33 実験の続きをしましょう
⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.
昨夜は投稿予約時間を間違えて即時投稿してました(^o^)
32話が未読の方は、どうぞそちらもお楽しみください
「わたし、自分の力をもっとみんなのために使いたいです」
修道院に戻ってから、マザーに自分の今の気持ちを伝えた。マザーは優しい微笑みを浮かべながらうなずいてくれた。
「リナリエがやってみたいと思うことをすればいいわ。そうねぇ……たとえば、修道院で治療の日を作ってみるとか?」
「みんな来てくれるでしょうか……」
「最初は誰でも不安なものよ。言ったでしょ? やってみたら案外できちゃうものなのよ」
マザーが私の背中を押してくれて、決意が固まった。
「――ただし」
――と思ったら、マザーから思わぬ注意が入る。
「あなたの聖力は強すぎる。治療会をやりたければ、今の十分の一の力で行うこと。簡単な怪我や病気は、治療の対象外にすること。そうでなければこの街の薬屋の仕事がなくなってしまうわ」
「じ、十分の一……? 聖力のコントロールなんて、やったことないです」
予想外の条件にぽかんとしてしまった。
聖力は聖術を使うために必要な「聖なる力」のこと。聖術使いが持つ聖力量はそれぞれ違い、多ければ多いほど強力な術をたくさん使えるのだけど、私が持つ聖力はほかの人と比べても特に多いらしい。
今までは完全に癒すことが前提だったから、常に全力で力を使っていた。聖力を抑える、治療をしない……そんなことは考えたこともなかった。
(……でもそっか、わたしが癒すことで薬が必要なくなってしまうんだ。それはお互いにとって良くない)
「じゃあ練習しないとね。治療会はコントロールがちゃんとできるようになってからよ」
マザーの言葉に私は大きくうなずいた。明日からやることがまたひとつ増えた。
◇
翌日。
「うっそ……」
午後になってから、堆肥の様子を確かめるため畑に近づいた。
堆肥の完成までには何か月もかかる。しばらく雨が降っていなかったので、土が乾いていたら水だけまこう、くらいの気持ちだった。
それなのに……
すでに堆肥は半分以上分解が進んでいて、落ち葉や薬草は形を失いかけていた。
(まだ始めて数日しか経ってない、よね? これも、聖霊の力……?)
当たり前のように前世の感覚でいたけれど、ここが異世界だったのを忘れていた。このままいけばすぐにでも堆肥は完成してしまいそうだ。
(ちゃんと堆肥になってる……。まさか本当に、うまくいくなんて――!)
叫び出したいのをこらえたけれど、口元がゆるむのは止められない。土の中に溶け込んでいる聖霊が頑張って生きている姿が思い浮かぶ。
(たくさん栄養を蓄えて、立派な土になるんだよ……!!)
