30 力になりたい
ファルダさんのお店を後にして郵便局へ向かう。
父への手紙には物資のお礼と修道院での暮らし、聖霊が見えるようになったことなどを書いた。
『次に何かを送るときは適切な数を送ってください』と釘を刺すことも忘れなかった。
(辺境での生活が『楽しい』と報告できるなんて、王都を出るときは考えてもいなかったな……)
手紙を出し終わったあと、郵便局の向かい側にある、白ハトの親子のマークが描かれた看板の建物に入った。
ここは白ハト配達局の辺境領都支店。各国にネットワークを持つ高速配達が専門の宅配業者だ。
人が乗れるほど大きな伝書鳩を使役し、空を使って荷物を運ぶことができる。タスクさんが届けてくれた父からの荷物は、この白ハト配達局を利用して送られてきたのだ。
「すみません。あの、こちらにお勤めのタスクさんはいらっしゃいますか?」
空いている受付の女性に声をかける。
「タスクさん? えぇと……ああ、彼は今日は自宅待機ね。すぐ連絡はつくと思うけど、どうしますか?」
「ではお願いしてもいいですか? リナリエがご自宅に伺いたいと言っていると伝えてください」
連絡を取ってもらい、私たちはタスクさんの自宅までやってきた。
「おー! リナリエちゃん! 若様も! あれからどう? 土はうまくいった?」
数日ぶりのタスクさんは、あいかわらず元気だった。
「土が完成するまでは時間が必要なので、さすがにまだまだですね。今日は奥さんの治療に来ました」
苦笑しながらそう告げると、タスクさんは大はしゃぎだった。
「ほんと!? いやあ、あのとき勢いで言ってみてよかったあ!! 全然ベッドから動けないからさ、気の毒で……さあ入って入って」
ご自宅にお邪魔すると、居間のテーブルでフロム君がお絵描きをしていた。私たちに気がつくとにこーっと笑って「わかたまとねーね、こんにちは!」と元気に挨拶してくれた。
フロム君の向かい側の席に案内されたので、お絵描きに夢中になる彼を眺める。
白い紙に黄色の丸を二つ、ぐるぐると描いている。
「何を描いてるの?」
「ママとぼく」
「こっちがママでこっちがぼくだよ」と、教えてもらった絵をよく見ると、なるほど。丸の大きさがちゃんと違う。
「なあフロム、パパも描いてくれよ」
「やだ!」
奥さんの様子を見てきたタスクさんが、フロム君に声をかけると即答されてしまった。
「参ったなぁ、いつも母親にべったりだから。一緒にいられなくて寂しいんですよ」
ははは、と自分も寂しそうに笑うタスクさんを見て、二人のためにも早く奥さんに元気になってもらおう、と気を引きしめた。
「私はフロムとここで待っているよ」
フロム君をハルジュ様に任せて、私とタスクさんは奥さんの部屋に向かった。
タスクさんが声をかけて扉を開けると、中では一人の女性がベッドに横になっていた。
タスクさんの手伝いで女性が体を起こした。
「こんな格好でごめんなさいね。私はタスクの妻のナタリスです。今日は私のために来てくれたって聞いたけど……」
「はじめまして、修道院でお世話になっているリナリエです。あの、ナタリスさんの足の治療に来たんですけど、いろいろと噂もあるので……お嫌じゃなければ……」
噂を聞いていれば、私の聖術に不安を覚えるはずだ。むりやり押しつけたくはない。
「ふふっ。ぜひお願いします。夫と息子がね、あなたのことをとても可愛くて素敵な人だと言っていたの。私も会いたいと思っていたのよ」
ナタリスさんの言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
「じゃ、じゃあさっそく治療しますね!」
私は呼吸を整えて、ナタリスさんの足に手をかざした。
そのとき、ガチャリと部屋の扉が開いてフロム君が駆け寄ってきた。
「すまない! リナリエが奥さんの足の治療に行ったとフロムに話したら、急に駆け出してしまって……」
フロム君を追いかけてきたハルジュ様が申し訳なさそうに扉の前で説明する。
フロム君が私の隣に来て「ママなおる?」と不安げに聞いた。
私は笑顔で「治るよ。見ててね」と言ってから、手のひらに力を集めた。
まばゆい光がナタリスさんの足に集まり、視界を白く塗りつぶしていく。
「ねーねきれい! ぴかぴか!!」
フロム君が隣ではしゃいだ声を出している。
「きれい……」
呟いたのはナタリスさんだろうか。
視界を覆っていた光は次第に小さくなり、消えた。
「どうですか?」
おそるおそる聞くと、ナタリスさんは目を丸くして、自分の足を触っている。
「嘘……全然痛くない」
ナタリスさんはベッドから降り、床の感触を確かめるようにして立ち上がると、突然弾むように跳び始めた。
「お!おい!!」
タスクさんが大慌てで止めようとする中、ナタリスさんとフロム君は手をつないで飛び跳ねている。
「本当に痛くないし動けるわ!」
「気分はどうですか……?」
「こんなに気分がいいのは久しぶりよ! まるで若返ったみたい……今ならなんだってできる気がする!」
ナタリスさんの様子を見て、安堵の息を吐く。聖霊たちも一緒に喜んでいるかのように飛び回っている。
私の力でみんなが喜んでくれている。ナタリスさんの笑顔やフロム君の笑い声が、王都の大聖堂に来てくれた人たちと重なった。
癒しの聖女だったときにもらったたくさんの笑顔。あのころはそれを見るときが一番幸せだった。
(この街でも、できるかな――)
「本当にありがとう! 困ったことがあったらなんでも言ってくれ!! すぐに行くからな」
タスクさんが満面の笑顔で手を振っている。ナタリスさんもフロム君を抱いて笑顔で見送ってくれた。
馬車の中から手を振り返したあと、フロム君が描いてくれた絵を眺めた。
茶色のぐるぐるの周りに黄色の小さなぐるぐるがいっぱい描かれた絵。これは私と聖霊たち。
その隣にある大きい黄色のぐるぐるは、ハルジュ様だそうだ。
「……王都の大聖堂で、聖女として奉仕していたとき」
誰かに聞いてもらいたくて、初めて自分から王都にいたときの話をした。
「聖女として奉仕していたときも、来てくれた街の人が元気になって、ありがとうって喜んでくれて。すごく嬉しかったんです」
「……うん」
「たぶん、自分なりに聖女として……誇りを持っていたんだと思います。今は罪人になってしまいましたけど……やっぱり喜んでくれる人がいるなら力になりたいです。わたしの癒し……問題なかったですか?」
私は小声で問いかけた。
ハルジュ様はきっと嘘は言わない。大丈夫だって確信が欲しかった。
ハルジュ様は優しい微笑みを浮かべていた。
「君はもう見えているだろう? 聖霊を信じなさい。リナリエなら大丈夫だよ」
「っ……はい! わたし、頑張ってみます。……それで、いつも助けてくださる、ハルジュ様のお力になれたら……」
(一番、嬉しいです)
恥ずかしくなって、最後まで言い切れなかった。
ちらりとハルジュ様を見ると、一瞬目を見開いたあと、まぶしそうに目を細めた。
「……私は、君がここに来てくれてよかったと思っているよ」
その言葉が嬉しくて、熱くなった顔を慌てて隠した。




