40 久しぶりの街へお出かけ
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記録室で資料を探し始めて一週間。
私と同じような聖術の記録はまだ見つかっていない。
最近はマザーも一緒に探してくれているけれど、百五十年間も記録を管理する彼女でも、すべての記録に目を通しているわけではないそうだ。地道に探すしかなかった。
そんな中、ある連絡が届いたので、今日は気分転換を兼ねて久しぶりの街に来ている。
もちろんハルジュ様も一緒だ。
季節も夏へと変わり、一年中過ごしやすい気候のアズロアでもじんわり汗ばむ気温になってきた。
私は水色のストライプが入った夏用のワンピース。ハルジュ様は白いシャツにベージュのズボンというシンプルな出で立ちで、珍しくクラバットも巻いていなかった。
そんなラフな格好の推しもまた神々しく……馬車の中ではもちろん祈りを捧げておいた。
今日の目的地に向かう前に、まずはいつものように郵便局で手紙を出す。
私の聖術のことは……もう少しはっきりしてから家族に伝えることにした。
そこからは、知り合いのところに顔を出しながら目的地へと向かう。
とある一軒のお家に着いた。白ハト配達員のタスクさんの家だ。
タスクさんの家族のナタリスさんとフロム君は、足を治療したお礼にと、ときどき修道院へ来てお手伝いをしてくれている。最近は記録室通いをしているためとても助けられていて、今ではすっかり仲良しになった。
「ねーね!」
お家にお邪魔するとフロム君がぎゅっと抱きついてきた。
「フロム君こんにちは! 今日も元気だね」
私もぎゅっと抱きしめてにっこり笑う。
「ぼくねーねといっしょにあそぶ!!」
「じゃあ何しよっか?」
「だっこ!!」
フロム君は最近とても懐いてくれて、いつも抱っこをおねだりされる。とっても可愛いけれど、とっても体力がいるのだ……!
「よし、だっこね! いくよ……」
「待った」
気合を入れてフロム君を抱え上げようとすると、なぜか横から待ったがかかった。
見上げるとハルジュ様がとてもいい笑顔で微笑んでいる。
「なんだかずいぶんと仲良くなったんだね」
(ハルジュ様は二人が修道院にお手伝いに来てくれているって、知ってるはずだけど……)
「いつもそうやってくっついているの?」
「え? あ、はい。フロム君だっこが好きなんです。まだ甘えたい年ごろですからね」
「ねーねすきなの。ぼく、ねーねとけっこんするんだよ」
「けっ、こん…………?」
フロム君が可愛い声で得意げに宣言した。どうやらパパとママのハグを見て、好きな人に抱っこしてもらうと結婚すると思っているらしい。なんて可愛らしい勘違い。
「ねーね、だっこは?」
「はいはい、じゃあだっこ――」
「私がだっこする」
ハルジュ様が突然名乗りを上げた。私とフロム君はぽかんとハルジュ様を見上げる。
「いいかフロム。今日は私がだっこする。リナリエはだっこしない」
(……ハルジュ様も小さな子と触れ合って癒されたいのかな? フロム君、可愛くてあったかくて癒されるもんね)
「……じゃあ、わかたまもフロムとけっこんする?」
「……けっこん?」
(そう。だっこする人はフロム君と結婚することになるんだけど……)
「けっこんしないとだっこしない」
「………………わかった。けっこんするから私がだっこする。だからリナリエとけっこんはなしだ。いいね?」
なぜかハルジュ様がフロム君と結婚したがっている。そんなに癒されたいのかな……。
「……じゃあだっこして」
両手を広げて待ち構えるフロム君を、ハルジュ様は軽々と抱きかかえた。
「きゃあ!!」
いつもより高い抱っこにフロム君は大喜びだ。ハルジュ様はフロム君を抱えてぐるぐる回ったり、肩車をしたりと、まるで本当の親子のように戯れている。
(子どもと遊ぶハルジュ様……美しいお姿から父性がにじみ出て……眼福過ぎるわ)
「ふふふっ、若様ってば、リナリエちゃんをフロムに取られたくなかったみたいね」
「 へっ!?」
私たちの様子を見ていたナタリスさんが私の側にやってきた。
「フロムとリナリエちゃんを結婚させたくないってこと」
おかしそうに笑うナタリスさん。
いや、あれはフロム君に癒されたいということでは?