その日はなかなか興奮がおさまらず、久しぶりに夜更かしをしてしまった。
◇
その後は毎日畑に足を運んで様子を見守った。
なんと堆肥を仕込んでから、一週間で完全な土に変わってしまった。
これで畑の準備は整った。
次の日がちょうど行商の日だったので、おじさんにミニトマトの苗をお願いした。おじさんも準備して待ってくれていたようだ。次回の行商の日には持ってきてくれることになった。
ちなみにあれからおじさんは、醤油を試しに飲んでみて大変な目を見たらしい。それを聞いてぞっとした。あれほど気をつけてと念押ししたのに……。
今度こそ、正しい使い方を教えておいた。
苗が届くのを待つ間、一度ハルジュ様が堆肥の様子を見にきた。完成した堆肥を見せるといたく感激していた。
攻略対象だったらスチルになっていてもおかしくない、ハルジュ様が畑で大はしゃぎしている貴重なお姿は、しっかりと『今日の殿下』ノートに記録した。
そしてハルジュ様との相談の末、実験の続きは苗が届く日の翌日に決まった。
◇
種まき当日。
春も終わりに近づき、雨季に入った。
この世界の雨季は長雨が少なく、降ったり止んだりを適度に繰り返す。
今日も雲は多いけれど、太陽も時折顔をのぞかせている。
私は数日前に届いたジャージを着て、畑の側のベンチでハルジュ様を待っていた。
「お待たせ、遅れてごめんね。それじゃあ始めよう……か……」
ハルジュ様が小走りでやってきたので、私はベンチから立ち上がった。
「こんにちは! ……?」
私が近づいていくとハルジュ様は急に立ち止まり、新緑の瞳をまん丸にして、片手で口を押さえた。
「驚いた……その姿も……とても、似合う……」
小刻みに震える肩、赤く染まった目元、途切れ途切れに絞り出した言葉……。
私はピンときた。
(くうっ……笑うのを我慢しているな……)
心当たりはある。
そう、このファルダさんが仕立ててくれたジャージ。
機能性は抜群なのに……デザインがエレガントすぎるのだ。
(あのとき言ってた最高に美しいジャージって、このことだった……)
生地を選んだときにはただの無地だったはずなのに……。
淡い黄色の布地には可愛い小花の刺繍が施され、裾や袖には上品なレースがあしらわれている。
前開きの上着は座っても地面につかない絶妙な長さで、ボタンと腰のリボンを結んで留める形になっていた。
ズボンもシルエットが出すぎない完璧な仕上がりだ。
鏡で見たとき、びっくりするほど似合っているとは思った。思ったけれど……。
(これは、わたしがイメージしてたジャージじゃない……!)
前世のぱっとしないジャージを想像していた私には、笑われてもしかたないほどの違和感がある。
そのうちに、ハルジュ様は目元だけでなく耳まで赤くし始めた。
(なんでそんなに真っ赤なの……?)
「すごく、可愛い……」
小さな声でお世辞まで言い始めた。
(笑いたければ堂々と笑ってほしいんだけど……!)
少しの間、変な沈黙が続いた。
「通信用の術具ですか?」
やっと落ち着いたハルジュ様から手渡されたのは、木彫りの小鳥と止まり木のおもちゃだった。
小鳥の額と止まり木の台座には小さな聖石がはめ込まれている。
「私がこれと対になるものを持っている。小鳥の足に手紙を結んで起動させれば、領都と修道院の距離くらいなら手紙のやり取りができるんだ。畑の様子に変化があれば、すぐ連絡を取れる方がいいと思ってね」
「この小鳥が手紙を運ぶんですか?」
じっくりと確認したけれど、ただのおもちゃにしか見えない。翼を広げた形をした、手のひらサイズの可愛い小鳥だ。
「窓辺に置いておいた方がいいかな。聖霊たちが運びやすいから」
「聖霊が小鳥を運ぶんですか!?」
驚く私を見てハルジュ様はにやりと笑った。
「私が聖霊にお願いしたんだ。聖霊は私の言うことなら聞いてくれるからね」
(やっぱり聖霊たちも、ハルジュ様にお願いされたら断れないよね……わかる。すごくわかるわ)
私が何度もうなずいていると、今度はハルジュ様が驚いたような顔をした。
「……冗談だと思わないの?」
「え? 冗談なんですか?」
次期辺境伯に選ばれるくらいだし、特別な加護を持つというハルジュ様ならできると思っていた。
ときどき聖霊の言葉がわかっているようにも見えるし……。
「そうか……。君は信じてくれるんだね」
私が首を傾げると、ハルジュ様はぽつりと呟いた。その声は小さかったけれど、喜びがにじんでいるように聞こえた。
(……もしかしてハルジュ様、冗談を言うのが下手で、いつも信じてもらえないのかな……)
結局冗談だったのかはわからなかったけれど、ハルジュ様が喜んでくれるなら、たとえ嘘でも信じていようと決めた。
それから二人で、それぞれの堆肥の区画にミニトマトの種と苗、聖星花の種を植えた。
明日からは毎日観察だ。




