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21 はじめての街へお出かけ

 マザーに相談した日から二日後。

 

 今日は午後から街へお出かけだ。

 久しぶりに修道服ではなく洋服に袖を通す。


「よしっ」


 今日は白のブラウスに淡い水色のベスト。下は明るいベージュのスカートと、旅で履いていた茶色のブーツ。ショルダーバッグの中には二通の手紙とハンカチ、自分のお小遣いを少し入れた。


 案内人さんが迎えにきてくれるので、修道院の前でどきどきしながら到着を待った。


 時間どおりに馬車がやってきた。

 いたって普通の馬車だけど……この御者にはどうも見覚えがある。御者がこちらに気づいてにこっと笑う。私も引きつった笑みを返した。


(まさか……)


「リナリエ、久しぶり」


 十日間の旅で慣れたと思っていた。

 しかしそれは甘い考えだったということを思い知る。


 馬車の扉が開き、中から降りてきたハルジュ様は今日も神々しい輝きを放っていた。


 ひと目で上質だとわかるレザーのベストと爽やかな白シャツ。首にはスカーフを上品に巻いている。腰にはおなじみの剣を下げ、極上の微笑みをこちらに向けてきた。


 久しぶりの推しのオーラを直接浴びてしまった私は、めまいを起こしそうになりながらも挨拶を返した。


「お……お久しぶりです……。ひょっとして、ハルジュ様が案内の方……でしょうか……?」

「私は君の監視役だからね。街へ行くならもちろん一緒に行かなくては」


 ハルジュ様は得意げに言うけれど……彼への耐性がリセットされてしまった私の心臓に、ふいうちは負担が大きすぎる。


「いえ、お手を煩わせるのもあれなので、監視は別にほかの方でも……」

「ん? どうしたの?」

「……今日はよろしくお願いします」

「よかった。じゃあ行こうか」


 ハルジュ様の手を取り馬車に乗り込んだ。徒歩で一時間かかる道のりも馬車ならあっという間だ。

 馬車という旅で慣れ親しんだ環境が良かったのか、すぐに緊張は解れていった。


 今日の行き先を告げていたので、馬車は街の郵便局前で停まった。


 郵便局の中に入ると、私は「伝書鳥窓口」と書かれた案内板の方へ向かった。

 近い場所やゆっくりでもいいなら料金の安い荷馬車郵便でいいけれど、今回は追加料金を払って伝書鳥便を使う。


「これって何に使うんだい?」


 私は罪人としてここにいるので、ハルジュ様にも検閲をお願いした。彼は私が父に宛てて書いた手紙を確認し、今回送ってもらう予定のものについて首を(かし)げた。


「ええと、これを使ってやりたいことがあるんですが、失敗するかもしれないので……まだ秘密。っていうのはだめですか……?」


 おそるおそる聞いてみると、ハルジュ様は「うーん」とうなってからうなずいた。


「いいよ。危険はなさそうだし。君がやりたいことを見つけたなら、止めることはしないよ」

「あ、ありがとうございます!」


 行商へ送る欲しいものリストの手紙も合格をもらい、二通とも窓口に預けた。


 行商の手紙に書いた種のことを聞かれると思ったけれど、何も聞かれなくてほっとした。

 ハルジュ様にはもう少し準備ができてから報告したいから……。




 今日の目的は達成してしまったため、ハルジュ様に街を案内してもらうことになった。


 街で最初に目に飛び込んでくるのは建物の色だ。屋根や壁はさまざまな色に彩られ、きれいな絵や模様が描かれている建物もあった。


「領都は色が寂しいからね。街が明るくなるように、建物に色を塗るようになったんだ」


 私が街並みに見惚(みと)れているとハルジュ様が説明してくれた。花や緑の代わりに、とみんなで考えたそうだ。

 辺境に暮らす人たちの想いが街を通して伝わってくる。


(辺境の人たちは、生きることを諦めていない……)


