46 始まりの聖女の手記
⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.
第五章 ラストです
その後はどんなに記録を読み進めても、探している答えにはつながらなかった。
「絵本と建国の歴史に関係があることには気がついていたの。でもあなたの聖術と絵本を結びつけられなかった……きっと辺境伯様たちも」
肩を落とすマザーに、私は首を横に振った。
「当然です。こんなこと、学園でも教えられていませんから」
国の歴史書には「聖霊の森を救った男性が、創世神の祝福を受けて初代アズロア国王となった」としか書かれていない。記録にある弟のことも女性のことも聞いたことがなかった。
「長い時間の中で国王の歴史だけが残り、二人の存在は失われかけていた……だからこの絵本が描かれたのかもしれないわね」
「二人の存在を遺すため……」
辺境でおとぎ話として受け継がれてきた歴史。絵本の女の子の『元気になるおまじない』が、もし聖術のことだったら……。
「マザーは一番古い聖術の記録を知っていますか……?」
そうたずねると、マザーは小さくうなずいた。
「知っているわ。でも、記録が残っているのは男の子……弟の方なの。あなたも知っている『聖霊使役』よ」
なんとなくそんな気はしていた。聖霊の森を守る役目を与えられた、聖霊とお話のできる男の子。
――それが辺境伯を継ぐ条件。
ハルジュ様の話を思い出す。でも、女性についてはほとんどわからないままだ。
(元気になるおまじない、黄金の瞳……。ピースは揃い始めたのに、大切な部分が足りない……)
悩む私の目の前でプティが揺れている。
「プティ、あなたもしかして……ずっと記録を探してくれていたの?」
(この子はどこかに行ってたんじゃなくて、一緒に探してくれていたんだ)
その気持ちが嬉しくて、感謝の気持ちを込めて力をあげようと手を伸ばした。するとプティはするりと私の手をかわして、再び書棚の前で私を呼んだ。
プティが指し示す書棚の一角。そこには本の間に隠れるように、古びた紙の束が挟まっていた。
「これは……?」
破れないよう慎重に抜き出し、紙の束を見る。ぼろぼろの紙に書かれた内容に、再び手が震えた。
(一番大切なピースが揃った)
『次の再生の聖者のため、ここに記す』
それは、『始まりの聖女』が書き遺した手記だった。
――――――
聖霊の森を救うため、創世神から聖なる力を授かった。ここに神託を記す。
幾多の生命は聖の光によって輝く
生命を在るべき姿へと導く再生の聖者よ
汝、我が庭の癒し手とならん
――――――
聖言は私のものと驚くほど似ていた。マザーが横からのぞき込み、ひゅっと息をのむ。
「リナリエ……これ……」
私はうなずき、次の紙に目を移した。
――――――
この聖なる力は、命あるものが・・持つ、生命力を再生・・・である。
・・・完全に失った・・は効果がないが、わずかでも生命力が残っていれば・・再生する。
生命そのもの・・・には強い効果を発揮する。創世神は・・・地の聖霊を癒すよう仰せになった。
聖霊が・・・病にかかることが・・・再生の力も再び・・現すだろう。
――――――
残念ながらこのページはすべてを解読できなかった。けれど、再生の聖術が私たちの考えどおりであることを読み取るには十分だった。
そして最後の一枚をめくり……私は目を見張った。
そこにはメッセージが残されていた。
――――――
あの方は少々好奇心が過ぎることがあるため、気をつけなさい。
うっかり何をするか心配でしかたないが、退屈はしないと約束する。
ユリナ・メルダール
――――――
「メルダールって……どういうこと……!?」
頭の中が戸惑いで埋め尽くされていく。ふと誰かの手が私の背中に触れた。
振り向くとマザーが穏やかな微笑みを浮かべて、背中を支えてくれていた。
「大丈夫よ。一緒に考えましょう」
私たちは絵本と建国前の記録、始まりの聖女の手記を持って、辺境伯様の元へと向かった。
辺境伯様は執務室で私たちを迎えてくれた。
動くことができるようになった辺境伯様は、ハルジュ様が不在の今、精力的に政務に励んでいるという。
「なんと……今まで誰も気づかなかったというわけか……」
記録室であったことを説明すると、辺境伯様は感嘆の声を漏らした。
「リナリエ嬢、君は伯爵家の始まりを聞いたことがあるかね?」
「はい……父からは、メルダール家のご先祖様は二代目のアズロア国王から男爵位を賜り、今のメルダール領を治めるようになった……とだけ聞いています。父もそれ以上は知らないようです」
わかっているのはご先祖様は別の土地からやってきたことと、初代のメルダール男爵が金色の瞳を持っていたことだけ。そう説明すると、辺境伯様は深くうなずいた。
「おそらくだが……初代メルダール男爵は始まりの聖女の子どもだったのでは? 建国前の記録を読む限り、始まりの聖女は初代辺境伯と結婚しこの地で暮らしている。その息子がメルダールの名を継ぎ、今の伯爵領へと移ったのではないかな」
(メルダール家と辺境は、つながりがあったの……?)
