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14 呪われた地

「ここは辺境の領境にある中で一番大きな街だ。ここから東は全部辺境領だよ」


 王都からの旅を始めて九日目、私たちは辺境領の領境にたどり着いた。


 私が街を見て一番最初に驚いたのは、農地の広さだった。

 街を取り囲むようにして畑が広がり、見えている場所はすべてが農地として開拓されていた。


(でも……あれ? 聞いてた話と違うよね……?)


 私は首を(かし)げながらハルジュ様にたずねた。


「あの、辺境は植物が育たないのではなかったんでしょうか?」

「辺境すべての土地で植物が育たないわけじゃないんだ。だからこうやって育つ場所に領民と農地を集約させている。ここでは街の住民のほとんどが農業に従事している……今はまだね」


(……?)


 最後の言葉に引っかかりを覚えたけれど、想像以上に大きな辺境の街にすっかり興味を惹かれ、それ以上聞くことはしなかった。


 宿に到着するとハルジュ様に「街を案内しよう」と提案された。

 一瞬、侯爵領での出来事が頭をよぎる。

 返事をできないでいると、殿下は私の肩をぽんと叩いた。


「辺境領は大丈夫。それほど多くはないが私と同じような能力を持つ領民がいる。その者たちには君が魔女ではないとわかるから、侯爵領のようなことは起こらない」


 ハルジュ様があまりに自信たっぷりの笑顔で言うので……信じてみることにした。


 私は伯爵家できれいに洗ってもらったフードを被った。 

 落ちないと思っていた泥汚れは、ランドリーメイドの熟練の技で簡単に落ちてしまった。

 もちろんハルジュ様のローブもピカピカだ。よかった。


 街へ出ると、侯爵領の街とは雰囲気が全然違った。


 街全体にのんびりとした空気が流れている。

 街ゆく人たちは素朴な感じで、お世辞にも裕福な生活を送っているようには見えない。それでも顔に陰りはなく、みんないきいきとしていた。


 これが辺境の街……もっと冷たく鬱々(うつうつ)とした場所を想像していたので、なんだか拍子抜けしてしまった。


(全然呪われている場所には見えない。どういうことなんだろう?)


 街を歩いている間、ハルジュ様に気づいた領民たちはにこやかに挨拶をし、彼も気軽に声をかけていた。

 やっぱりハルジュ様は当然のようにみんなに慕われている。


 ここに来て気になったことがある。


 街の人たちが挨拶をするときに、ハルジュ様のことを「若様」と呼ぶのだ。

 老若男女、会う人みんなが若様と呼んでいる。


(若様……その呼び方、()()だ。大アリだ)


 私も呼んでみたくなって、そわそわしながら小さな声で「若様……」と呼んでみた。


「君はハルジュで」


 速攻で却下された。


「領民たちにはやめてほしいと何度も頼んだんだけど、辺境領ですっかり定着してしまったからもう諦めた」


 歩きながらそう説明するハルジュ様をちらりと見ると、心なしか耳が赤くなっていた。


(うわぁ……推せる。照れているハルジュ様が尊すぎる)


 私は寝る前に必ず『今日の殿下』日誌に書きとめようと心に誓った。





 それから街の食堂で食事をすることになった。


 ハルジュ様が「大丈夫」と力強くうなずいてくれたので、思い切って顔を出した。


 店員さんに顔を見られてしまった。

 身構えていると、「あら若様、デートなんて珍しい。こんな食堂じゃなくてもっとオシャレなところに行かなくちゃ」とからかわれただけだった。


 ハルジュ様が「大丈夫って言ったでしょ?」と得意げに笑う。


 店員さんの勘違いに恥ずかしいやら、何もなかったことにほっとしたやらで、返した笑みはぎこちなくなってしまった。


「ここから辺境領都までもう一泊必要なんだけど、最後は野営になるんだ」


 料理を待ちながら、ハルジュ様が申し訳なさそうに切り出した。


「わたしは大丈夫です。むしろ野宿したことがないので楽しみです! 何かすることがあればお手伝いさせてください」

「本当に君は変わったご令嬢だね……」


(笑ってるから、褒め言葉だよね……?)