 街の中央広場では市が開かれていた。王都や侯爵領で見たものより規模は小さいけれど、店主の明るい声が飛び交っている。

 領境の街で採れた野菜や他領から仕入れた食材、日用品や雑貨なども売られている。


 中でも多いのは薬草や薬を取り扱う店だ。


「以前も話したけど、辺境領の主な収入源は黒の森で採れる薬草だ。国の事業として他国にも輸出している。薬草についてこの国の辺境に敵う場所はないよ」


 ハルジュ様は誇らしげに教えてくれた。

 アズロア王国は農業大国であり、治癒術や薬学の先進国でもあることは知っていた。けれど、辺境の薬草が国を支えているのは知らなかった。


「領都で生活する領民は薬草採取をする人や薬草を扱う商人、調薬を仕事としている人が多い。この辺境では薬屋が治療院の役割も果たしているんだ」

「じゃあ領都には、聖術を使う治療院はないのですか?」


 国民すべてが聖術の治療だけに頼ることはできない。薬の重要性はいうまでもないけれど、普通大きな街なら一軒は聖術を扱う治療院があるはずだ。


「昔は聖術の治療院もあったらしいけどね。黒の森になってからは、治療系の聖術を持つ者は辺境に来ることがなくなってしまったそうだ」

「そうなんですか……」

「だから、癒しの効果を持つ聖術はここでは貴重なんだ。薬術治療の効果は折り紙つきだけど、薬だけでは完治までに時間がかかるからね。どうしても困ったときは……領民の力になってくれると嬉しい」

「……はい。わかりました」


 もう怖がってばかりいるのはやめよう。まだ不安はある。でも苦しむ人たちを見捨てるなんて……やっぱりできない。


(それに、もしものときは……きっとハルジュ様が止めてくれる)


 私は今度こそ、ハルジュ様の言葉にうなずいた。


 さらに市を見て回っていると、雑貨やアクセサリーを売っているお店があった。もともと高価な装飾品を身につけることは少なかったけれど、可愛い雑貨やアクセサリーは好きだった。


 商品を見ていると、ひとつの髪留めが目に留まった。


(……どうせ修道院では使わないし、贅沢(ぜいたく)は厳禁。辺境には遊びにきているんじゃないんだから)


 私は償いに来ているのだ。創世神様と聖霊王様に欲に溺れるところを見せてはいけない。


 髪留めから視線を外し、そのまま広場を一周して、何も買わずに市を後にした。 


 最後にハルジュ様にお願いして本屋に案内してもらった。大きなお店ではなかったけれど、辺境にちなんだ書物がたくさん並んでいた。

 

 じっくりと吟味し、『初心者でもわかる! 辺境の薬草図鑑』と『~多忙な新婚さんにオススメ~超簡単なのに本格手料理(入門編)』を選んだ。

 

 会計に進もうとしたとき、古書の棚で一冊の本が目に入った。


 少しくたびれたその本は装丁も簡素で手作りのようだった。なんとなく手に取り、本のタイトルと著者を見た。


「『辺境の地質と聖霊の森の異変に関する調査』、著者・ジュスト・ドルク・レストラーシェ……」


(辺境伯様の書いた本……?) 


 表紙をめくり中を確認すると、抜けも破れもなくきれいな状態だった。私は迷わず辺境伯様の研究書を購入する本に追加し、会計を済ませた。



 

「手を出して」


 帰りの馬車の中で、ハルジュ様から紙袋と小さな箱を渡された。


「初めての領都散策のお土産」

「え!?」

「もう受け取ったからね。申し訳ないので受け取れません、ってのはなしだよ」

「あ、ありがとうございます……」


 満足げにうなずくハルジュ様の前で紙袋を開けてみる。

 中には一冊の絵本が入っていた。


「その絵本は辺境の民が子どものころに必ず読む童話だ。聖霊王と聖霊の森のお話だから読んでみて」

「……!! ありがとうございます!」


 緑の森の中で男の子と女の子が手をつないでいる可愛い挿し絵の表紙をしばらく眺め、膝の上に置いた。


 次に小箱の方を見た。箱には淡い水色のリボンがかけてあった。


 今日のハルジュ様のスカーフの色に似ている。


 リボンを解いてバッグに入れ、そっと箱を開けてみた。


「えっ……これっ……!!」

「欲しかったんだろう? 私も君に似合うと思ったんだ」


 箱の中には、市場の雑貨店で見つけた髪留めが入っていた。

 髪留めをそっと指でなでる。


 それは百合(リリー)の花を模した髪留めだった。

 私の前世での名前『凛々(りり)』の由来にもなった、大好きだった花。


 今世の記憶をいくらたどっても、この世界で百合の花を見たことはなかった。どうしてあそこにあったのかはわからないけれど……この世界で百合の花を初めて見つけて、本当はとても欲しかったのだ。


 涙がこぼれそうなほど嬉しくて……ハルジュ様には気づかれないように、本と髪留めをぎゅっと抱きしめてうつむいた。


 涙をぐっと我慢して、精一杯の笑顔を作ってから顔を上げる。


「ハルジュ様、ありがとうございます……! すごく……すごく嬉しいです! 大切にします!!」

「……っ。 喜んでもらえて、よかった」



 修道院に着くまでずっとプレゼントを眺めていた私は、窓の外を見つめるハルジュ様の耳がほんのり赤く染まっていたことには少しも気づかなかった。

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