27 実験を始めましょう
私たちは修道院の裏手にある畑だった場所に、スコップを持って立っている。
参加者は私、ハルジュ様、なぜか帰らない配達員のタスクさんとその息子のフロム君。
「いやあ、今日はこれで配達は終わりなんでね。おもしろそうなんで参加させてください!」
男手が二人も借りられるのは正直ありがたい。次期辺境伯様に畑仕事をさせてもいいのか、という話だけれど、本人がやる気に満ちているのでやめてとは言えない。
私たちは白石に囲まれた場所の土を掘り起こし、三つの穴を作った。
そして穴の一つに、父に送ってもらった動物のふんから作った堆肥を入れ、掘った土と混ぜ込んだ。
「堆肥の実験は……すでに大伯父上がやっているんだ」
私が何をしたいかわかったからか、ハルジュ様は申し訳なさそうに声を潜める。
辺境伯様の研究書に書いてあったので実験済みなのは私も知っていた。
「はい、ここは確認用です。植物がどういう状態になるのか、実際に見てみたくて。実験するのはこちらです」
私は二つ目の穴に黒の森の落ち葉を敷き詰めた。ここ一か月、森の外を散歩しながらせっせと集めていたのだ。
十分敷き詰めたところで父に頼んでいたものを袋から取り出した。
「これは!! …………なんだぁ?」
タスクさんが気が抜けたような声を出す。
(あんなにたくさんの袋を頼むからには、少しはいいものが入ってると思うよね……)
私は苦笑しながら答えた。
「これは……米ぬかなんです」
ふと、前世の父の声がよみがえってきた――
◆◆
――前世の両親の趣味は植物を育てることだった。
休日になると父は家庭菜園、母はガーデニングを楽しそうにやっていたのが懐かしい。
『いいか凛々、植物を育てるには土が大事なんだ。土に元気がないと植物はうまく育たない。植物を育てたいなら、まずは元気な土を作らないとな』
『どうやったら元気になるの?』
『土の中にいる微生物に餌をあげて、土に栄養を蓄えてもらうんだ。雑草を餌に使えば片づけもできて一石二鳥だろ?』
『わたしもやる!!』
そこで父から教わった、草と米ぬかを使った堆肥の作り方。世界を変えるような知識なんて持っていないけれど、そんな家族との何気ない思い出が、挑戦するきっかけをくれるなんて――
◆◆
私は畑に向き直った。
この辺境で唯一、森の植物だけが成長する。きっと土の中の聖霊が元気な証拠だ。
それなら森の植物で堆肥を作ったら……? 森で蓄えた栄養たっぷりの堆肥を使えば、聖霊が元気になってほかの場所でも植物が育つようにならないだろうか――。
大地にいる聖霊が元気になる土作りに挑戦する。それが私の計画だった。
辺境伯様の研究書には、辺境の植物で堆肥を作る実験についての記述はなかった。まだ試したことがない可能性が高い。
私は敷き詰めた真っ黒な落ち葉の上に水をまき、湿らせてから米ぬかをまいた。前世の父の見よう見まねだから、分量なんて適当だ。
それからハルジュ様に集めてもらった森の土を被せる。森の土の中にいる元気いっぱいの聖霊にも手伝ってもらおう、というちょっとした思いつきだった。
それを何回か重ねて、最後に畑の土を上に被せてふたをする。これで落葉の堆肥の仕込みは完了だ。
私たちが作業をしている間、フロム君は畑の隅にあるベンチに座っておとなしくしていた。
ときどき上を見てきゃっきゃと声を上げている。あの子には本当に聖霊が見えているみたいだ。
一度休憩するため、食堂から水を持ってきてハルジュ様とタスクさんに手渡し、私も水を手に近くのベンチに座った。
タスクさんがフロム君の方へ歩いていくと、ハルジュ様が私の隣に座って水を一気に飲み干した。
「うん。おもしろい……。森の植物を使って堆肥を作ろうだなんて、考えたこともなかった大地にいる聖霊に栄養を与えて土を元気にしようなんて……本当に君らしい考えだね」
やっぱりまだやったことがない実験みたいだ。
私は「マザーの話を聞いてたまたまひらめいたんです」と強調したけれど、ハルジュ様に突っ込まれないかとひやひやした。前世の思い出から聖霊を微生物と一緒だと考えたなんて……とても説明できない。
「土作り、試してみる価値は大いにある。私も協力させてくれ」
ハルジュ様は新緑の瞳を輝かせる。
「成功する保証はないですよ……?」
「どうせほかに打てる手はないんだ。やれることはなんでもやってみたい」
ハルジュ様の決意に満ちた真剣な表情に、私はうなずいた。
「わかりました。ご協力お願いします」
「ありがとう!!」
「ひぇっ!!」
突然両手を取られ、ぎゅっと握りしめられた。
固く握手を交わすハルジュ様の手から熱が伝わってくる。
(土だらけの姿で熱意を燃やす推しは今日も尊い…………って、ハルジュ様の服、土まみれじゃない!?)
