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12 聖女の後見人

「大切なご息女が辺境の地へひとり(おもむ)くこと、大変心配されるかと思いますが……辺境にいる間は、私が後見人を務めたいと思っています」

「「えっ?」」

「彼女のことはお任せください」


 殿下は呆気(あっけ)にとられる私たちを見てにっこり笑った。


(殿下が後見人? どういうこと……?)


「それは、私どもとしては大変ありがたいことですが……」


 父はもともと垂れ気味の眉をさらに困ったように下げた。


「今回の件は王太子の身勝手から始まったことです。彼女には癒しの聖女として立派に務めを果たしていた功績もある。彼女のこれからを見届けるのも、王家の責任です」


 殿下は決定事項だと言わんばかりに、きっぱりと言い切った。


 その申し出に私は戸惑った。

 殿下にこれ以上迷惑はかけられない。


 でも……そう思うのと同時に、嬉しく思ってしまった。


(殿下が後見人になってくれるのなら、たとえ孤独な一生だとしても……誰からも忘れられるわけじゃない)


 ここまで来てしまったら、悪役ヒロインの結末を回避できるとは思えない。

 けれど、もし私が魔女だったとしても……誠実に祈りを捧げ、神に許されれば魔は浄化できるかもしれない。


(わたしの努力次第で、またここに帰ってこられる可能性がある……)


 回避できなかった運命の中で、初めて希望の光が見えた気がした。


「と、父様と母様は……」


 少し気持ちを持ち直した私は、ずっと怖くて聞けなかったことを聞くことにした。

 震える手をぎゅっと握りしめる。


「わたしが魔女になってしまったと、思わなかったの……?」


 二人は顔を見合わせた。どんな返事が返ってくるのか、やっぱり怖くなってうつむいた。

 すると、温かくて柔らかい手が私の両手を優しく包み込んだ。これは……母の手だ。


「新聞を読んだときは心配したわよ。……なんでこんなに誤解されているのかって」


 私が目を丸くして母を見つめると、母は優しく微笑んだ。


「母親ですもの、娘のことは誰よりもわかるわよ」


 父も立ち上がり、近くへ来ると私の頭をくしゃくしゃとなでた。


「そうだ。まったく……お前が魔女になって国を乗っ取るなんてありえないだろう。そんなたいした器じゃない」

「そうよ。あなたまともに人と話すこともできないのに、そんなことしてどうするのよ……メリットなんて一つもないじゃない」

「ジョアンナの言うとおりだ。こうやって顔を見て、ますます確信した。リナはリナだ」


 いつもと変わらない態度で苦笑する二人を見て、肩の力が抜けていく。

 私のことを私以上に知っている父様と母様。二人が言うのだから……


(自分のこと、信じてもいいの……?)


 再び込み上げてくる涙をこっそり指で拭っていると、父が自分の頭を()きながらため息をついた。


「それよりも、だ。学園に入学して頑張っていると思っていたのに、なんでそんなことになってるんだ。手紙にはいつも元気でやってると書いてあったから安心していたのに……」

「どうせ自分の意見を言えずに流されて、手に負えなくなってしまったんでしょう。家族に心配かけないようにとか考えて、黙っていたのではなくて?」

「ええと……」


(さすが両親。よくわかっていらっしゃる……)


 両親の鋭い指摘に、その場の空気が思わぬ方向へと変わり始める。

 先ほどの涙はすっかり引っ込んでしまった。


「王都へ行けば学園で友人もできるし、聖女として大勢の人と関われば、その究極の人見知りもマシになると期待したんだがなぁ……」

「そのことですが……私もリナリエ嬢の人柄については多少聞いていました。でもここまでの旅の間、そんな様子はありませんでしたよ?」


 それまで私たち親子のやり取りを静かに聞いていた殿下が口を開いた。


「!? 本当ですか?」


 父が目を丸くして殿下に聞き返した。


「ええ。目を見て話ができるし、自分の考えもきちんと発言しています。控えめではありますが、極度の人見知りとは思えませんでした」


 そんなの信じられない……みたいな顔をしながら両親がこちらを見てくる。

 ……視線が痛い。


「……まあ、変わった言動はありますが……とても素直でいいお嬢さんですね」


 二人に気を取られて最初がうまく聞き取れなかったけれど……殿下の褒め言葉に頬が熱くなる。


「リナ、本当に人見知りが直ったのか? あのリナが人と普通に話せる? そんな奇跡が起こるのか? 何か変なものでも食べたのか?」


 父がぐいぐい顔を近づけて聞いてくる。


「ちょ、ちょっと近い……! わ、わたしも今回の件で反省したんですっ! 自分の意思を伝えるって大切だなって……」


 前世の記憶が戻ったおかげで、人並み程度には人見知りを克服したんです、なんてとても言えない。慌ててそれらしい理由を作った。

 

 最後まで怪しんでいた両親になんとか納得してもらい、二人はソファに戻り姿勢を正した。


「殿下。私たちはあの新聞記事を信じていませんが、領民の中には戸惑っている者がいるのは事実です。少なくとも今はここにはいない方がいい。こんなですが、まじめで頑張り屋で心の優しい自慢の娘です。娘のこと……よろしくお願いいたします」


 父と母が再び立ち上がり貴族礼をする。私も同じように立ち上がって淑女の礼をした。


「承知しました」


 殿下が立ち上がり、礼を返してくださったのを見て覚悟が決まった。


 このメルダール伯爵家にもう一度戻ってこれるように。

 そして、殿下にご迷惑をかけないように……誠実に償いの日々を過ごしていこう。

 そう、心に誓った。


 そのあとは家族と殿下を交えた小さな晩餐会(ばんさんかい)を開いた。

 妹と弟を紹介し、二人とも最初は緊張していたけれど、殿下のお人柄を知ってすぐに打ち解けていた。


 二人は元の私と違って人懐っこいからね……。





 そして就寝前、私はとある部屋の前に寝間着姿で立っていた。

 かれこれ十分ほどここで悩み続けている。


(こんなお願いして呆れられないかな……。断られたら、恥ずかしい……)


 でもきっとチャンスは今日しかない。


(一晩の思い出が欲しい……!)


 悩みに悩んで、私は意を決して部屋の扉をノックした。


 中から返事が聞こえた。


 どきどきしながらそっと扉を開けて、私は中にいた人物に声をかけた。


「おやすみ前にごめんなさい……。あの、お願いがあって……」


 部屋の主は優しい笑顔で私の言葉を待ってくれている。


(勇気を出せ……!)




「あの……父様、母様……一緒に寝てもいい?」




 二人は「しかたのない子ね」と笑って迎えてくれた。


 父様と母様の間に潜り込む。


 懐かしい匂いに胸がいっぱいになる。


 母様にぎゅっと抱きついた。

 母様がぎゅっと抱きしめ返してくれた。


 父様が頭をずっとなでてくれていた。



 幸せな夜だった。

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