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17 辺境の修道院

 その後、私の聖術についてハルジュ様は何かを言うことはなく、いつもの穏やかな表情に戻っていた。

 私もお礼だけを伝えて、それ以上聞くことはしなかった。


 なんとなく、聞くのが怖かったから。


 今夜は領城に一泊し、ついに明日、この旅のゴール……修道院へと向かうことになった。





 翌日は昼過ぎに領城を出発した。


 城門は東西に築かれていて、馬車は領都の街に続く西門とは反対側……東門を抜け、黒の森の方角へとゆっくり下っていく。

 

 木の幹と山肌しか見えない茶色の丘を切り開くように、まっすぐ延びた石畳の道。その向こう、地平線に広がる異様な光景を初めて見たときのことを思い出した――。




 ◆




 ハルジュ様との話が終わり、辺境領を一望できる場所に案内してもらったときのこと。


 西側の(ふもと)に広がる街とどこまでも続く茶色の大地を眺めてから、アズロア王国の東の最果てである黒の森に目を向けて――ぎょっとした。


 旅の途中で見た木々は茶色い幹がむき出しだったのに、森は木の葉がこんもりと生い茂っている。

 それは地面を覆い隠すほどだった。


 けれど……


(黒い……)


 その葉は漆黒に染まり、地平線の向こうまで一面、黒色で塗りつぶされていた。それがまだ誰も到達したことのない森の果てまで続いているようだという。


「まさに『黒の森』だろう? 私も初めて見たときは怖くなった」


 唖然(あぜん)とする私を見て、ハルジュ様は苦笑した。

 恐ろしいはずなのに、森から目が離せない。


「見た目はああだけど、森の中には貴重な薬草がたくさん生えている。……君ならいずれ黒の森に入れるようになると思うけど、また印象が変わるはずだよ」


 「楽しみだね」と言われたけれど、できれば入りたくないな……と内心びくびくしながら、しばらく森を見つめていた――。




 ◆




 そんな黒の森の手前に、修道院がぽつんと見えた。

 周りに民家はなく、修道院の背後には黒の森が控えている。


 修道院も領城と同じ白い石造りで、飾りけのない四角い建物と円柱形の建物が隣合わせに建っていた。


 学園では建国時代に建てられた歴史的建造物だと教わった。実物を見て、少しは感慨深く感じるかと思ったけれど……。


 背景が黒一色のため、白い建物は恐ろしいくらい浮いて見えた。


 あそこから何かが出てきそうな気がして……。

 春の陽射しの中なのに、背筋に寒気が走った。


 馬車を降りると、ハルジュ様は四角い建物の方に向かった。私もおそるおそるついていく。


 古い建物にしては外観はとてもきれいだった。

 玄関扉の横にある窓から中をそっとのぞいてみた。


 エントランスが見える。


 木の板を張った床は人が住んでいるかのようにきれいだ。


 見回すと、エントランスから左右に伸びる廊下が見えた。


 奥の様子が気になって、右側の廊下に目を凝らした。


 すると突然すうっと……反対側の廊下に、白い何かが通ったのを……目の端が、しっかり捉えてしまった。


(――待って待って、まさか…………幽霊!?)


 私はハルジュ様に駆け寄り、扉を開けようとする彼に叫んだ。


「開けちゃだめ!!」

「え?」


 手を止めてこちらを向いたハルジュ様。

 扉から手を離したのを見てほっとしていると……


 ぎいぃ――――。


 静かに(きし)む音を立てて、扉が勝手に開き始めた。


(嘘でしょ!? 開けてないのに!!)


「出たあああ!!」


 思わず悲鳴を上げてハルジュ様の背中に隠れた。


『楽しそうね……』


 私たちしかいないはずなのに……女の人のささやき声がした。


「うわあぁ! 待ってよ出るなんて聞いてない!!」


 逃げようとハルジュ様の服を必死に引っ張るのにびくともしない。

 顔を上げると、彼はニマニマしながら私を見下ろしていた。


「ちょっ……! 笑ってる場合じゃなくて早く逃げないと!!」


『もう帰ってしまうの……?』


 また女の人の声が聞こえた。


 私は……見てしまった。


 開いた扉の向こう側に……

 修道服を着たおばあさんがいる……。


「ほらあぁ!! 目の前にいるってば!! もしかして見えてないの!?」

「見えてるよ」

「ええ、見えるでしょうね」

「もおぉ…………え?」


 ハルジュ様を見る。

 あいかわらずニマニマ顔まで(うるわ)しい。


 扉を見る。

 あいかわらず修道服を着た優しそうなおばあさんが立っている。


「………………。あの、はじめ、まして……?」


 二人に大笑いされ、私はしばらく顔の熱が引かなかった。




 まだ肩を震わせているハルジュ様の後ろについて、修道院の応接室へとやってきた。


 こじんまりとした室内で水色のカーテンが風に揺れている。最低限の家具が整えられた明るい部屋だった。


 シスターはソファに座るよう促し、お茶を三人分淹れて戻ってきた。彼女もソファに座ると、ハルジュ様はようやく笑うのをやめてくれた。


「こちらはシスター・モリノ様だ。私たちは敬意を込めて『マザー』と呼んでいる。マザーは私が生まれるよりもずっと前から、この修道院を管理してくれているとても偉い方だよ」

