24 追放された聖女【ハルジュ】
三章ラストです!
<ハルジュ視点>
領城に戻り、私は今日の出来事を大伯父上に報告するため、廊下を進んでいた。
黒の森で夢中になって薬草を採取する姿。
黒犬から身を挺してマザーを守ろうとする勇気。
怪我をした私たちを必死に癒すリナリエの様子を思い出す。
(あの小さな体に秘めた強大な力……彼女はいったい何者なんだ?)
私は彼女との旅を思い返した――
◆
王都から辺境までの旅の間、私はリナリエを観察し、彼女の目的を見極めようとした。
しかしリナリエは私の想像以上に不思議な令嬢だった。
彼女はよくいる貴族たちのように、王弟である私の地位や権力を求めて近づくことはなかった。逆に私が近づくと離れようとするくらいだ。自ら荷馬車に乗り込もうとしたときは驚いた。
庶民が使うような宿でも文句ひとつ言わず、果てには小さな集落の木の板同然の寝台や、野営さえも不満をあらわにすることはなかった。
彼女はどうも自分を貴族令嬢と認識していないように思えてならない。所作のひとつひとつは美しく、由緒正しい貴族の生まれを感じさせるのに、振る舞いや考え方が庶民のそれなのだ。
だからこそ彼女の言動から目が離せなかった。いったいどのような道をたどればあのように育つのか……。
聖霊に異常に好かれていることも含めて、旅を始めたころはそんな不思議な彼女に、強い好奇心と少しの警戒心を抱いていた。
――侯爵領での出来事は完全に私の落ち度だった。
私の目の届かないところでリナリエがどんな行動を取るのか、少し試すつもりで街の散策を提案したのだ。その結果、彼女は自分の力を恐れるようになってしまい、心を閉ざした。
彼女の実家に寄ったのは罪滅ぼしでもあった。母親の腕の中で子どものように泣きじゃくっていた彼女を見て、私は自分を恥じた。
王都を追放されたといってもおかしくない状況を簡単に受け入れた彼女なら、何があっても案外平気なのではないか、と思ってしまっていた。
彼女を見極めようとしておきながら、彼女のことを少しも理解できていなかった。
とっさに後見人を申し出たのは、つらい思いをさせてしまった彼女への詫びと、私も何か彼女の力になれることがあればと……そう考えたからだ。
家族の支えもあって、彼女はまた明るい表情を見せるようになった。再び目を見て話をしてくれるようになったときは本当にほっとした。
彼女は初めから一定の距離よりも内側には踏み込んでこようとしないため、非常に気楽ではあった。私に興味を持たないことを喜んでいたはずなのに……それではおもしろくないとも感じ始めていた。
……彼女といる時間が心地よいものに変わったのはいつからだろうか。
――修道院で生活するようになって、リナリエはいきいきとし始めた。辺境の暮らしにすぐになじみ、日々奉仕に励んでいるという。
リナリエには言えていないことがある。
彼女の思い込みを曖昧なままにして連れてきてしまったが……本当は許しが必要な罪など、初めからない。彼女を辺境で保護するためにもっともらしい理由をつけていただけだ。
だから修道院での奉仕も本来は必要ない。いつでもここから出ていくことができる。
しかしこの話をしてすぐに辺境を出ていきたい、と言われることを想像すると……なぜか伝えられない。
王都で聞いていたよりも溌剌と暮らす彼女の姿を見ると、このままでもいいのではないか……そんな身勝手な考えが頭をよぎる。
私の方がよほどひどいことをしているのはわかっている。でも……
王都ではまだ魔女の噂が広がり続けているそうだ。
もう少し……ここで私が守っていた方がいいだろう。
◆
私は頭を切り替え、大伯父上の部屋の扉をノックした。
「大伯父上、至急のご報告があります」
「どうした?」
突然の訪問だったが、大伯父上はちょうど起きていたようで中に通された。私は前置きをせずに今日起こったことを報告した。
「今日、リナリエとマザーと三人で薬草採取に森に入ったのですが……不審な獣に遭遇しました」
「なに?」
大伯父上の顔つきが変わった。
「獣は仕留めましたが、真っ黒な犬……おそらく以前は猟犬だったものと思われます」
その言葉に大伯父上は口の端を歪めた。
「獲物もいない黒の森で狩りをしていて逃げ出したと? そんな愚かな領民は辺境にはいないだろうな」
「はい。大伯父の考えどおり領外から来たものでしょう。それにあきらかに異様でした」
