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43 辺境に起きた奇跡【ハルジュ】

⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.


ハルジュ視点です。

<ハルジュ視点>


 リナリエが堆肥(たいひ)作りを成功させ、畑に種を植える日。


 私は女神を見た。


 いや、実際にいたのはリナリエなのだが……彼女のジャージ姿を見たとき、今までにないほど魂が熱く震えるのを感じた。その姿が、恐ろしいほど彼女に似合っていたのだ。


 顔が熱くなっていくのを止められずに思わず顔を隠し、「似合う」「可愛い」としか言葉を発することができなかった。

 気の利いた褒め言葉ひとつ言えなかった私に、彼女は呆れてしまっただろうか。


 土が顔につくことも気にせず、懸命に畑に向き合う彼女の姿から目が離せない。私には、豪華なドレスで美しく着飾ったどんな令嬢よりも輝いて見えた。


 その後、私が揃いのジャージを着ていくと、彼女はいたく感激しているようだった。こっそり手を合わせて感謝の祈りを捧げていたのを見てしまった。


 ファルダに大至急作らせたかいがあった。




 ◇




 植物を植えてから二週間、奇跡は起きた。

 薬草堆肥の区画で、緑の小さな生命が芽吹いていた。


 辺境の大地に植物が根付いたのだ。


 私の頭は真っ白になった。夢を見ているのではないだろうか。


 隣を見ると、畑を見つめるリナリエがいた。これが現実だと確かめたくて、気づけば彼女を抱きしめていた。

 彼女から伝わるぬくもりが、これは現実だと教えてくれる。もっとそのぬくもりを実感したくて、抱きしめる力を強めた。


 リナリエがいなければこんな奇跡は起きなかっただろう。どれくらい感謝を伝えれば、この気持ちが彼女に届くだろうか。


 しかし、しばらく経っても彼女の反応がない。不思議に思って腕の力をゆるめ、彼女の顔を確認した。


 そこで私は、おそらく一度心臓が止まった。


 リナリエの頬はバラ色に染まり、金色の瞳は涙で潤み美しく輝いている。ただでさえ愛らしいその顔が、上目遣いでこちらを見上げているのだ。


 ようやく自分のしでかしたことに気がつき、慌てて離れようとすると、「このままでいて!!」と彼女が(すが)りついてきた。


 心臓が聞いたことのない速さで音を立てている。


(もう一度、リナリエを抱きしめたい……)


「今、手を離されたら……腰が抜けて立っていられません………」


 (よこしま)な衝動に駆られそうになったとき、彼女の言葉で我に返った。すでに顔はのぼせそうなほど熱くなっていた。


 とっさに見られないようにリナリエを抱きかかえ、ベンチに座らせて水を取ってくると言って走った。


(参った……リナリエを見ていると冷静になれない)


 勢いよく水を飲み干し、自分の両頬を叩いた。リナリエに格好悪いところは見せたくない。深呼吸をひとつしてから彼女のもとへ戻った。




 ◇




 領城に戻り、さっそく大伯父上に畑に芽吹いた植物の報告をすると、思ったとおり回復のきざしを見せ始めた。

 高齢のため少し時間はかかるが、すぐに大伯父上は外出できるようになるはずだ。長年の悲願をこの目で見届けるまでは決して諦めることはないだろう。


 それまでにやるべきことを進めておこうと、領城で執務に集中する日々を送っていた。

 時間が空けば大伯父上の様子を見に行き、記録室でリナリエの聖術の手がかりを探す。

 そうして過ごしていると嬉しい報告が届いた。


『畑の苗が成長しました。それと私の聖術について相談したいことがあります』


 大伯父上のこともあるため、相談するとリナリエが苗を持って領城に来てくれるという。

 彼女もすぐに見てもらいたいたかったのだろう。無邪気に喜んでいる姿が想像できて、早くその顔を見たいと考えていると、胸のあたりが締めつけられるように苦しくなった。


(……?)


 一瞬のことだったので深く気に留めることはしなかったが、今までにない不思議な違和感に首を(かし)げた。




 ◇




 リナリエが来訪する日、大伯父上は今までになく朝からそわそわしていた。食事をいつもの倍は食べ、ベッドではなく椅子に座って話をしたいと言い出した。


 家令のレイブは大伯父上の様子を見て、奇跡だと今から興奮している。まもなく彼はもう一つの奇跡を見ることになるだろうな。


 領城の入口でリナリエの到着を待つ間、どうにも気持ちが落ち着かなかった。もう何度も会っているのに、彼女に会えると思うだけで妙に緊張するのだ。


 成長した植物をついにこの目で見られるという高揚感だろうか。期待に胸が高鳴っているのがわかる。


 馬車から降りてくる彼女はどんな笑顔を浮かべるだろうか。

 今日も私を見て、頬を赤く染めてくれるだろうか……。


 リナリエを乗せた馬車が到着し、扉を開けて彼女をエスコートする。

 降りてきたシスター姿のリナリエは今日も聖霊の光を(まと)い、いっそ神々しさすら覚えたが、彼女の様子がおかしなことに気づいた。どこか緊迫したような表情で、目の下にはくまが浮かんでいる。


 さらに彼女が持ってきた鉢植えは苗どころか若芽さえ見当たらず、この辺境で嫌というほど見てきた茶色の土だった。

 疑問に思ったが、彼女が「説明する」と言ったので待つことにした。


 大伯父上の部屋に鉢植えを運び入れ、リナリエがこれまでの実験について話をした。椅子に座った大伯父上は、興味深く彼女の話に聞き入っていた。


 苗が成長した話に移る前に、彼女の雰囲気が変わった。

 ふと彼女の肩に聖霊が寄り添っているのが見えた。彼女もそれに気づいており、聖霊を見つめたあと……なぜか鉢植えの土に聖術を使い始めた。


 私は今度こそ夢の中にいるのだろうか。

 リナリエの指先から光があふれ、気がつくと土だけだった鉢植えには、みずみずしい実をつけたミニトマトと、美しく輝く聖星花(セントステラ)が現れていた。


(これが……リナリエの聖術?)


 この部屋にいる誰もが、たった今起きた奇跡を信じていいのか戸惑っていた。


 彼女は自分の力は癒しの聖術ではなかったと言い、力の正体を確かめるために記録を探させてほしいと願い出た。

 その金色の瞳は、覚悟を決めた人間のそれだった。リナリエは自分の力がどんなものであれ、逃げないと決めたのだ。


 その(りん)と立つ姿に惹きつけられている自分がいた。


 ずっと黙って聞いていた大伯父上は、ミニトマトを口にして涙をこぼした。言葉に出さずにはいられなかったのだろう。初めて聞いた大伯父上の心の内は、苦悩と葛藤で満ちあふれていた。


 目に見えるように覇気を取り戻し始めた大伯父上に、リナリエは自分の力を使わせてほしいと言った。


 そこで再び、我々は奇跡を見た。


 大伯父上は自らの足で立ち上がり、杖を持ち一人で歩いている。もう一年以上、誰かの支えがなくては歩けなかったのに……。


「わたしの力、みんなに元気を与えることができるみたいで。辺境伯様にはまだまだ働いてもらわないといけませんからね」


 そう言って朗らかに笑うリナリエは、とても美しかった。


 大声を上げて笑う大伯父上なんて見たことがない。レイブは感動のあまり顔を覆って泣いていた。



 彼女は……本当に辺境に舞い降りた女神なのか?

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