29 新しい?服を仕立てる
鮮やかに彩られた街並みを眺めながら大通りを歩く。
今日も通りには笑いが響き、のんびりした空気が街を包みこんでいた。
私たちは大通りの一角にある、ひときわカラフルな建物にやってきた。
壁にはバラの花が一面に描かれ、屋根のタイルひとつひとつが違う色で塗られている。
ショーウインドウには純白の美しいドレスが飾られていて、街ゆく人たちの視線を集めていた。
「ここがこの街で一番人気の仕立て屋だ。一番なんだが……」
ハルジュ様が言葉を濁した。やっぱり紹介したくないのかもしれない。
別の仕立て屋でも大丈夫だ、と言おうとしたとき、ハルジュ様の「うわ」という声と、女性の「まぁ! いらっしゃ〜い」という声が同時に聞こえた。
声の主だと思われる女性は、仕立て屋の隣にある赤色の建物からこちらに向かって歩いてくる。
その女性はサイドを編み込んだ豊かな黒髪を片側に流し、スレンダーな赤色のドレスがよく似合う妖艶な美女だった。
切れ長の目は長いまつ毛で縁取られ、赤いルージュを引いた唇が非常に色っぽい。
「若様じゃない。会いにきてくれたのね! あたしも会いたかったの……嬉しい」
そう言って女性はハルジュ様の腕に自分の腕を絡め、ハルジュ様にしなだれかかった。
女性は背が高いうえにヒールを履いている分、身長はハルジュ様とほとんど変わらない。
私が女性に圧倒されて動けないでいると、ハルジュ様は彼女の腕をすっと外した。
「申し訳ないがお客はこちらの女性だ」
ハルジュ様が私を示すと、女性は私に気がついたようで、上から下まで品定めするように私を見た。
「あら、ちんちくりんな子で気がつかなかったわ。ごめんなさいね」
「ち……」
「まぁ外で立ち話もなんだし、中に入りましょうか」
女性は先に立ち、私たちを店の中に入るように促した。
「ちんちく……」
私は女性からもらった評価に動揺を隠せないまま、後に続いた。
しかし中に入れば再び、直前の動揺はきれいに消えていった。
さまざまな色や模様の布地が棚を埋め尽くし、ボタンやレースなどの素材が美しく陳列されている。ずらりと並べられた服はどれも上品で可愛いデザインばかり。
このお店……私の好みど真ん中だった。
私が店内をきょろきょろしていると、女性は少し低めの艶のある声を響かせた。
「あたしはこの店の店主のファルダよ。あなたが噂の聖女ちゃんよね? それとも魔女ちゃん?」
突然の魔女発言に頭が真っ白になる。
固まっている私に向かって、店主はパチンとウインクを投げた。
「でも魅了の力はあたしの方が上ね。あなた全然色気がないもの」
口を閉じるのも忘れて呆然と店主を見上げる。
でも悪びれずに笑う彼女の透き通った黄緑色の瞳に、悪意は欠片も見えなかった。
「……まあ、わかりにくいけど、君の噂は気にしてないってことだよ」
ハルジュ様がなんとも複雑そうな表情で苦笑する。
「それで? 可愛いお嬢ちゃんのお名前は?」
店主のファルダさんに名前をたずねられて、慌てて自己紹介と今日の目的を伝える。
「あの、修道院でお世話になっているリナリエと申します。今日はご相談があってきました……」
私たちは応接用のソファに案内された。
ソファには美しい刺繍の入ったカバーが掛けられていた。滑らかなシルクに金と銀の糸で美しい花と蝶の刺繍が施されている。
ソファカバーの美しさに見惚れていると、ファルダさんがお茶を持ってきた。
「あら、リナリエは美的センスはありそうね。それはあたしの作品よ」
王都でも通用しそうな見事な腕前だ、そう言うとファルダさんは「見る目あるわね」と満足げに笑った。
「以前は王都の王室御用達の店でドレスを作っていて、若様とはそこで知り合ったの。そこで将来のことを相談して……一緒に来いって言ってくれたから、ついてきちゃった」
「ね?」と微笑むファルダさんを見て、胃のあたりがかすかに重くなった。
(やっぱり恋人だったんだ。それに将来の約束も……。そうだよね……ハルジュ様みたいな素晴らしい人に、婚約者の一人や二人、いて当然だった)
「変な誤解を生むような言い方はやめてくれ。リナリエはただでさえ騙されやすいんだから。こいつは王都でドレスばかり作るのが嫌になって、独立したいって言うから辺境領を紹介しただけだ」
「あら、それってリナリエには誤解されたくないってこと?」
「領都の住民として、正しい情報を提供しているだけだ」
(何か言い合っているけど……恋人ではないということ? そっか……って、なんで今ほっとしたの?)
