32 力になれたら【ハルジュ】
もう1話 ハルジュ視点入ります。
<ハルジュ視点>
リナリエとの二度目の外出は、とても充実したものだった。
行きの馬車の中で洗濯機をどうやって思いついたのか聞くと、リナリエは急に慌て始めた。彼女は嘘をつくのが苦手なので、何か隠し事をしているのは明白だ。本気で探るつもりはなかったが、反応が良くてついからかってしまった。
すると彼女は到着した途端に馬車を飛び出そうとしたうえ、危うく馬車から落ちそうになった。寸前で彼女を抱きとめたが、想像以上に軽く、私の腕の中にすっぽりと収まった。
慌てさせたことを彼女に謝ろうとしたのだが、パニックになった彼女は思っていたことが全部口から出ているようだった。逞しいだのいい香りだのと言われ、さすがに照れくさくなったので「リナリエも優しい香りがするね」と冗談めかして返しておいた。
私は香水があまり好きではない。何もつけていないのだが、そうか……リナリエはそのように感じていたのか。
リナリエに言ったことは……事実だ。リナリエからは彼女の雰囲気によく似合う、心が安らぐような香りがする。いつも香水でもつけているのだろうか。
少しからかいが過ぎてしまったようで、馬車を降りようと呼びかけても、彼女はぼんやりして反応がなくなってしまった。手を引くと立ち上がり、おとなしくついてくるので、そのまま道具屋に向かった。
我に返って慌てふためく彼女もまた可愛らしかったが、あまりからかいすぎて嫌われるのも困るので、きりのいいところでやめておいた。
道具屋兄妹は彼女が持ってきた洗濯機の依頼に、恐ろしい勢いで食いついていた。
商売人として天性の才能を持つハナがこれだけ絶賛するとは……おそらく洗濯機はこの国で大ヒットするだろう。販売ルート次第では、他国にまで需要が広がるかもしれない。
「よかったね」
リナリエに声をかけると嬉しそうに頬を染めていた。
道具屋での打合せが終わり、大変気乗りしないが仕立て屋に案内した。
店の前で店主のファルダに出くわし、リナリエは案の定、ファルダの強烈なキャラクターに衝撃を受けていた。
あいつがいちいち誤解を招くような発言をするのでしっかりと訂正しておいた。リナリエの人の良い性格を早々に見抜いたようだ。
まったく……彼女をからかうのも大概にしてもらわなければ。
リナリエは畑での作業に使える服を仕立てたかったようだ。服を汚すとまた彼女が怒るだろうし、リナリエの着ている様子で具合が良さそうなら男性用も仕立ててもらおうか……と考えていると、ファルダが「自分が採寸しよう」などと、とんでもないことを言いだした。
だから紹介したくなかったんだ。リナリエは女性だと思っているが、ファルダは男だ。
美しいものには目がない性分のため、リナリエも餌食になる可能性が高い……と思いきや、珍しく興味を持たなかった。
だが信用はできない。私は後見人として、ファルダの採寸に断固反対した。
結局採寸はファルダの弟子が行った。初めからそうすればいいものを。
まあファルダなら、リナリエに似合う衣装を仕立てるだろう。それだけは確信している。
仕立て屋を後にし、リナリエは父親への手紙を郵便局へ出してから、配達員のタスクの家を訪問したいと言った。この前タスクから奥さんの治療を頼まれたそうだ。タスクの人との距離の縮め方と要領の良さには感心する。
二人でタスクの家を訪ねると、タスクは息子のフロムの面倒をみていた。奥さんは自室で療養中だという。リナリエがさっそく治療をすると言うので、フロムとリビングで待つことにした。さすがに他人の奥方の寝室についていく気はなかった。
しばらくすると夢中でお絵描きをしていたフロムが、父親とリナリエがいなくなったことに気づいて「パパとねーねは?」と聞いてきた。
「二人はママの足を治しに行ったよ。すぐママの足が治るからここで待っていよう」
安心させるために声をかけたが、フロムは部屋を見渡し、廊下へ続く扉を見つめて椅子から降りた。
「ぴかぴかみんないっちゃった! こっちきて!」
突然走り出したフロムを慌てて追いかけた。
たしかフロムは生まれつき聖霊が見える。ぴかぴかとは聖霊のことだ。聖霊はリナリエの力を察知して彼女の元へ集まっている。一足先にフロムが部屋へとたどり着き、ガチャリと扉を開ける。私は部屋の外から見守ることにした。
リナリエの聖術はいつ見ても圧倒される。まぶしい光がおさまると、タスクの奥さんは何事もなかったように立ち上がり、フロムと跳ね回って喜んでいた。
それを見ているリナリエの顔は、とても幸せそうだった。
(リナリエもこんな顔ができるのか……)
初めて見るその表情に、しばらく釘付けになっていた。
「……王都の聖堂で聖女として奉仕していたとき」
帰りの馬車の中で、フロムがくれた絵を眺めていたリナリエが、ぽつりと呟いた。
「聖女として奉仕していたときも、来てくれた街の人が元気になって、ありがとうって喜んでくれて。すごく嬉しかったんです」
初めて彼女が王都での話をしてくれた。
きっと今日のことは、彼女にとって大きな転機だったのだ。
マザーの言葉を思い出す。
リナリエは王都や侯爵領での出来事があってから、自分の力を恐れていた。自分の力が魔術ではないとわかってくれたはずだが、心の奥底では……まだ確信を持てずにいるのだ。
「わたしの癒し……問題なかったですか?」
不安げにたずねる彼女がとても小さく見える。答えは決まっていた。
「君はもう見えているだろう? 聖霊を信じなさい。リナリエなら大丈夫だよ」
悔しいが、私がいくら自信を持てと言っても……今の彼女にはおそらく響かない。
彼女が今、一番信じられるのは聖霊だ。聖霊たちは絶対に嘘をつかないと知っているから。
私の考えは当たっていたようで、リナリエは今度こそはっきりと返事をした。
「っ……はい! わたし、頑張ってみます。……それで、いつも助けてくださる、ハルジュ様のお力になれたら……」
リナリエは途中で恥ずかしそうに口をつぐんだ。
そんな彼女の姿がとてもまぶしく見えて、「君がここに来てくれてよかった」なんてありきたり返事しか思い浮かばなかった。
リナリエが「人の役に立ちたい」と思っていることは知っている。そのために変わろうと努力していることも。
ただ彼女の場合、他人の幸せを優先するあまり、自分の幸せをないがしろにするのではないか……そんな危うさを抱えているように見えてしまう。
人は誰しも、自分が幸せになるために生きているはずだ。多少自己本位になるくらいが普通なのだ。
だが彼女からは、そういった感情があまり見えてこない。
彼女の心はどこにあるのだろうか……。
リナリエから目が離せないのは、きっとそのせいだ。




