44 辺境に舞い降りた女神【ハルジュ】
⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.
投稿遅れました……
ハルジュ視点もう一話入ります。
<ハルジュ視点>
大伯父上の部屋を後にしてからずっと考えていた。
聖霊たちは初めからリナリエを辺境に連れて行きたがっていた。こうなることを知っていたのか?
聖霊を使役できるといっても、彼らの心まで縛ることはできない。気まぐれで内緒が多い彼らは話したいことだけしか教えてくれない。今までも何度かリナリエのことを聞いたが、教えてくれたことはなかった。今回もきっと同じだろう。
多くの奇跡を起こしても、リナリエは変わらなかった。
大伯父上を救ってくれた礼を言うと、頭を下げるなと怒られた。自分は辺境の民としてやりたいことをしただけだと、私には堂々と「一緒にいてほしい」と言えばいいのだと……そう言って笑った。
(……いいのか? これからも一緒にいてくれるのか?)
頭がうまく働かない。気がつくと、私は彼女の前にひざまずき、その手に口づけていた。
緊張の糸が切れたのか、寝不足だった彼女は気を失うように眠ってしまった。
◇
リナリエの聖術はあらゆる生命に作用し、生命力を増幅させる。それは大地の聖霊を通じて植物の成長にも効果があると予測をつけ、聖術の記録を探すことにした。
記録室は聖霊使役の聖術を持つ者しか開けられない。私はリナリエに自分の力を説明した。
彼女は私の力に一切の疑問を持つことなく、「聖霊と話ができてうらやましい」と瞳を輝かせた。
彼女に聞かせてやりたい。聖霊たちがどれほど君を好いているか。
記録室の不思議な構造に目を丸くする表情も、膨大な記録を見て放心する様子も、真剣に記録を見つめるまなざしも……彼女のすべてから目が離せなかった。
修道院へ送り届ける馬車の中で、彼女は記録探しに熱意を燃やしていた。
「辺境の役に立ちたい」彼女は度々そう口にする。
それを聞くたび私は心配になる。
リナリエが辺境に来たのは辺境を救うためではないかと言ったとき、彼女はひどくうろたえた。
他人のことはすぐに受け入れられるのに、自分のことになると人が変わったように疑り深くなるのはなぜだ?
本当に誰かの役に立つためだけに生きているのか?
それならリナリエの幸せはどうなるんだ?
――リナリエに惹かれている。
彼女に抱くこの感情の正体にやっと気がついた。
彼女のことを知りたい。表面的なものではなく、もっと心の深い部分を理解したい。
私は初めて抱くこの感情を持て余していた。
◇
洗濯機の試作品が完成したという知らせが届き、久しぶりに二人で街へ出た。
彼女は何も言わないが、私が贈った髪飾りを出かけるたびに着けてくれていることには気づいていた。今日もさり気なく着けている白い花の髪飾りが、水色のワンピースとよく似合っている。
こんな些細なことで幸せな気持ちになるとは……人の心は不思議だ。
メルダール伯爵に手紙を送ったあと、タスクの家に顔を出した。あれから奥さんのナタリスが修道院へ手伝いに来てくれるようになったらしく、すっかり仲良くなったようだ。
フロムがリナリエに抱っこをせがんでいる。子どもとリナリエの組み合わせはとても愛らしく癒される。
(だがちょっと懐きすぎではないか……?)
いつもそうなのかとたずねると、フロムがリナリエと結婚するのだと言いだした。
それは断じて許可できない。今日は私が抱っこすると言うと、フロムは私と結婚すると心変わりを始めた。
フロムが大人になってから、リナリエと結婚の約束をしたと言い張られたらたまらない。リナリエを守るためならフロムと結婚の約束もやむを得ない。
悪いがフロム、私で我慢してくれ。
子どもの無尽蔵の体力に、久しぶりに剣の鍛錬が必要だと感じた。
仕立て屋に向かう途中、リナリエの視線が大通りの菓子屋に吸い寄せられる。彼女の気になる店の一つだ。
店の前を通るたびに気にしているので、立ち寄ろうかと何回か聞いてみたが、絶対に首を縦に振らない。別の日に彼女に贈ろうかと考えたこともあったが、いつも女性が列をなしているため、いまだに入ることができないでいる。
今回も菓子屋を通り過ぎて仕立て屋に入る。
すぐに店主のファルダがこちらに気づいて近づいてきた。いつもどおり絡めてこようとする腕を軽くあしらうと、ファルダが突然リナリエを抱きしめた。
(待て、お前もか。この前は興味はないと言っていただろうが……!)
