41 久しぶりの街へお出かけ2
そして最後に向かったのは、今日の目的地でもある道具屋だ。
ついに洗濯機の試作ができたと連絡があったのだ。
「おー! 来たね!」
店内に入るとカウンターに座っていたハナちゃんが「お兄ちゃん来たよー」と店の奥に声をかけ、ぴょんとカウンターの椅子から飛び降りた。
「さあ! 洗濯機の試作のお披露目だよ! 裏庭に準備してあるから!」
そのままお店の看板をクローズにしたハナちゃんに押されながら、裏庭へと向かった。
「若様、リナリエさん、こんにちは」
裏庭ではヨータ君が待っていた。
用意されていたのは、低い台に置かれた……木箱。
「これが洗濯機?」
「うん、実際に動かしてみるから見ててね」
そわそわしながら待っていると、ハナちゃんが洗濯籠を持ってやってきた。
ヨータ君が木箱のふたを開ける。木箱の上は丸くくり抜かれていた。ちょうどハナちゃんの持ってきた籠が、きれいにはまるくらいの大きさの穴だ。
箱の中をのぞくと、何の変哲もない空っぽの木箱だった。
ハルジュ様も興味津々な様子で箱を眺めている。
「リナリエの知ってる洗濯機もこんな感じ?」
「箱の形は似ていますけど……中はちょっと違うような……」
首を傾げていると、ヨータ君は洗濯籠をそのまま箱にすっぽりとはめ込んだ。それから洗剤液と水を木箱に注ぎ入れてふたをする。
「じゃあ起動するね」
そう言って、箱の側面についている二つの聖石のうちの片方に触れた。すると箱がかすかに震え始め、中に入れた水が激しく音を立て始めた。
(こ、これは……!)
小さく震える箱、水の波立つ音……遠い前世で見慣れたあの光景が、脳裏によみがえってくる。私はその箱の様子を飽きることなく見つめ続けた。
「水を動かす術式がなかなか決まらなくて困ったよ」
そう話すヨータ君の表情は明るくて、ちっとも困っている感じに見えなかった。
「こっちは風で水を飛ばすための聖石だよ」
水を入れ替えながらすすぎまで終わって水を抜いたあと、ハナちゃんがもう片方の聖石を起動させた。するとまた箱が震え出した。今度は中で嵐のような風が吹いているらしい。
調整中に箱が爆発したこともあったと聞いて青ざめたけれど、二人は楽しそうに笑っていた。
やがて箱の振動が止まり、ふたを開けて洗濯物を触ると、しっかり脱水できていた。
「か、完璧だよ……! これが洗濯機だよ!」
私が声を震わせて叫ぶと、ハナちゃんも熱のこもった声を上げた。
「これさ、ほんと便利だよ! 大ヒットを確信したんだけど!!」
「リナリエさんから見て改良したいところはある?」
話し合った結果、繊細なドレス用に弱機能を追加することと、水場に移動できるように車輪をつけることになった。
試作品は三台。意見を集めるため誰に使ってもらうかという話になったとき、ハルジュ様が手を上げてくれた。領城ならランドリーメイドに使用感を聞ける。試してもらうのにぴったりの場所だ。
ハナちゃんはすでに販売計画に着手し始めていた。
「普通の洗濯機とソフトモードの洗濯機は二つに分けない? 貴族に売るなら二つ買わせることができるよ」
(これでまだ十二歳とは……)
洗濯機は修道院に運んでもらうことになり、また様子を報告すると伝えて兄妹と別れた。
道具屋を出るころには、街はすでにオレンジ色に染まり始めていた。昼間の賑わいは少しずつ小さくなり、家に帰る人たちの姿が増えていく。
「ちょっとだけ寄り道してもいいかな?」
ハルジュ様とは何回か街に来たけれど、寄り道をしたいと言ってくれたのは初めてだ。
ついていった先は、街の中央にある時計塔だった。
「ここは街のシンボルだ。意外と知られていないんだけど、塔の最上階は眺めのいい展望台になっているんだよ」
塔内の階段を上り、最上階にたどり着いた。大きな時計の真上は街をぐるりと一望できる展望台になっていて、今は誰もいなかった。
「わぁ!」
展望台から街を見下ろすと、思っていたよりもずっと高いところまで上ってきていた。
塔を取り囲むようにカラフルな街の屋根が広がり、領城は街から見上げるよりも少しだけ近くに見える。修道院は領城が建つ丘の反対側なので、時計塔からは見えなかった。
街の外は茶色の地面と黒の森が果てしなく広がるだけ。広大な枯れ地に、この色鮮やかな街だけが取り残されたように見えた。
「私が初めてこの辺境に来たときから、この風景が当たり前だった。人々は逞しく生きているのに、ここは呪われた土地と呼ばれ、この国から切り離され、取り残されているように思えた……」
(ハルジュ様も、同じことを感じてたんだ……)
辺境でも一生懸命生きている人たちがいるのに、『呪われた土地』の一言で誰もが忌み嫌い、見向きもしなくなる。
(わたしと、同じだ……)
聖女としてずっと頑張ってきたのに、たった一晩で『魔女』と呼ばれ、憎まれるようになった。
あのときの自分と、この街が重なった。
「ここから修道院が見えないのが悔しいな……きっと緑が見えたはずなのに。でもこれからは少しずつ緑が広がっていって、いつかここから見える景色が緑でいっぱいになるんだ」
ハルジュ様が丘の向こうを見通すように遠くを見つめている。やがて丘から視線を外すと私に向き直った。
「これも全部……リナリエのおかげだ。君の辺境を想う心が、その力が……奇跡を起こしたんだ」
「……っ」
どくん、と心臓の音が耳の奥で大きく響いた。その音を聞かれてしまいそうで、思わず胸に手を当てた。
(違うんです……。わたしは……)
「……わたしは、ただ罪を償うためにやっているだけです……。こんなわたしを受け入れてくれた辺境に、恩返しをしたいだけで――」
「リナリエ」
名前を呼ばれ、いつの間にかうつむいていた顔を上げた。
悲しそうな表情でこちらを見つめる、新緑の瞳と視線がぶつかった。
「君は何を恐れている?」