マザーはすっかりいつもの調子で、手を叩いて声を弾ませる。
「きっとそうよ! これで聖術の正体がわかったわ。あなたは始まりの聖女と同じ『再生の聖術』を覚醒していたのね!」
「誰も知らないわけだ……過去に覚醒したのはおそらくただ一人、その記録すらなかった人物だったのだからな」
(わたしの力は魔術でも、得体の知れない力でもなかった……?)
これだけの記録を見ても、まだ信じきれない自分がいた。
それでも――
二人の声を聞いて、少しずつ実感が追いついてくる。
(昔のご先祖様と同じ、辺境を救うために与えられた聖術だったの……?)
深い安堵感とともに、心にまとわりついていた黒いもやが薄くなっていく。やっと、胸いっぱいに息が吸える。
放心している私の肩にプティが止まった。
「プティ……ありがとう……」
この子がいなければ、私はずっと不安を抱えたままだった。私は心を込めてプティに力を渡すと、プティは光の粒を振りまきながら執務室中を飛び回った。
「君の聖霊も元気づけたかったようだ。君が喜んでくれて嬉しいと言っている」
聖霊の声が聞こえる辺境伯様が、目尻のしわを深くする。
私はこぼれそうになる涙を拭い、精一杯の笑顔を浮かべた。
「辺境伯様……マザー……わたし、この力で辺境の大地を元気にしたいです……!」
(早くハルジュ様に伝えたい。わたしの聖術は、本当に辺境を救うために与えられたものだったって……!)
ハルジュ様の驚き喜ぶ顔が浮かんで、思わず笑みがこぼれた。
◇
その夜、夢を見た。
暗闇の中で女の子が泣いている。
白いワンピースに白い髪の小さな女の子。
その瞳は、暗闇の中でも金色に輝いていた。
その子に声をかけようとするけれど、声が出ない。
慌ててハンカチを渡そうとすると
『たくさん意地悪してごめんね……』
女の子は私の声でそう言って、暗闇に溶けるように消えてしまった。
目が覚めると、私はなぜか泣いていた。
長い間私の中にあったものが、静かに別れを告げていくような……不思議な夢だった。
◇
それからはハルジュ様の帰りを待ちながら、堆肥作りに精を出した。
修道院の畑では、ほかの野菜の収穫実験も始めた。
洗濯機の改良版も完成し、街の人への販売も始まった。
仕立て屋ではカラフルなイラスト入りの「ティーシャツ」を提案したら、瞬く間に街で流行り始めてしまった。
先延ばしになっていた修道院の治療会もようやく実施できそうだ。
いろいろなことが順調に進み、充実した日々を送っていた。それでも……
(早くハルジュ様に会いたい)
その想いだけが日々募っていった。
◇
その日は、自室で借りてきた聖女の手記に目を通していた。
消えた文字がなんとかして読めないかとにらめっこをしていると、窓からコツコツと音がした。
はっと振り返ると、小鳥のおもちゃが窓を叩いている。私は窓に駆け寄り手紙を受け取った。
『今日の昼前に到着します』
それは見覚えのあるハルジュ様の字だった。
私はすぐさまマザーに伝えて領城へと向かった。城の入り口に着くと、みんながハルジュ様を出迎える準備をしている。
(ハルジュ様に会える……!)
無事に帰ってきてくれた喜びと、美しい新緑の瞳を思い出して胸が高鳴る。
すぐに馬車が到着した合図があり、城門の方を見ると一台の馬車が到着していた。
いつもと違う立派な馬車に、一瞬「あれ?」と違和感を覚えたけれど、すぐにハルジュ様が降りてきて浮足立った。
そのままこちらに歩いてくると思ったら……ハルジュ様は馬車の方へ振り返った。
(もう一人……誰かいる?)
駆け出そうとしていた足が止まった。
ハルジュ様のエスコートで馬車から降りてきたのは、悪役令嬢――カレンディア様だった。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます⟡.*
ようやく前半が終了、物語も折り返しです
リナリエの力の秘密に決着がついたところで、なにやら新たな嵐の予感が……
後半も楽しんでもらえるように頑張りましたので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします・.。*・.。*




