表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/96

37 辺境伯様の夢

⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.

 マザーと話をして、私はハルジュ様に相談することを決めた。


『畑の苗が成長しました。それと私の聖術について相談したいことがあります』


 小鳥を飛ばすとすぐに返事が返ってきた。

 何度か手紙を交わし、二日後に領城を訪問することになった。




 ◇




 領城を訪問する前日、畑の土を二つの植木鉢に移し、そこにミニトマトと聖星花(セントステラ)の種を植えた。


(明日はわたしの力を見てもらう。それで聖術の記録を調べる許可をもらえるようにお願いする……)


 それだけのことなのに、その夜はほとんど眠ることができなかった。





 翌日、昼過ぎに領城から迎えの馬車が来た。

 顔なじみの御者に挨拶をし、二つの鉢植えと一緒に馬車に乗り込む。

 領城に到着すると、外でハルジュ様が待っていた。


「久しぶりだね」

「こんにちは。今日はお時間を作っていただきありがとうございます。どうしても……見てもらいたいものがあるんです」


 馬車から降ろした土だけの鉢植えを見て、ハルジュ様は戸惑っていた。


「成長した苗じゃないのかい?」


 葉が生い茂っているのを想像していたに違いない。困惑気味の声に私はうなずいた。


「はい、あとで説明しますね」


 いつもと違う私の様子に気がついたのか、ハルジュ様は何も聞かずに辺境伯様の元へと案内してくれた。


「大伯父上はリナリエが来るのを心待ちにしていたんだ。君の口から直接畑の様子を話してあげて」


 ハルジュ様が辺境伯様の私室の扉をノックすると、中にいた家令のレイブさんが扉を開けてくれた。

 辺境伯様はベッドではなく、窓辺の椅子に身を沈めるように座っていた。


「今日はお時間をいただきありがとうございます。お加減はいかがですか?」


 辺境伯様に挨拶をする。

 辺境伯様は親しげな笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。


「久しぶりだね。君が誠実に祈りの日々を過ごしていると聞いているよ。それに……畑のことも聞いている。君が来ると聞いて、今日は嘘のように体が軽い。ぜひ話を聞かせておくれ」


 ハルジュ様とレイブさんが辺境伯様の側のテーブルに鉢植えを置いた。


「……これは?」

「はい。これが、黒の森の薬草から作った堆肥を混ぜた土です」


 私は辺境伯様に土作りのことから説明した。辺境伯様は私の話を聞きながら、時折感心した声を上げる。


「領主になって六十年になるが、大地の聖霊に目を向けようなど、考えたこともなかった。君の方が辺境伯に向いているかもしれんな」

「いえ! 本当に偶然なんです……」


 苦笑いを浮かべる辺境伯様にも、ハルジュ様と同じように答えておいた。


「それから種と苗を植えて……唯一緑を保っていた薬草堆肥を見守っていたら、種が芽吹いたのです」


 辺境伯様は大きくうなずき、鉢植えに目を向けた。


「ああ、話は聞いている。それを聞いてどれだけ嬉しかったか……これが、辺境の大地をよみがえらせてくれる土なのだな」

「でも、そのあと……植物の成長が止まってしまったんです。わたしは農業に詳しくありません。どうしたらいいのかわからなくて……」

「それについて報告を受けてから、農業の専門家を呼ぼうかと大伯父上と相談していたんだ」


 それまで黙っていたハルジュ様が教えてくれた。


(ハルジュ様も一緒に考えてくれていたんだ……。やっぱりわたし……ハルジュ様の期待に応えたい)


 私は大きく深呼吸をして、鉢植えに近づいた。

 そのとき肩に聖霊が止まった。一瞬、光の中に小さな女の子の影が見えた。


(ミニトマトの子だ……今日もついてきたんだね)


 あの日消えそうだったこの子は、よく私についてくるようになった。きっと今も私を励ましてくれている。


「植物が成長するきっかけをくれたのは聖霊でした。……見ていて、もらえますか?」


 私は鉢植えにそっと手を近づけた。指先が震える。それでも手は引かなかった。


 人差し指を立て、鉢植えの土に聖力を込める。


 私の指先から白い光があふれた途端、鉢植えの中で種が目を覚ました。

 双葉が姿を現し、ぐんぐんと成長していく。


 ミニトマトが黄色い花を咲かせ、(またた)く間に赤い実が鈴なりに実る。

 窓から差し込む光の中で、聖星花(セントステラ)の白い花びらが静かに揺れていた。


 その場にいた誰も、声を出すことはなかった。


(信じられないよね……わたしだって、この力が何なのかわからない)


