28 ふたたび街へお出かけ
春の日差しが辺境の大地に優しく降り注ぎ、ぽかぽかと暖かい日が続いている。
今日は絶好のお出かけ日和だ。
クリーム色のワンピースに履き慣れたブーツ。いつもリボンを結ぶ髪も、今日は百合の髪留めで留めてみた。
胸の奥がくすぐったくて、なんだかそわそわしてしまう。
(こういう日にしか、着けられないから……)
迎えが到着し、馬車に乗り込んだ。
ハルジュ様は本日も麗しい。暑いのか珍しく上着の袖を腕まくりしている。
「リナリエ、センタクキってなに?」
馬車が動き出すとほぼ同時に、ハルジュ様は新しい遊びを教えてもらう子どものような、期待に満ちた瞳で問いかけてきた。
「……洗濯機はですね、服を入れると勝手に洗ってくれる道具です」
「へぇ! 大きいの?」
「服が入るくらいには大きいですね」
洗濯機についての一問一答が続く。
街に到着するころになって、ハルジュ様はにっこりと笑みを浮かべた。
「それは自分で考えたの?」
「ほぇ?」
声が漏れてしまった。
「リナリエは不思議なことをいくつも思いつく。……頭の中はどうなっているのかな?」
「あ、あはは……あまり人と関わってこなかったので、考え方が普通とちょっと違うの……かなぁ?」
「へぇ……」
目を細めるハルジュ様に、これは信じていないな、と悟る。
そのとき、ちょうど馬車が停車した。
「つ、着きました! さあ降りましょう!」
外から扉が開いた瞬間、チャンスとばかりに立ち上がり、先に降りようと足を踏み出して……
「あっ」
「リナリエ!」
ステップをうまく捉えられず、足を踏み外した。
しまった、と思ったけれど掴めるものがない。
落ちていくのを覚悟したところで、後ろから腰を強く引かれ、馬車の中に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
私の下からハルジュ様の声がした。
「ごめんなさい!! すぐにどきます!」
「今起きるからちょっと待ってね」
ハルジュ様の声に、じたばたしていた私はぴたっと動きを止めた。
彼が起き上がる間、私の腰はがっちりホールドされたままだった。
(……は? なにこの状況……)
私は我に返り、今の状況を理解して再びパニックに陥った。
(待って待って、腕が、逞しい腕が……! 密着しすぎて心臓壊れる…… ハルジュ様から、清らかな森みたいないい香りがする……!)
「そう? リナリエからは……春の日向みたいな優しい香りがするね」
「え」
(くちに、でてた?)
ハルジュ様の腕が離れた。
そして床に座ったままの私を追いこしざまに、頭をぽんと叩いて馬車を降りていく。
そこで私の記憶は一時停止した。
どうやって歩いてきたのかよく覚えていない。
気がつくと一軒のお店の前に立っていた。
なぜかハルジュ様と、手をつないでいる。
「ここが道具屋だよ」
「うわあぁぁ!!」
私は悲鳴を上げて後ずさった。いたずらが成功したような顔でくすくす笑うハルジュ様を見て、からかわれていることに気づく。
今度こそ、両手で顔を隠して心の中で盛大に叫んだ。
(無理! 推しが心臓を止めようとしてくる……! さっきだって……わたし、香水なんてつけてないのに! からかわれてるだけなのに……意地悪属性がツボ過ぎるってどういうこと……!?)
「おーい、リナリエ?」
はっと顔を上げると、お店の扉を開けたままハルジュ様が笑ってこちらを見ている。
私はこほんと咳払いをして、扉を支えるハルジュ様の前を急いで通り過ぎた。
「は、早く入りますよ! ぼーっとしないでくださいね!!」
(もう! 笑わないでください!)