ファルダの腕をとり、リナリエから離れるように忠告する。恋多き奴にリナリエは幸せにできない。
帰り際にリナリエと揃いのジャージについての感想を求められたので、「……感謝する」と一言だけ答えておいた。
洗濯機の試作は想像以上によくできていたようで、リナリエは感激していた。
屈託のない彼女の笑顔を見ていると心が和らぐ。人に対してこんな感情を持つことができるなんて考えてもいなかった。
生まれたときから聖霊とともにいた私は、人の心をうまく理解できなかった。
貴族たちの笑顔に隠れた心の内側が聖霊を通して伝わってくる。それは決してきれいなものではなく、幼い私の心には苦痛でしかなかった。
そしていつからか自分も笑顔の仮面を被り、人の心を理解しようとすることをやめた。
聖霊とともにいられればいい。そう思っていたはずなのに……。
彼女は私の世界をいとも簡単に塗り替えてしまった。
彼女は辺境を救い、私を救ってくれた。今度は彼女が救われる番だ。
そのためには……彼女の心に踏み込まなくてはならない。
◇
修道院へ戻る前に寄りたいところがあると言って、リナリエを時計塔へ連れてきた。夕陽に染まるリナリエの横顔は美しかった。
昨日、至急相談したいことがあるため王都に来るようにと兄上から連絡があった。同じタイミングでカレンディアからも似たような手紙が届いている。
この二通が関係しているのかはわからないが、明日からしばらく辺境を離れなくてはいけない。
リナリエと話をするなら今日しかない。私は勇気を出して彼女にたずねた。
「リナリエ……君が何を恐れているのか、教えてくれないか? 君が私の力になりたいと言ってくれたように、私も君の力になりたいんだ」
一歩、また一歩と彼女との距離を縮めていく。彼女が怖がらないように、でも逃さないようにと慎重に。
(お願いだから君の心に触れさせてほしい。絶対に君を傷つけたりしないから)
「……わたしは偽善者なんです」
ようやく彼女が心の一番弱い部分を見せてくれた。
「ここに来てからだってそうです。辺境のために役に立ちたいとか言って、結局……自分が悪役になるのが怖かっただけ。見捨てられないように、自分のために頑張っていただけなんです。ただの偽善なの……」
私は心から安堵した。彼女も自分自身が幸せになるために努力していたのだ。誰かのためとか辺境のためとか、そんなことは後回しでいい。
リナリエは、自分が幸せになることを諦めていなかった。
「私は君の努力を近くで見てきた。周りがどう思っても、私は君の味方でいる。絶対にだ」
もう一歩彼女に近づき、そっと抱きしめた。
彼女は私の腕の中で、みんなに嫌われてひとりになるのが怖いと言って泣いた。
(それなら私がひとりにさせない)
役に立つことをしないと、魔に負けてしまうかもしれないと声を震わせた。
(それなら私がいつも隣で見守ろう)
彼女が泣き止むまでずっと背中を支え続けた。
リナリエが弱さを見せてもいいと思ってくれた。私はもう、どうしようもなく彼女に惹かれていた。
(彼女は私のことをどう思っているのだろうか)
領城に戻ってからもリナリエのことばかり考えてしまう。
私のことを慕ってくれているのは間違いないが、それが恋情なのかはわからない。
なんというか……信仰の対象にされている印象はある。彼女がときどき、私に祈りを捧げているのを実は知っている。
(……あれはどういう感情なのだろうか?)
一人で悶々と考えていると、コツコツと窓を叩く音がした。聖霊がリナリエの手紙を持って戻ってきたのだ。
すぐに手紙を受け取り中を見た。
『今日はありがとうございました。気をつけて王都に行ってきてください。畑のお世話と記録探しはお任せください。早めのお帰りをお待ちしています。 リナリエ』
『早めの』の部分が一度消されて、もう一度書き直してあった。
(リナリエが私の帰りを待ち遠しく思ってくれている……?)
繊細な文字で書かれた手紙を丁寧に畳んで旅の荷物の中にしまった。
王城に行くのなら私がすることはひとつ。兄上には私の決意を話しておこうと思っている。
――リナリエとともに辺境を守りたい。これからも隣にいてほしい。叶うことなら……ずっと。
王都でやるべきことをすべて片付けて、辺境に帰ってきたら……
リナリエに私の想いを伝えよう。