「……わたしは、癒しの聖女ではありませんでした。癒しの聖術で植物は成長させられません」


 今まで積み上げてきた癒しの聖女として誇りも、全部無意味なものになった。

 結局、偽物聖女としての運命どおりだ。


(それでも……少しは生き方を自分で選べると、信じたい)


「わたしはこの力で辺境をよみがえらせるお手伝いをしたいです。でもこの力が何なのか……わかりません。だから力の正体を突き止めたいんです。どうか聖術の記録を調べさせてもらえませんか」


 沈黙が続く。修道服を握りしめて答えを待った。


「……ミニトマトを……食べてもいいかな?」


 しばらくして、辺境伯様が静かに口を開いた。


「これは辺境伯様に差し上げるために持ってきました」


 私がうなずくと、辺境伯様は慎重にミニトマトを摘み取り、口に運んだ。ゆっくりと噛みしめたあと、ぽつりとこぼした。


「……うまいな。辺境の大地で育った野菜は格別だ……」

「辺境伯様……」


 こちらを見て笑った辺境伯様の目尻から、涙がひと粒こぼれ落ちた。


「リナリエ嬢、こちらへ」


 辺境伯様の椅子の前まで行くと、しわの刻まれた大きな手が私の手を包み込んだ。


「ずっと夢を見てきた。ここで育った野菜を食べ、花を愛でることを。同時に叶わない夢だとも思っていた。私の生きている間には無理だろうと、諦めたくなったのは一度や二度じゃない」

「大伯父上……」


 辺境伯様の後ろに立つハルジュ様の瞳は揺れていた。


「その、夢が……今、目の前で叶った。ありがとう……本当に……長かった……」


 声を震わせる辺境伯様の肩に、ハルジュ様がそっと手を置いた。


「大伯父上も私も、君には本当に感謝している」


 頭を下げるハルジュ様を慌てて止める。


「わたしは辺境のためにやれることをやっただけで……」

「いや、君には感謝してもしきれない。これでいつ死んでも悔いはない」


「大伯父上!?」

「辺境伯様!?」

「ジュスト様!?」


 辺境伯様の発言にハルジュ様、私、レイブさんの声がきれいに揃う。


「冗談だよ。リナリエ嬢のおかげで、まだ死ぬわけにはいかなくなってしまった」

洒落(しゃれ)になりません……」


 軽く笑う辺境伯様に、疲れた表情のハルジュ様。でも二人は本当に嬉しそうだった。


「リナリエ嬢」


 辺境伯様に名前を呼ばれて、私は背筋を伸ばした。


「君の想いはよくわかった。ハルジュにも手伝わせるから思う存分調べるといい」

「あ……ありがとうございます!」


 ハルジュ様をちらりと見ると、笑顔の彼と目が合った。

 その瞬間……何日もずっと強張(こわば)っていた肩の力がどっと抜けていった。


(よかった……)


 辺境伯様も水を得た魚のように、生き生きとした様子で今後のことを考え始めている。


「すぐに農地の復興計画を立てなければな。力を貸してくれるかい?」

「は、はい! よろしくお願いします」


 そんな辺境伯様を見て、私はもう一度心を奮い立たせた。


「辺境伯様、わたしの力を使わせてもらえませんか?」

「私に? だが……」

「病気や怪我を癒すつもりではないんです。たぶん、少しだけ……できることがあるんです」


 ハルジュ様やマザー、ナタリスさん。今思い返せば王都でも……力を使ったあとの様子を思い出して考えたことがある。それは聖霊たちに力を使うようになって、ほぼ確信に変わった。


「わかった」


 私は辺境伯様の手を取り、負担がかからないようにゆっくりと力を込めていく。

 徐々に力を強くしていくと、一瞬だけ、辺境伯様の体をまぶしい光が包み込んだ。


「どうですか?」

「「!?」」


 私が問いかけると辺境伯様が突然立ち上がり、そこにいたみんなが息をのんだ。


「杖を」


 辺境伯様の一声で、レイブさんが慌てて部屋の奥から杖を持ってきた。


 辺境伯様が杖を手に力強い足取りで歩き出す。バルコニーへとつながる大きな窓を開けると、初夏の爽やかな風が吹き込んできた。


「気持ちのいい風だ。今なら走り出せそうだな」


 辺境伯様がニカッと笑った。


「リナリエ……」

「わたしの力、みんなに元気を与えることができるみたいで。辺境伯様にはまだまだ働いてもらわないといけませんからね」


 私を呼んだハルジュ様に向かって、辺境伯様のまねをしてニカッと笑った。


「ははは! リナリエ嬢のおかげで、死ぬどころか老体に鞭打って働くことになってしまった!」



 辺境伯様は大声で笑う。

 「笑いすぎて涙が出てきた」と言いながら、羽織っていたガウンの袖で顔を覆い、肩を震わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