髭を片手でなでながら思案する大伯父上に、黒犬の状態を詳しく説明した。
「あの犬は理性を失っており、人を襲うことに迷いがありませんでした。そして……対峙しているとき、そいつから魔の気配を感じた」
「!? 魔獣か!」
「おそらく。恥ずかしながら油断していたこともあって手こずってしまいました」
剣の師匠である大伯父上に自分の情けない結果を報告するのは堪えるが……それならばもっと強くなるしかない。
「その犬はどうした」
「倒した途端、砂のように崩れて消えました」
「そうか……至急調査を進めなければ。侵入者の正体と目的はなんなのか」
あの犬がいつから森に住み着いていたのかはわからないが、魔に取り込まれ魔獣となった理由があるはずだ。
もっとも疑わしいのは犬の主か……
「速やかに騎士団で調査部隊を編成します」
「頼んだよ。それで? 三人とも怪我はなかったのか?」
「……それが」
私はすぐに返事ができなかった。リナリエの力のことをどう説明すべきか……。
しかし辺境にいる限り、彼女を守るのは私の役目だ。まっすぐ大伯父上に向き直った。
「襲われたマザーが足をくじいてしまいました。私も腕に傷を受けたのですが、リナリエがその場で聖術を使い、すでに私もマザーも完治しています」
「二人同時とは……さすが癒しの聖女だな」
私は大伯父上から目をそらさずに告げた。
「大伯父上。彼女の力は強大です。私は二度その力を受けましたが……。あの力は魅了でも……癒しでもないように思うのです」
おそらくマザーも気づいただろう。彼女の力は単なる癒しの力ではない。傷が癒されていく感覚だけでは説明がつかない、身体の奥底からとてつもないエネルギーが湧き上がるのを感じるのだ。
「彼女は危ういところがある。無意識でしょうが……自分を犠牲にしてでも、人を助けることにためらいがない。彼女の力について、もう少し様子を見る必要があると思います。少なくとも……王都での噂がおさまり、彼女が傷つくことがなくなるまでは……この辺境で守ってやりたい」
私の言葉を聞いて大伯父上は眉間にしわを寄せた。
「その間、お前が責任を持つということだな。もし、彼女の力が辺境を危険にさらすものだったら?」
「それはありえません。聖霊と私が断言します」
私が強く否定すると、大伯父上はしばらく黙ったあと、ふっと笑った。
「お前が思うようにすればいい。次期辺境伯として正しい判断を忘れないようにな」
「ありがとうございます」
張り詰めていた部屋の空気がゆるみ、大伯父上の口調が穏やかなものになる。
「それにしても、ずいぶんと気にかけているみたいだなぁ。聖霊にしか心を許さないお前が」
「彼女は聖霊に好かれている。それだけで信用に足ります」
「それだけ、か……。彼女がお前の頑なな心を開いてくれればいいんだが。ハルジュ……お前はお前なりの幸せを考えてもいいんだよ。別に聖霊だけを拠り所にする必要はないんだ」
大伯父上は幼い子どもを心配する親のような顔をしている。
しかし――
「私は聖霊とともにあることが自分の幸せだと思っています。誰とも添わず、聖霊に生涯を捧げる大伯父上のように」
「……私の場合はたまたま好い人にめぐり会えなかっただけなんだがなぁ……」
「? 何か言いましたか?」
「……まぁ、まだ人生は長い。お前自身の幸せについて、ゆっくり考えていきなさい」
大伯父上はゆっくりと息を吐いて体を横たえた。そろそろお疲れのようだ。
「ありがとうございます。では、急ぎ黒の森の調査計画を立てようと思います」
私は大伯父の私室を後にし、執務室へと戻った。
リナリエが癒してくれた腕を見つめていると、彼女が髪留めと絵本を抱きしめながら見せてくれた笑顔が思い浮かんだ。
大伯父上には言えなかったが、彼女が植物を育てようとしていることには気がついている。今日の薬草や森の土も何かに使うのだろう。
うまくいかないとわかっていても、自分ができることに懸命に取り組もうとしている彼女を、もう少し見守ってやりたい。
そうだ、まだまだ彼女についてはわからないことが多いのだから――。
ここまで読んでいただきありがとうございます⟡.*
次回から第四章 リナリエの挑戦編です。
リナリエの行動範囲が広がり、新しい出会いも待っています。
ハルジュ様との距離も少しずつ縮んでいき……
引き続きお楽しみください(*^^*)




