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18 修道院暮らしのはじまり

第三章 修道院暮らし編 始まりです(^o^)

 翌朝、朝日が昇る前に目が覚めてしまった私は、もう一度眠る気にもなれずベッドから出た。

 クローゼットを開けるとき、一瞬手が止まってしまったけれど、あまり考えすぎるのはやめることにした。


 今日から修道院での新しい生活が始まるのだから。




 朝のおつとめは朝食作りから始まる。

 昨日のマザーの話を思い出し、身支度を整えてから食堂に向かった。マザーはまだいなかった。


 食料庫をのぞくと野菜とベーコンを見つけたのでスープを作ることにした。卵でスクランブルエッグも作った。


 朝食ができてもマザーが現れなかったので、先に洗濯に取りかかることにした。

 昨日着ていた服を持って脱衣所の裏口から外の洗濯場へ向かう。


(これが正解なのか、わからないわ……)


 洗濯(おけ)に水をくみ、服を洗濯板にこすりつける。

 腕がどんどんしびれてくる。

 力の入らない腕でなんとか水を絞って、まだボタボタと水が落ちる服を物干しにかけた。


「つ、疲れた……」


(手洗いがこんなに大変だったなんて……)


 この世界で洗濯はしたことがない。庶民だった前世も洗濯はスイッチ一つだった。

 初めて洗濯の大変さを味わい、泥の跡がべったり残った服やドレスをピカピカに仕上げるランドリーメイドを心の底から尊敬した。


(でも、ここで暮らす人たちにとってはこれが日常なんだ……)


「あぁー! なんでこの世界には洗濯機がないのよー!」

「センタクキってなあに?」

「えっ!?」


 つい大きめの独り言をこぼすと、返事が返ってきた。びっくりして振り向くと「とてもいいことを聞いた」とでも言いたげな顔でマザーが立っている。


「えっ! あっ! おはようございますっ! 早く目が覚めたのでわたし、朝ご飯と洗濯を……」

「おはよう。食堂を見てきたわ。おいしそうな朝食をありがとう。で、センタクキってなあに?」


 マザーがキラキラした目で洗濯機の話に食いついてくる。これは話さないといけない雰囲気だ……。


「えーとですねぇ……洗濯機というのは、服を勝手に洗ってくれる便利な道具……なーんて、どこかにないかなぁ……なんて。ヘヘへ……」

「まあ! リナリエはセンタクキ、使ったことがあるの?」


 ますます興味を持たれてしまった。


「ええと、すごーく昔に……」

「それは素敵ねえ! それって作れないの?」

「作る!?」


 何でもないことのように言うマザーの提案に声が裏返った。でもマザーの目を見れば、本気で言っているのだとわかる。


「ええ、作るの。だってその道具があれば、洗濯が楽になるのでしょう? みんなの役に立てるじゃない?」

「は、はい。もしそんな道具ができたら……。でもそれを作れるかどうかは……」


(そうだ、洗濯機があれば絶対にみんなの役に立つ。でもそんなの、できっこないよ……)


 言いよどむ私を見て、マザーは優しく微笑んだ。


「簡単には作れない道具なのね。でもまた考えてみて。できないと思っても、やってみると意外とできちゃうこともあるのよ」


 「じゃあ朝食を持って聖堂に行きましょう」と言って、マザーは食堂へと戻っていった。

 私はマザーの言葉を忘れないように心の中で繰り返しながら、食堂へ向かう彼女を追いかけた。


 食堂に戻ると、マザーはスープとスクランブルエッグを器に盛り、パンを添えてトレーに乗せた。

 そのまま廊下の奥の扉から出て、修道院の隣にある円柱形の聖堂に向かう。


 白い石造りの聖堂は近くで見ても美しい曲線を描いていて、建物全体が朝日を受けて柔らかな光を放っている。

 木でできた両開きの扉にはアズロア王国の紋章のレリーフが飾られていた。


 マザーが扉を開けた瞬間――


 聖堂内に光の粒が舞った。

 窓から差し込む太陽の光も重なり合って、聖堂中がきらめいている。


 不思議な光に目を奪われている間に、マザーは聖堂の中央にまっすぐ敷かれた青色の絨毯(じゅうたん)の上を進んでいく。

 私も慌てて中に入り扉を閉めると、聖堂中にあふれていた光はたちまち消えてしまった。


(今の光は……?)


 先ほどの光を探して聖堂の中を見回しながら、マザーの後ろをついていく。


 中央にある通路の両側にはベンチが何列も並び、その先には祭壇が見える。

 一番奥の窓には、青い竜が緑の森の上を飛んでいる姿を描いたステンドグラスがはめ込まれていた。


(青竜と緑の森……アズロア王国の紋章とモチーフが同じ……)


 そしてそのステンドグラスから差し込む光を背負うように、女性にも男性にも見える、髪の長いとても美しい白石の像が立っていた。


「これは……」


 あまりにもきれいな像に見惚(みと)れていると、祭壇にトレーを置いたマザーがふふっと笑った。


「これが聖霊王様よ、美しいでしょう?」


 私は像から目を離すことなくうなずいた。


「さあ、祈りを捧げましょう。今日は私が聖言(せいげん)を唱えるから、覚えてちょうだいね。リナリエならすぐに覚えられるわ」


 そう言ってマザーは祭壇の前にひざまずき、手を胸の前で合わせて聖言を唱え始めた。

 私も祈りの姿勢をとり、マザーの唱える聖言を心の中で復唱する。



 ――生命(いのち)巡りし聖霊と、青き大地に祝福を

 ――我が光を与えし神と、我が光を育てし守護者に大いなる感謝を



 初めて私が聖言を見たのは覚醒(めざめ)の儀のときだった。


 聖術を覚醒させるための特別な道具である『聖具』に、創世神からの神託が聖言として現れたのだ。


 今まで見たことのない言葉なのにすんなりと理解できた。だけど家に帰って家族に話しても、一言も理解してもらえない。「話している言葉がわからない」と言われて、初めて自分が聖言を使っていると気づいた。


 それが聖術を覚醒した者しか認識できない特別な言語だと聞いて、創世神の存在を強く実感したのを覚えている。


 聖言を唱え終わると、マザーは聖堂の掃除を始めた。私も聖堂の中にある椅子や窓をきれいに磨いた。


 掃除を終えてから、マザーに頼まれて祭壇の食器を下げようとしたのだけど……


「中身がなくなってる……!」


 器に盛りつけたはずの食事が消えていた。


「そうよ。聖霊たちの朝ご飯だもの」

「ちょ、ちょっと待ってください……」


 私は混乱していた。

 マザーは当たり前のように話しているけれど……


「せ、聖霊ってご飯食べるの!?」

「聖言を唱えたあとの聖なる力が宿った食事をね。リナリエの作った食事、とても気に入ったみたいね」


 マザーが楽しそうに言うけれど、まったく理解が追いつかない。


「そもそも……聖霊っているんですか!?」


 思わず悲鳴に近い叫び声を上げてしまった。

 マザーは「あらあら元気ねえ」とのんびり微笑んだ。



「そうね。じゃあ今日は聖霊についてのお話をしましょうか」

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