おかしな思考を打ち消すため、私は慌ててバッグから一枚の紙を取り出した。
「あの! 今日はこちらを作ってもらえないかと、思って……」
ファルダさんは私の描いたデザイン画を見て片眉を上げ、真っ赤な唇をへの字に曲げた。
「…………これは?」
「ええと、作業着です。汚れにくい素材で作りたくて……。前開きで脱ぎ着ができて、下は女性でも履けるゆったりめのズボンで……」
私はデザイン画を見せながら、作りたい服の説明をした。
今回、私が作りたいのは『ジャージ』だ。
畑の実験で着る作業着が欲しかった。シスター服では汚れるし、畑仕事には向いていない。
「本当に色気も何もないのね……」
ファルダさんは呆れを通り越してむしろ感心した、みたいな顔をしている。
不本意だ。不本意だけどジャージは欲しい。
「まあいいわ。頼まれてあげましょう。……よく考えたらこれをどう美しく魅せるか、あたしの腕の見せどころじゃない」
(美しく……?)
ファルダさんが呟いた言葉が気になったけれど、無事に作ってもらえることになった。
「じゃあまずは採寸ね。隣の部屋に行きましょうか」
「はい」
「だめだ」
それまで黙っていたハルジュ様が低い声で止めた。
「?」
「店主に採寸させるのは危険だからだめだ。二人きりになるのもだめだ」
(危険? なんで?)
私は首を傾げた。
男性の仕立師ならまだしも、二人きりで採寸してもらうのはごく当たり前のことなのに。
「女同士ですよ?」
「ファルダは男だよ」
「!?」
勢いよくファルダさんの方へ振り向くと、どこからどう見ても女性のファルダさんが、甘くハスキーな声で「触ってみる?」と私の耳元でささやいた。
かっと頬が熱くなる。私は耳を押さえて首を横に振った。
(い、色気がすごい……)
「可愛いけどこの子はあたしの趣味じゃないし全然大丈夫よ。むしろ女の子はみんなあたしが採寸すると喜ぶんだけど」
「リナリエは喜ばない」
にっこり笑うハルジュ様の後ろに黒いオーラが見える気がする。聖霊たちもハルジュ様から離れていく……。
「過保護ねぇ……」
ファルダさんが呆れたようにため息をついた。
「あの! ジャージなんですけど、服の上から着る予定なので、採寸は服の上からで大丈夫です」
「そうね。でも今後のことも考えてすべて測っておきたいし……わかったわ。女の子連れてくるから、それでいい?」
ファルダさんはそう言うと一人の女性を連れてきた。女性はファルダさんのお弟子さんで、今は仕立て屋の隣にある古着屋を任されているそうだ。
無事に採寸を済ませてジャージに使う生地を選ぶ。
汚れが目立たないように暗い色を選ぼうとしたら、ファルダさんから却下された。「簡単に汚れが落ちる素材だから」と言われ、淡い黄色の生地を選んだ。
ファルダさんに「最高に美しいジャージを作るから任せて」とウインクされたけれど……美しいジャージって、なに?
ちょっぴり不安がよぎった。
「ジャージの代金は若様に請求するって約束しちゃった」
料金のことを話そうとすると、ファルダさんがぺろっと舌を出して言った。
「実験の作業用だろう? 必要経費だ」
「でも! わたしが勝手に作るだけなので……」
「ここはありがとう、って言ってほしいな」
断ろうとすると、上目遣いでこちらを見てくる。
反則だ。この顔をすると私が断れないとわかっている……。
「……ありがとうございます」
「その代わり、着るときは一番に見せてね」
お礼を言うと、よくわからない条件を出された。
ジャージなんて見ても何もおもしろいことなんてないと思うけど……。
この世界では斬新なファッションなのかもしれない。




