしれない。
カレンディア様は国に認められた真の癒しの聖女だ。悪役の私が街の人と仲良くしていると、みんなに迷惑がかかるのでは……。
「……リナリエ、ちょっと付き合いなさい」
突然、ファルダさんが私の腕を掴んで歩き出した。
「わ、ちょ、どこ行くんですか?」
「喉が渇いたのよ。ちょっと来なさい。……そうね、人数は多い方がいいわ」
なぜか途中でナタリスさんとハナちゃんが合流し、あれよあれよという間にカフェのテーブルを四人で囲んでいた。
「で? どうしたの? 全部聞いてあげるから」
四人で飲み物を頼むとファルダさんが切り出した。
「いや、別にどうも……」
みんなに迷惑はかけたくない。
愛想笑いでごまかそうとした……けれど。
「なんでもない人はそんな顔しないのよ」
テーブルに肘をつき、ファルダさんが大きくため息をついた。そんな仕草まで色っぽい。
「……リナリエ。あたしたちはあなたが心配なの。悩んでることがあるなら少しくらい頼ってほしいわ。それともあたしたちのこと、信用してくれてないの?」
三人を見ると、みんな優しい目で私を見ていた。
(みんなのこと、大切だからこそ……)
「……わたし、王都から追放されてここに来たんです」
気がつくと、自然と口が開いていた。
「今は辺境の一員として、この場所が大好きになって。こんなわたしを受け入れてくれたみんなに恩返しがしたい。でも……」
先ほどの光景が再び脳裏によみがえる。
「今日、ハルジュ様が戻ってきて……本物の癒しの聖女になった、カレンディア様を連れてこられたんです。それで自分の立場を思い出して。偽物だったわたしと仲良くしていると、みんなにも迷惑をかけてしまうと思うんです……」
「…………」
無言の時間が続くのを、私は肯定だと受け取った。
テーブルの上に置かれたグラスの水滴が流れていくのをただ見つめていると、「バカねぇ」と笑う声がした。
ぱっと顔を上げると、三人の笑顔が並んでいた。
「私たちはね、リナリエちゃんといたいから一緒にいるのよ」
「そうそう! ほかの人なんて関係ないよ。私、子どもだからそういうのよくわかんないし」
「ね、リナリエ。カレンディア様のことはよく知らないけど、あたしたちはあなたが好きだから一緒にいたいの。仲良くするなって言われても仲良くするわよ」
(わたし、ここにいてもいいのかな……)
視界が歪み、三人の顔はすぐに見えなくなった。
「あ、ありがとう……」
「あぁ、ほら。もう泣かないで。そんなに不安だったのね……」
飲み物が来るまで涙が止まらなかった私を、みんなが慰めてくれた。
「それにしても」
涙も止まり、みんなで飲み物を飲んでいると、ファルダさんが出し抜けに口を開いた。
「若様が新しい聖女様をここに連れてきたのよね? それを見て……どう思ったの?」
胸の奥にずきりと鈍い痛みが走る。
「……お似合いでした。まさに王子様とお姫様って感じで、並んでいるとすごく自然で……。本当に……なんで、二人のルートがなかったのってくらいに……」
(カレンディア様がどの攻略対象とエンディングを迎えたのかはわからないけれど……今日は一人みたいだった。いったい今どうなっているんだろう)
自分で言葉を紡ぐたびに気持ちが沈み、声にならなくなっていく。
「おかしいわねぇ……あたしはてっきり……」
「いや、あれは絶対間違いないはずだよ」
「そうよねぇ……若様は何を考えているのかしら……」
三人が何を話していたのかも聞こえないくらい、心は重かった。
「まぁ、あれこれ考えてもしかたないわ。本当のことは本人に聞かなきゃわからないもの。聖女様だってただ遊びに来ただけかもしれないし」
「そうよ! あまり考えすぎてもだめよ。私たちはあなたの味方だから」
「リナリエさんが元気ないとつまんないからさ、いつでも遊びにきてよ! パーッと楽しいことしよう!」
「そう、ですね……うん、ありがとう」
私はごまかすように曖昧に笑った。
◇
それから数日、私はどこかに出かける気にもなれず、畑仕事に没頭していた。
修道院の畑では野菜を自給自足できるまでになった。
再生の聖術を正しく扱えるように試していたら、立派な菜園ができあがってしまったのだ。食べ切れない分は街におすそ分けしたり、行商のおじさんに売ったりしている。
ハルジュ様は辺境に戻ってきてから、まだ一度も修道院に来ていない。
再生の聖術のことや始まりの聖女のことは、辺境伯様から聞いているはずなのに……。
もやもやとする気持ちを打ち消すように畑に水をまいた。
そんなときでも聖霊たちはいつもどおりで、畑をふわふわ飛び回っている。最近は私のまねをしているのか、聖霊たちも水やりをするようになった。
そんな聖霊の無邪気な姿にも救われている。
「こんにちは。驚いたわ、見事な菜園なのね」
突然、背後から女性に声をかけられた。
驚いて振り向くと、そこには――
美しいドレスを纏った悪役令嬢、カレンディア様が立っていた。