いつもの高そうな上着を羽織っているのに気がついて、私は大慌てでハルジュ様に訴えた。
「ハルジュ様!! きれいなお召し物が!!」
「え? ああ、別にいいよ。たいした服でもないし、洗えば落ちるだろう」
ハルジュ様はどこ吹く風だ。その言葉に、私はどうしても言わなくてはならなかった。
「いいえ! 洗濯をなめてはいけません。汚れた服を洗うというのは、それはそれは本当に、ほんとーーに大変なんです!」
私は洗濯の大変さを真剣に諭した。
私の説得が効いたようで、ハルジュ様も「わ、わかった。これからは汚れてもいい服で来る」と約束してくれた。
よかった。経験者は語るのだ。
休憩後、最後の堆肥作りに取りかかる。
これが一番の本命だ。私は穴の中に森で採取した薬草を敷き詰めた。
これは三人で森に入ったあの日、聖霊と一緒に採取した薬草だ。採取したのはひと月も前だけど、薬草は今もみずみずしさを保っていた。
こちらも落葉堆肥と同じように、薬草と米ぬか、森の土を何層にも積み重ね、畑の土でふたをした。
あとはときどき様子を見て、葉が分解されて完全に土になったら完成だ。
ここまでやってはみたものの、堆肥が本当に完成するのかどうかすらわからない。
それでも……この実験をやり遂げることこそが、私にとってとても大切な意味を持つ気がした。
「結果、楽しみにしてるんで!」
「ねーねとわかたま、ばいばーい」
作業を終え、タスクさんとフロム君は空になった荷馬車で街に帰っていった。ハルジュ様と二人で手を振って見送り、はたと思い出す。
「……ハルジュ様、結局なんのご用だったのですか?」
私がたずねると、ハルジュ様は表情をあらためた。
「一か月、黒の森を騎士団で見回ったが、一匹の動物とも遭遇しなかった。リスや小鳥ですらね。怖い思いをさせてしまったけどもう大丈夫だ。明日から森への出入りを許可するよ」
あの日の黒犬の目を思い出して、体が勝手に身震いする。あんな思いはできればもう二度としたくない……。
とりあえず森に平和が戻ったようでよかった、と深く息を吐いた。
「あら、二人揃ってどうしたの? 土だらけじゃない」
出かけていたマザーがちょうど戻ってきた。私たちの姿を見て丸くした目は、すぐに細められた。
「明日は洗濯にとっても時間がかかりそうねぇ」
「うあぁ……」
思わずうめき声が漏れる。げんなりしている私を見て、マザーが名案だとばかりに声を弾ませた。
「ねえねえ、前に言ってたセンタクキ、本当に作ってみたら?」
「え? 洗濯機、ですか……?」
「そう、洗濯が楽になる道具なのでしょう? 絶対にみんなの役に立つわよ。今のあなたなら、やってみたいと思うでしょ?」
やっぱりマザーはすごい……今の私の想いをよくわかってる。
前は言えなかったけれど、今は迷わず言える。
「……わたし、作ってみたい」
失敗してもいいんだ。
どんなことも、やってみなくちゃ始まらないのだから。
「では私が腕のいい道具屋を紹介しよう」
(しまった……)
隣にいる好奇心の塊みたいな人が、キラキラした目でこっちを見ている。「センタクキってなに?」と言いたくて、うずうずしている表情が隠しきれていない。
「……よろしくお願いします」
詳しく説明を求められる前に、すばやく服従の意思を見せることにした。私の力ではハルジュ様を言いくるめることはできない……。
こうなったらやけだと思い、ついでに仕立てたい服があると相談した。
「仕立て屋か。うーん……いるにはいるけど……」
珍しくハルジュ様が言葉を濁している。
最終的にハルジュ様が絶対に一緒に行く、という条件で紹介してくれることになった。
(気難しい人なのかな……さっき思いついた服なんて相手にしてもらえないかも。だめだったら別の方法を探そう)
二回目のお出かけが決まった。




