22 黒の森で薬草採取
ついに黒の森へ入る日がきた。
「おはよう。今日はよろしく」
森に入る準備をしていると、ハルジュ様が爽やかな笑顔とともにやってきた。
まぶしい朝日とハルジュ様の笑顔……なんとありがたい組み合わせ。心の中でそっと感謝の祈りを唱える。
今日の薬草採取は護衛役としてハルジュ様が付き添ってくれることになった。今までマザーが薬草採取のために森に入るときも、辺境騎士が護衛をしていたそうだ。
「黒の森に獣は住んでいないから危険はないけど、女性だけで入る場合は騎士団の護衛をつけるルールだ。まあ実際のところは、より多くの薬草を持って帰るための荷物持ちだね」
ハルジュ様は手慣れた様子で荷車に籠や袋を積み込んでいく。
たしかに……男手はどうしても必要になる。
「今回は私が同行する。君の後見をしているからには、君に何かあったら困るからね」
ハルジュ様は後見人としてなのか、私のことをなにかと気にかけてくれている。罪人としてここに来たはずなのに……不謹慎にも、この生活を望んで受け入れている自分がいた。
(こんなんじゃ、反省しているとは言えないよね。創世神様に許しをもらわないといけないのに……)
ハルジュ様が荷車を引き、三人で黒の森の入口に向かった。
初めて間近から見た森の木々はどれを見ても真っ黒で、森の外から中の様子は暗くて何も見えない。朝なのに、闇が口を開けて待ち構えているような不気味さだった。
飲み込まれたらもう戻れない……そんな気がして、思わず立ち止まってしまった。
(そういえばランプは?)
そうたずねようとしたけれど、二人はランプを持たずに森の中に入っていく。
「あのっ! ランプはないんですか?」
森の入口で二の足を踏む私を見て、マザーはにっこり笑って手招きをした。
「リナリエならもう大丈夫よ。こちらにいらっしゃい」
マザーがあまりにも気軽な感じで言うので、思い切って森の中に足を踏み入れた。
――途端に景色は一変する。
外からは暗闇にしか見えなかったのに……木々は真っ黒なままなのに、大小さまざまな光の玉が森の中をキラキラと照らしていた。森の中はまるで太陽の下にいるみたいに明るい。
光の玉を見ていると、それらは縦横無尽に動き回っている。特に二人の周りにはまぶしいくらいに光が集まっていた。
この光には見覚えがあった。
牢の中で最初にハルジュ様の周りに見えた光……あのときは自分の妄想が見せた光だと思っていた。
そして、聖堂で祈りを捧げているときに見る光。
最初はほんの少ししか見えていなかったけれど、今では聖堂内ならはっきり見えるようになった。
「……聖霊の、光?」
呟いた私の言葉を聞いて二人は笑う。
「リナリエの周りは聖霊が集まりすぎだ。まぶしすぎて君が見えないよ」
そう言われて自分の周りを見た。たしかにほかの場所よりも明るいかもしれない。
手のひらを上にして目の前に広げると、ふわっと光が手のひらに乗った。
ほんのりと温かく感じる光をじっと見つめていると、光の中に小さな人のシルエットが見えたような気がして驚いた。
「今光の中に、小さな人影が……!」
「あらまあ」
「君はそこまで見えるのか……」
(……?)
二人が揃って驚いたような声を上げるので、信じていればみんな見えるようになると思っていた私は首を傾げた。
聖霊の光に照らされた森の中を進む。
この森の木々は黒一色なのに、地面に生えている薬草はみずみずしい緑の色を保っていた。
どれだけ採っても翌日には新たな薬草が生え揃っているうえに、広大な森なので薬草が尽きることはないそうだ。
「この森の薬草は聖霊の光でしか見つけることができないの。聖霊の光がなければ森の中はただの暗闇。術具の明かりを使って探しても影すら見えないわ。闇雲に手探りしても触れることさえできない」
(こんなに青々と生えているのに……)
森の中を歩きながら二人の話に耳を傾ける。聖霊の不思議な力には驚かされてばかりだ。
「マザーの言うとおり。だから薬草採取は聖霊が見える人しかできないんだ。そんな人間は今では辺境の民くらいしかいないから、よそ者が勝手に採取することは不可能なんだよ」
「そうそう。たとえ聖霊が見えている人に採取させようとしても、あっという間に聖霊は見えなくなるから。聖霊は人の善悪の心をちゃんと見ているわ」
「そうなんだ……」
(じゃあわたしが正しい心を失えば、聖霊は離れていくのね……)
そう思うと少し怖かった。でも同時にほっとした。
(聖霊がわたしの心を見ていてくれるなら、もしわたしが魔女になったら……すぐにわかる)
開けた場所に荷車を停め、持ってきた籠を抱えて薬草を採取していく。
「このまっすぐで少し黄色がかった葉が傷に効く薬草ね。この隣の丸くて小さい葉が解熱用」
マザーが薬草を手に取りながら教えてくれる。私は街で買った薬草図鑑と照らし合わせながら、マザーが教えてくれることを図鑑に書き込んでいった。
採取した薬草で籠がいっぱいになると、荷車に戻り持ってきた袋に種類ごと詰め直す。
ハルジュ様はさすが次期辺境伯だ。辺境の薬草はすべて頭に入っているようで、私の倍の速さで薬草を採取している。
私も負けないようにと何度も籠をいっぱいにしては、荷車に戻って袋に詰め直す作業を繰り返した。
予定より早く目標分の採取を終えたので、私は自分が必要としている薬草を追加で採取することにした。植物を育てる計画に使う予定の栄養価が高い薬草や滋養にいい薬草だ。
自分で使うためだけの採取だ。聖霊に認めてもらえないかもしれない……と一瞬ためらった。
(でも、ここで諦めたくない……)
おそるおそるマザーに採取したい薬草を伝えると「あら、聖霊が教えてくれているわよ」と、聖霊の集まる場所を指差した。
「あの薬草、聖霊のお気に入りみたいなのよね。私にはあなたにプレゼントするって言っているように見えるけど」
聖霊の集まっている場所に近づくと、光の玉は跳ねるように上下に揺れた。
「もらっていいの……?」
そう聞くと、今度は一斉に薬草の上でくるりと輪の形になって回り始めた。その様子が無邪気な子どものように見えて、胸の奥がぽかぽかと温かくなっていく。
(いいよって、言ってくれているのかな……)
「ありがとう」
私はお礼を言って、聖霊が作る輪の下に生える白い小さな花をつけた薬草を採取した。
聖霊のお気に入りだという栄養薬に使われる薬草は、この世界でよく見かける野花に似ていた。
籠に入れて立ち上がると、あちらこちらに光の輪ができている。
「ふふふっ。聖霊が薬草の場所に目印をつけてくれているわねえ。全部持って帰りましょう!」
マザーと私は手分けをして、聖霊の輪の下にある薬草をたっぷり採取していった。