……そんな恥ずかしい気持ちも、お店に入った途端に吹き飛んだ。
さまざまな物がところ狭しと並べられている店内。家具や食器、美しい手鏡やランプなどの生活品から、目盛がたくさんついた箱や音と光が出る眼鏡など、何に使うのかよくわからないものまで……。
窓から差し込む光と聖霊の光、そして術具の放つ聖石の光が、薄暗い店内を幻想的に映し出していた。
お店の奥に進むと、カウンターに女の子が座っていた。
机の上に夢中でこちらに気がついていない。近づいて女の子の手元を見ると、時計らしきものを修理していた。
小さな女の子が複雑そうな機械を修理していることに感心していると、ハルジュ様が「こんにちは」と女の子に声をかけた。
顔を上げた女の子は、私たちを見比べながら口を開いた。
「若様じゃん、今日は修理? それとも……そっちの人がお客さんかな?」
「そう。今日は付き添いなんだ」
「若様が付き添い? 珍しい」
女の子の青色の瞳が私をじっと見つめている。
「えっと、修道院でお世話になっているリナリエです。今日は道具作りで相談したいことがあって来ました……」
緊張しながら女の子に挨拶をすると、無表情でこちらを見ていた女の子がにぱっと笑った。
「このお姉さんが若様が言ってたシスターね。可愛いじゃん、若様もやるねぇ」
「え?」
「オッケーオッケー、道具制作のご依頼ね」
「待ってて」と、女の子が入口のサインをクローズに裏返した。
「お待たせ。ついてきて」
案内されたのはお店の工房だった。
作業台がいくつもあり、壁や棚には工具がたくさん並んでいる。壁にかかった大きな木の板には、設計図のようなものが何枚も貼られていた。
「お兄ちゃーん、道具制作のお客さんだよー」
女の子が工房の奥に向かって声をかけると、私より少し年下くらいの男の子がやってきた。
「若様、こんにちは。道具制作のご依頼?」
女の子と同じ髪色、同じ瞳の色の男の子は、ハルジュ様に挨拶をしてから私に気づいた。
「はじめまして。あの、今日はわたしが相談したくて連れてきてもらいました。修道院でお世話になっているリナリエといいます」
私が挨拶をすると、男の子は柔らかく微笑んだ。
「はじめまして。僕は店主のヨータです。こっちは妹のハナ。この店は兄妹でやってるんだ」
「えっ!?」
驚く私に、ヨータ君は笑って椅子を勧めた。
工房のテーブルに四人で座り、道具制作の相談をする。
「それで、どんな道具を作りたいの?」
私はバッグから一枚の紙を取り出して彼らに見せた。
「えーと、名前を『洗濯機』といって、箱の中に服を入れると勝手に洗ってくれる道具なんです」
ぽかんとする二人に、紙を見せながら説明する。
「箱の中に服と水、洗剤を入れます。箱にふたをして起動すると、中の水が動いて洗濯物を洗ってくれるんです。洗い終えたら、今度は洗濯物の水分を飛ばすようにしたくて……」
言葉を切って様子をうかがうも、誰も何も言わない。
「それであとは干すだけ。みたいな……難しいですか……?」
説明し終えても二人はしゃべらない。それどころか頭を抱えてしまった。
(おかしなことを言いすぎて、困らせちゃったかな……)
だんだん心が重くなっていく。
謝って帰ろうと思ったとき、バン! と机を叩いてハナちゃんが立ち上がった。
思わず肩を跳ねさせると、ハナちゃんが声を震わせた。
「なにそれ……ありえない。そんな……そんな道具…………大ヒット間違いなしじゃない!!」
呆気に取られる私をよそに、二人は大興奮で話し始めた。
「お兄ちゃん! 何が必要!? 絶対に作ろうこれ!!」
「待って、まずは設計図の見直しが必要だ。これじゃ服があまり入らないし聖石にどんな効果を与えるかも重要だ。少なくとも二つの動作が必要だからね」
「じゃあさ、ここの部分をもう少しこうしたら……」
「いや、それじゃ効果が弱い。それならここを……」
完全に置いてけぼりの私は、設計図が勢いよく書き直されていく様子をぼーっと眺めていた。
「よかったね」
嬉しそうな声が隣から聞こえてきた。
隣を見るとハルジュ様が笑っている。
「はい……」
ハルジュ様の笑顔を見て、ようやく実感が湧いてくる。
(癒しだけじゃない。わたしにも、できることがある……)
そう思えた喜びが、心を満たしていった。
あっという間に試作の構想が決まり、最後に費用について相談すると、二人は口を揃えて「お金はいい」と言った。
「その代わりさ、これ、販売しようよ! 絶対に売れるから!! 制作費は売上の中からもらうから」
生まれながらの商売人らしいハナちゃんが、目をギラ……キラキラさせて手を上げた。
「えっと、これなんですけど……権利をお譲りするので、街の人が安く買えるようにしてもらえませんか?」
私がそう言うと、ハナちゃんが目と口を大きく開けたまま手を下ろした。
「リナリエさん、人が良すぎるよ……。若様、ちゃんと見てなきゃだめだよ。すぐ騙されるよ、こういうタイプ」
「そのつもりだ」
二人が深くうなずき合っている。二人の意見にはどうも納得いかないけれど、街の人には破格の値段で販売すると約束してくれた。
試作ができたら連絡をくれることになり、次は仕立て屋に向かうため、お店を後にした。




