31 不思議な女の子【ハルジュ】
ハルジュ視点です
<ハルジュ視点>
黒の森で黒犬と遭遇した一件のあと、マザーから相談があった。
「リナリエの聖術について、過去の記録を調べてみようと思うの」
やはりマザーも私と同じことを考えていたらしい。
「彼女の癒しは普通とは違う。その大きすぎる力が辺境にとってどんな影響を及ぼすのか……」
「あら、そんな大層なことは考えていないわ。私はあの子に力の使い方を教えてあげたいだけ」
私が彼女の力に抱いている懸念を伝えると、マザーはさらりと答えた。
「あの子はまじめで純粋な子よ。あんなに聖霊に愛されている子は珍しいわ。でも自分自身を疑っているように見える。自分の存在も力も、すべて……。私はあの子に自信を持たせてあげたいの。幸せに生きることを諦めてほしくないのよ」
マザーの言葉に私は何も言えなかった。なぜ彼女を疑うようなことを考えたのか。
あれほど聖霊が彼女を求めているのに……。
「……私も手伝います」
気がつけば、そう答えていた。
彼女が自分の力に自信を持つことができれば……時折見せる、何かを恐れるような表情も消えるだろうか。
それからは、政務の合間に過去の聖術についての記録を探した。
聖術は基本的に、過去に同じ聖術を覚醒した者がいる。
極めて数が少ない珍しい聖術というのはあるが、まったく新しい未知の聖術というのは存在しないといわれている。だから記録をたどれば、どこかの時代にリナリエと同じ聖術を覚醒した者がいるはずだ。
しかし、ヒントもなく膨大な記録から探し出すのは根気のいる作業だ。時間をかけてしらみつぶしに目を通していくしか方法はなかった。
◇
結局、黒の森の調査は空振りに終わった。
あの魔獣化した黒犬は手がかりを残すことなく消えた。侵入経路も飼い主の正体も突き止めることはできなかったが、森はいつもの静けさを取り戻した。
私は森への立ち入り許可の報告をするため、久しぶりにリナリエに会いに修道院へと足を運んだ。
修道院に着くと、建物の裏手方向から男の声がした。
(誰か来ているのか? マザーは領城に来ていた。……相手をしているのは、リナリエ?)
私は声のする方へ急いで向かった。
修道院の裏手に一台の大きな荷馬車が止まっていた。白ハトのマークがあるということは荷物の配達か……。そう思って荷馬車の方へ行くと、シスター服のリナリエと短髪の男が並んで立つ後ろ姿が見えた。
(――は? なんだあいつは)
慌てて近づくと小さな子どもの声がして、寄り添うようにしていた二人が振り返った。
私は極めて冷静に、二人で何をしていたのかたずねた。
すると、先日リナリエが父親の伯爵に頼んだ荷物が大量に届いたのだと言う。
その量を聞いて笑ってしまった。さすが娘思いの伯爵だ。張り切って荷物を送る姿が目に浮かんだ。
配達員はタスクだった。彼は妻と息子をとても大切にしているのを知っている。大空を自由に飛ぶ白ハト配達員になるのが夢で長年勤めてきたのに、結婚して息子が産まれると、毎日家に帰れる部署にあっさりと異動希望を出すくらいには家族第一だ。
多少人との距離が近い男だが、まあリナリエには無害な奴だろう。
隣にいたのがタスクだとわかったとき、なぜかほっとした自分がいた。
それよりも……リナリエが秘密だと言っていた荷物が届いたのであれば、そろそろ何に使うか教えてくれるのではないか?
リナリエが私の顔に弱いのは気づいている。
王都の貴族がしきりと話題にする私の容姿の評価など何の興味もないが……つい彼女には反応を求めたくなってしまう。
今回もリナリエの秘密の計画を教えてほしいとお願いしてみると、彼女は真っ赤な顔を手で隠しながらうなずいた。
やってきたのは修道院の裏手にある広場だった。昔は畑として使っていたらしい広場で、リナリエの計画とは「堆肥の実験」だった。
それを聞いて私は悩んだ。堆肥の実験はすでに大伯父上が行っており、どれも成功していないからだ。何も知らないで期待しすぎるのはかえって気の毒だと思い、初めに伝えておくことにした。
すると彼女はそのことをわかった上で、やってみたいことがあるという。
(彼女の挑戦を私が邪魔してはいけない)
そう思い直し、彼女のやりたいように任せてみることにした。
そこから彼女は思いもよらないことを始めた。黒の森で集めた落ち葉や薬草、メルダール伯爵領から取り寄せた米ぬかを使って堆肥を作るというのだ。
リナリエの頭の中は本当にどうなっているのだろうか。こんなこと、私には絶対に思いつかなかった。
彼女に問うと「マザーの話から、大地の聖霊たちが元気になれば植物が育つのではないかと考えた」と答えた。そのために聖霊が好む薬草を堆肥に使おうなんて……少し前まで聖霊の存在すら知らなかった人間が考えることとは思えない。
リナリエの話を聞いて、私はいつになく心が高揚した。根拠なんてない。ただ、もしかしたら彼女ならやってのけるかもしれない……そんな期待を抱いてしまった。
リナリエは私の好奇心を刺激するのが非常にうまい。
私の服が土で汚れているのを見てランドリーメイドの苦労を切々と語り、しまいには洗濯を楽にする道具を作るという。もちろん協力しない手はない。腕利きの道具屋を紹介する約束をした。
ついでに何やら仕立てたい服もあるというが……。
店主の顔が思い浮かび、私は思わず眉をひそめた。
あの店にリナリエを連れて行くのは正直気が進まないが、仕立ての腕はこの街で一番なのは間違いない。彼女はきっとあの店を気に入るだろう。
ただ、あの店主がな……。
私が必ず付き添うという条件で、再び街へ連れて行くことにした。