そもそもフロム君は結婚の意味をわかっていないのだから、子どもの言うことを本気にとるわけがない。
いつも紳士のハルジュ様が、小さな子に私を取られたくない……??
(……やっぱりどう考えても、フロム君と遊びたかっただけだわ)
「……もう少し時間が必要かしらね」
うんうん、とうなずく私の隣で、ナタリスさんが何か呟いた。
「え?」
「なんでもないわ! さて……フロムー! そろそろお昼寝の時間よー」
満足したフロム君と、フロム君を抱っこするナタリスさんに挨拶をして家を出る。
別れ際にフロム君から「ぼく、わかたまとけっこんするの。ごめんね」と言われた。
三歳児に振られてしまったけれど、相手がハルジュ様では勝ち目はない。
(悔しくなんてないから……)
ハルジュ様が達成感に満ちたような表情でこちらを見てくるけれど、私は知らないふりを決め込んだ。
次に向かったのは仕立て屋ファルダさんのお店だ。
鮮やかなお店の外観は、前回来たときとは色も絵も変わっていた。空色を背景にして、ひまわりのような黄色の花が壁いっぱいに描かれている。夏を感じさせる素敵な絵だった。
お店に入ると、今日はお客さんが大勢いた。店内の一角に人だかりができ、みんな同じような服を手に持って会計に並んでいる。
手に持っているのは……
「じ、ジャージ!?」
店内のお客さんが持っているのは全員ジャージだ。いろいろな色のバリエーションがあったけれど、デザインは間違えようもなくジャージだった。
「あら、いらっしゃ〜い」
お客さんがこぞってジャージを買い求める光景に理解が追いつかず立ち尽くしていると、ファルダさんが店内に出てきた。
あいかわらずの美しさに目がくらみそうだ。これで男性だなんて……女性としての魅力度は確実に負けている。
ファルダさんは挨拶代わりとばかりにハルジュ様の腕にくっつき、するりとかわされていた。
「ファルダさん、こんにちは。あの、今日はジャージのお礼を言いにきました。本当に使いやすくて、汚れてもすぐ落ちるので助かっています!」
声をかけるとファルダさんは私に気づいて歓声を上げた。
「リナリエ! 来てたなら言いなさいよー! あなたが考えたジャージ、売り出してみたら大当たりよ!!」
近づいてきたと思ったら突然抱きしめられ、ぎゅうぎゅう締めつけられた。
(やっぱり姿は女性でも、力はちゃんと男性だ……)
「もう! お礼を言うのはこっちよ。動きやすいし洗いやすいって話題になってね。今までにない売上だわ。本当はもっと装飾を足したかったんだけど……」
ファルダさんはジャージを飾り立てたかったみたいだけど、お弟子さんに却下されたらしい。
「正直デザインとしては不満だけどしかたないわね。結果的にシンプルなのがいいって街で流行り始めたし」
(はい、それが正しいジャージの姿です。最初からそれが欲しかったんです……)
「だからあなたのジャージが正真正銘、あたしの自信作よ」とウインクされてしまったら、そんなことはとても言えない。
(わたしも替えのジャージをもう一着買おうかな……)
ファルダさんに締め上げられながらそんなことを考えていると、「もう離れろ」と声がしてファルダさんの腕が離れていった。
「これ以上抱きつくのは許さない」
「もう。そんな怖い顔してたらいい男が台無しよ。ほんと過保護なんだから……これで自覚ないんだったら意味がわからないわ……」
「何か言ったか?」
何やらご機嫌斜めのハルジュ様。
この前もファルダさんと言い合いになっていたけれど、仲は悪くなさそうだし……。けんかするほど仲がいいってやつだろうか。
(美形二人が言い争う光景も、画になるよね……)
「……こっちもダメだわ」
二人を見ながら口元をゆるめていると、ファルダさんの低いため息が聞こえた。
長居してお仕事の邪魔をしてはいけないので、もう一度お礼を言って店を後にする。
帰り際、ファルダさんにこっそり耳打ちされた。ハルジュ様のお揃いジャージの感想を聞かれたので、「……ありがとうございました」とだけ答えておいた。
「またおもしろそうな服のアイデアがあればすぐ言うのよー!」
ファルダさんが手を振って見送りまでしてくれた。
(夏だしね……今度はTシャツなんかいいかもしれない)
街は和みます・.。*