「偉くはないわ。私は聖霊にお仕えしているただのシスターだから」


 マザーは辺境伯様より少し若い……七十歳かそれより少し手前くらいに見える優しい顔立ちをした女性だった。


 白い修道服に水色の頭巾。


(追放シーンで着る衣装と、同じデザインだ)


 瞳の色は透き通るようなカナリア色で、一瞬、私の瞳の色と同じように見えてどきっとした。


「先程はすみませんでした……。わたしはリナリエ・メルダールと申します。本日よりお世話になります。なんでもお手伝いしますので、よろしくお願いします」


 深く頭を下げた私に、マザーは朗らかな声を上げた。


「可愛らしいお嬢さんだこと。私ももう歳だから頼りにさせてもらうわね」

「またまたご謙遜(けんそん)を」

「なあに坊や?」

「いえいえ、別になんでも」


 仲が良さそうな二人を見て、私は気が抜けてしまった。


 辺境には何もないと思っていた。

 これからずっと、孤独な生活を送るんだと思っていたのに。


(わたし、今日からここで暮らしていくんだ……)


 スカートをそっと握りしめ、室内に吹き込んできた春の風を大きく吸い込んだ。




 それからハルジュ様は「また来るよ」と言って領城に戻っていった。どうやらときどき顔を見にきてくれるらしい。


 本当に、私の考えていた「孤独な生活」とはまるで違う。


(悪役ヒロインの結末の説明は、一文だけだったから……)


 でも、これからどうなるかはまだわからない。油断してはいけない。

 だってここは……ざまぁルートなんだから。


 私はあらためて、家族の元に帰ることだけを考えようと決意した。


 その後、マザーは私が使う部屋に案内してくれた。


「昔は何人もシスターが暮らしていたけどね。もう何十年も私だけよ」


「あの、失礼なことを聞いてしまったらすみません。マザーは、その、何かの罪を……? ここに何十年もひとりって……つらくはなかったですか……?」

「ふふふ、いいえ。私は聖霊にお仕えしたくてここにいるの。だから寂しいと感じたことは一度もないわ。それに今日からはリナリエも一緒でしょう?」


 マザーは気を悪くすることなく私を歓迎してくれた。そんなマザーを私と同じように罪人だと思うなんて……ひどい勘違いをしてしまい恥ずかしくなった。


 私が使う部屋は南側に面した明るい部屋だった。

 応接室と同じ白壁に木の床、窓には水色のカーテン。家具もひととおり揃っていた。


「クローゼットに修道服があるから、それに着替えたらまた応接室にいらっしゃい。建物の中を案内するわ」


 そう言ってマザーは戻っていった。


 私は(かばん)をテーブルの上に置き、クローゼットを開けた。

 そこにマザーと同じ修道服が三着掛けられていた。引き出しには頭巾(ウィンプル)もある。


 着替え終わってクローゼットの内側についていた姿鏡を見る。


 そこには、エンディングで見た悪役ヒロインがそのままの姿で立っていた。


『順調にざまぁルートをたどってここまで来たね』


(……っ!!)


 鏡の中の私が、顔を(ゆが)めて笑った。私は慌ててクローゼットを閉めた。

 心臓がばくばくと音を立てている。


(今のはきっと、気のせいよ……)


 逃げるように応接室に戻ると、マザーは建物の中を案内してくれた。この建物はシスターが日常生活を送るための場所だそうだ。


「そこの廊下の扉から隣の聖堂へ行けるわ。そこで祈りを捧げるのが私たちの大切な日課ね」


 ひととおり案内してもらってから、修道院の一日の生活について聞いた。単純だけど体を動かす仕事が多いという。


「最初は慣れないと思うけど、順番に覚えていきましょうね」


 明日から修道院での生活が始まる。


(――生きることを諦めない)


 ポケットに忍ばせたお守りのサシェにそっと触れながら、辺境伯様の言葉を心の中で唱えた。



 寝る前にクローゼットの鏡をのぞいてみたけれど、もう悪役ヒロインの顔は映らなかった。

次回から修道院暮らしが始まります

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