13 家族との別れ
翌朝、みんなで朝食をとり、出発の準備を整えて馬車へと向かう。
学園寮にあった私の荷物は家に届けられていた。
殿下が指示して送ってくれていたそうだ。本当に頭が上がらない。
私は入学前に両親がプレゼントしてくれたお気に入りのペンと、妹と弟が作ってくれた押し花のしおりを辺境に持っていくことにした。
外に出ると馬車の準備はほとんど終わっていた。
王都から物資を積んでいた荷馬車には、街に立ち寄るたびに日持ちする食料を追加してきた。
今回はメルダール産のお米もめいっぱい積んだ。
辺境は植物が育たないため、食料の確保がとても大事らしい。
他領との交易で食料は手に入るけれど、一度の量は限られるし、何かあれば食料が届かない可能性もある。
街や村によっては、いつも最低限の食料で命をつないでいるところもあるそうだ。
そのため、今回は物資を辺境に届ける役目も兼ねているのだ。
まだ見ぬ辺境の地……どんな生活が待っているのだろうか。
家族と最後の時間を過ごす。
「創世神に毎日祈るわ。いつもリナのことを想っているからね」
そう言って母が抱きしめてくれた。このぬくもりともお別れだ。鼻の奥がつんと痛くなる。
最後に私の大好きなおにぎりを持たせてくれた。
まだ温かいおにぎりを見て、また目頭が熱くなった。
「困ったら手紙を書きなさい。必要な物資があればなんでも送るから」
父が抱きしめながら背中を優しく叩いてくれた。
辺境に着いたらときどき手紙を書いてもいいか聞いてみよう。一年に一回でも手紙を送れたら……。
「リエ姉様がいつも元気でいられるように、神様にお祈りしながら作ったの」
「ぼくもおてつだいした!」
妹のアリテアと弟のクルードが小さな袋を手渡してくれた。
袋からは花のいい香りがふわりと漂ってくる。袋の口を結んだ可愛いリボンは、たしか妹の一番のお気に入りだったはず。
「このリボン……いいの?」
アリテアは目に涙を浮かべながら「いいの! お気に入りはほかにもあるもの!」と笑った。
クルードは大きな瞳からこぼれ落ちそうなくらい涙をためて、ぎゅっと私のスカートに顔をうずめた。
「ねえさまがっ、帰ってくるまで……ぼくっ……ながないがらぁっ……!」
私はそんな二人をまとめて抱きしめた。
「ありがとう……父様と母様のこと、よろしくね……!」
三人でまた涙を流してお互いの無事を祈った。
家族が持たせてくれたものを手に馬車へと乗り込む。
馬車はゆっくりと出発した。
手を振る家族の姿が小さくなっていく。
お守りのサシェをそっと鼻に近づけた。
この香りをかぐたびに、家族の顔を思い出すんだろう。
「泣き虫になっちゃったね」
メルダール家の邸が完全に見えなくなるまで見つめていると、向かいに座る殿下がハンカチを差し出してくれた。
思わず受け取って、そしてはっと気づく。
この数日間、殿下には迷惑をかけ続けてしまった。私のためにルートを変更して、伯爵領まで来てくれた。
ここまでしてもらって……私は謝るどころか、お礼のひとつも言っていない。
(失礼にもほどがある……!)
私はほとんど反射的に席を立ち、膝をついて殿下に謝罪していた。
「殿下……これまでの非礼、本当に申し訳ありませんでした! これからは誠心誠意、創世神様にお仕えし……」
「ちょ、ちょっと、危ないからちゃんと座りなさい……! わかった、わかったから! 座って話をしよう!」
私は殿下に促されて、渋々と座席に座り直した。あらためて殿下に謝罪とお礼を述べる。
「侯爵領の街から、いえ、旅が始まってから、ひどい態度を取り続けていました……申し訳ありませんでした。殿下にはとても良くしてもらって、家族にまで会わせてくれて……ありがとうございました」
そのまま昨日の殿下の言葉を思い出して、私はおそるおそる確認した。
「あの、殿下が言っていた、わたしの後見人になってくださるというのは……」
「うん、本当だよ」
「で、でも、どうしてそんな……。殿下もお忙しいのではないですか?」
あらためて殿下の口から聞いて、驚きと戸惑いが胸の内に広がる。
おそれ多くもありがたいことだけれど、辺境は王都から遠い。本当に殿下の負担にはならないのだろうか。
「そうか、ちゃんと言ってなかったかな。私は今辺境に住んでいるんだ。学園を卒業してからだから……もう五年になる」
「えぇっ! そうなのですか?」
「そう、だから君の後見を務めるのになんの不都合もないんだ。それでもだめなら……君の監視役、と言ったほうが納得する?」
殿下はただ私を辺境まで送り届けるために来ているだけかと思っていた。
辺境に住んでいるの……?
「お仕事というのは辺境で……?」
「そうだよ。辺境でどうしてもやりたいことがあるんだ」
そう答えた殿下の新緑の瞳は、決意に満ちていた。
そのまっすぐな瞳を受け止めきれず、顔が熱くなる。
きちんとお礼をしなきゃ、と慌てて頭を下げた。
「本当にありがとうございます。今後は殿下のご迷惑にならないよう、精進していきます」
「君はそのままでいいんだよ。迷惑かどうかは私が決めるからね」
殿下は何でもないことのように返事をすると、にこやかに話題を変えた。
「そんなわけで私はすでに辺境の民であって、正式な王族ではない。そろそろ殿下呼びはやめてほしいな?」
「んぇ?」
……変な声が出た。
「辺境に行ったら私を殿下と呼ぶ人は誰もいない。もちろん君も呼ばない」
「いや、そんなことは……」
「ハルジュ」
「は、はる?」
「ハルジュ、そう呼ぶこと」
殿下の強い圧を感じる。
(これ、よくある絶対に呼ぶまで許さないやつよね……)
「ハ……ハルジュさま……」
今の私、頭から湯気が出ていると思う。
ご本人の名前を呼ぶだけなのに、どうしてそんなに恥ずかしがるのかって?
この状況になってみればわかるよ……。
「辺境に着くまでにたくさん練習しないとね、リナリエ」
満足そうにうなずくと、今日一番の神々しい笑顔で私の名前を呼んだ。
思わず息が詰まった。
心臓が止まらなくてよかった……このままいくと、辺境に着く前にあの世に着いているかもしれない。
この日から、私はハルジュ様……と、自然体で接することができるようになっていった。
馬車の中では以前より会話が増えた。何気ない会話が何気なく交わされる。
いつの間にか馬車の中は、一緒にいて心地よい空間に変わっていた。
私の中で、推しの神々しさは日に日に増していくばかりだ。
今ではことあるごとに手を合わせている……心の中で。
数日かけていくつもの領地を越え、王都を出発して九日目。
いよいよ辺境領に入った。