 出てきた料理には、街の農地で採れた野菜が使われていた。


「こうやって採れたての野菜をたっぷり食べられるのは、この街が最後だ」


 ハルジュ様がぽつりとこぼした。


「辺境のどこが『呪われた地』なのか……明日にはわかるよ」


 その言葉が、妙に耳に残った。




 ◇




 翌日、領境の街を後にしてしばらく進んでいくと、外の様子が一変する。


 畑らしき場所があっても作物を育てている様子はなく、所々に点在する民家からは人の気配を感じない。

 それどころか道端の雑草さえも姿を消していた。

 昔からそこに立っていたであろう木々は、もう春だというのに一枚の葉すらつけていない。


 ()()()()道がひたすらに続いている。


 休憩に立ち寄った村には空き家になっている古びた建物が何軒もあった。

 ハルジュ様は馬車の荷の一部を村長の元へ運ぶよう騎士に指示を出していた。

 この村で住人のいる家は、もう片手で数えるほどに減ってしまったという。


 領境の街とのあまりの落差に、私は愕然(がくぜん)とした。


「これが『呪われた辺境』だよ」


 窓の外を見つめたまま、ハルジュ様は淡々と言葉を紡いだ。


「この百年で、植物の育たない土地は東側からどんどん広がっている。すでに辺境領の四分の三は作物が育たない土地だ。このままいけば近い将来、領境の街まで広がっていくだろうね」

「そんな……」

「そして辺境領はすべてが『呪われた土地』になる。しかもこの呪いは辺境領だけで止まるのかわからない。いつか王国中が飲み込まれるかもしれない」


 私が学んだつもりでいた知識なんて、現実の前ではなんの意味もなかった。

 言葉に詰まった私に向き直り、ハルジュ様が静かに言った。


「私はこの辺境が呪われた原因を突き止めたい。そして百年前まではたしかにあった、緑の辺境領を取り戻したいんだ」

「……それがハルジュ様の言っていた、どうしてもやりたいことなんですか?」

「そうだよ。まだ手がかり一つ掴めてないんだけどね……」


 ハルジュ様は悲しそうに笑った。

 私はその笑顔に、なんと声をかけていいのかわからなかった。





 日が傾いてきたころ、馬車は集落の跡地に止まった。

 人がいなくなってから長い時間が経っているようで、家の中は崩れる危険もあるため広場で野営をすることになった。


 集落の奥には、見渡す限り一面に木の幹が立ち並んでいた。昔はきっと緑豊かな森だったんだろう。

 ただ茶色い木の枝が伸びているだけの森の跡は、夕日を受けて寂しくそこにたたずんでいた。


 野営の準備が整ったので、火を起こして食事の準備をする。

 私は料理担当に名乗りを上げた。


 干し肉と干しキノコ、乾燥ハーブとメルダール産のお米を少し。調味料で味を整えて、特製スープリゾットの完成だ。


「!! おいしい……」


(よかった)


 シンプルな味つけだけど、干し肉とキノコの出汁がよく出ていて満足感のある味になっていた。


「リナリエは料理もできるのか……」


 食事をぺろりと平らげたハルジュ様が感心したように呟いた。


「わたしは学園にメイドを連れていかなかったので、食堂に行かない日の料理と掃除は自分でやっていました。洗濯だけはランドリーサービスを使っていたので経験がありませんが……」


(以前のわたしは人と関わることを避けていたから……)


 前世でも仕事で帰りの遅い親に代わってよく料理をしていたし、部屋の掃除は自分でするのが当たり前だった。

 この経験が修道院でも役立ちそうで、皮肉だけどほっとしている。


 就寝時は私が馬車の中で寝ることになった。

 外で寝ると言っても却下されることは学習していたので、今回は黙って従った。


 妹弟が作ってくれたお守りのサシェを握りしめ、毛布にくるまって目を閉じた。


 いよいよ明日は修道院に到着する。

 不安は尽きない。けれど誠実に祈りを捧げて暮らすと決めた。

 そしていつか……家族の元に帰るんだ。


 どうしても目がさえてしまい、結局眠りに落ちたのは空が白み始めたころだった。





 目を開けると外はすでに明るくなっていた。


 寝た気がしなかったけれど、ハルジュ様にばれると心配されるので気合いを入れて起き上がった。

 幸いこの集落の井戸は枯れていなかった。冷たい水で顔を洗って歯を磨き、気を引きしめる。


 広場の野営の跡はすっかり片づいていて、ハルジュ様たちは集まって話をしていた。


「おはよう、馬車の中は寝にくかっただろう」

「おはようございます! とても快適な馬車で、夜もぐっすりと眠れました!」


 ハルジュ様は朝日を背に、後光の差す極上の笑顔を見せてくれた。今日も心が洗われる……。


「それはよかった。目の下にくまがしっかりできるくらい()()()()()みたいで」


(ばれてた……)


「出発したら馬車の中で少し休みなさい。あと半日もすれば到着するから」

「はい……」


 馬車の揺れに体を預けていると、眠気に襲われ……



 あっという間に意識を手放した。

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