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11 メルダール伯爵家

 気持ちが少し落ち着いたころ、予定していたルートに道の状態が悪い場所があるため、迂回(うかい)することになった、と聞かされた。


 到着も少し延びるだろう、と言われたけれど、何も困ることはなかった。

 むしろ……この先のことはあまり考えたくなかった。


 その日は宿に着くまで、ずっと窓の外を流れる景色を見て過ごした。





 夕方に到着したのは侯爵領の領境に近い小さな農村だった。

 村に宿泊施設はなく、旅人が来たときだけ村の食堂の二階を宿泊場所として提供しているらしい。

 辺境へ向かう一行は大所帯のため、殿下と私が食堂に泊まり、騎士と御者は村の広場を借りて野営することになった。


 私が外でいいと申し出たけれど、危機感がないと怒られた。


(わたしなんかが丁寧に扱われていい立場じゃないのに……)


 食堂で夕食をとってから部屋に案内された。

 食堂の二階には四部屋あり、二部屋は食堂の店主夫婦の住居で、残りの二部屋が旅人用の貸部屋になっていた。


 部屋は今まで泊まってきたどこよりも質素で、狭い室内に小さなベッドがあるだけ。

 シーツや布団は清潔感のあるものだったけれど、殺風景な部屋は王城の牢の中を思い出させた。


 お風呂代わりにお湯を張った洗濯(おけ)と、少しごわついたタオルを用意してくれた。

 冷め始めたお湯にタオルを浸して髪と体を拭いた。


 ベッドに横になるとシーツからほのかに洗剤のいい匂いがしたけれど、お世辞にも寝心地がいいとは言えなかった。


 でもこのくらいが、今の私にはぴったりだと思った。




 ◇




 次の日も、ひたすら無言で窓の外の景色を追いかけた。

 そうして――


 ここがどこなのか……気がついた。


 私はぱっと殿下を見た。


 久しぶりに目を合わせた殿下はあいかわらずまぶしくて……。

 思わず目を細めると、殿下が優しく微笑んだ。


「旅もようやく三分の一を過ぎた。実はちょっと行きたい場所があるんだけど……一緒に来てくれる?」





 馬車は広大な田園地帯を進んでいく。

 水を張った田んぼが日の光を反射して、あちこちでキラキラと輝いている。


 見慣れた街が見えてきた。遠くから見る街は三年前に王都へと旅立ったあの日と同じ。

 ようやく「帰ってきた」と実感すると同時に、「もうここには帰れない」という現実が胸を締めつける。

 新聞は読んだだろうか。もし家族にまであの目で見られたら、もう立ち直れる自信はない……。


 お気に入りのお店の前を通り、通い慣れた道を抜け……馬車は一軒の(やしき)に入った。


(……やっぱりやめておきます)


 今さら怖気(おじけ)づいてしまい、殿下にそう声をかけようとした。

 でも馬車の外を見たら、そんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。


「――っ! 父様!! 母様!!」


 馬車の扉が外から開いた瞬間、殿下のエスコートも待たずに私は馬車から飛び降りた。


「リナ!!」


 そのまままっすぐ駆けて、手を広げて待っていた母の腕の中に飛び込んだ。


「リエ姉さま!!」

「ねぇさま!!」


 妹と弟が後ろから飛びついてくるのがわかった。


「おかえり」


 最後に父がみんなをまとめてぎゅっと抱きしめてくれた。



 暗く冷たい牢の中からここまでの道のりで、私はようやく声を上げて泣いた。





 泣きに泣いた私の息が整うまで、殿下は何も言わずに待っていてくれた。

 私は恥ずかしくなって母の後ろに隠れたけれど、「淑女は自分の足で立つ」と叱られてしまった。あいかわらずマナーに厳しい。


「王弟殿下」


 父が前に進み出て深く礼をする。


「殿下からの手紙を拝見させていただきました。娘をここまでお連れくださり感謝申し上げます。たいしたおもてなしはできませんが、どうぞ中でお(くつろ)ぎください」

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらいます」


 父は殿下を応接間に案内した。御者と騎士団のみんなは執事が客室へと連れていった。


 殿下は応接間の三人掛けのソファに座り、その向かい側に両親が、脇にある一人用のソファに私が座った。

 使用人がお茶を準備して退出したあと、殿下が今回の卒業パーティで起きたことを説明した。


「責任は元王太子にあります。しかし悪気がなかったとはいえ、ここまで騒ぎになってしまえば、その事実を国としては無視することができないのです」


 頭を下げかける殿下を父が慌てて止めた。


「こちらこそ、娘が大変ご迷惑をおかけしました。たとえどんな理由があろうと、王族に手を上げれば反意ありと疑われてもしかたのないこと。大変申し訳ありませんでした」


 父と母が深々と頭を下げる。私もそれに続いて深く頭を下げた。


「王家は今後の対応として、辺境領の修道院で奉仕をしてもらうことを決めました。ご息女にとってはつらい日々となるかもしれません。辺境は過酷な地ではありますが、誠実に神への祈りを捧げれば、いずれ許しを得ることができるでしょう」

「許し……ですか?」


 初めて聞く話に、思わず殿下に問いかけた。殿下はうなずき、静かに話し始めた。


「あやまちを犯した人間は、国が管理する修道院か、各地にある修道院へ送られる。そこで奉仕と祈りの日々を過ごすんだ。そして……」


 殿下は一度言葉に詰まったようなそぶりを見せたあと、目を伏せた。


「そして神に祈りが届くと、その人間に魔が刺していれば浄化される。神の許しがなければ許されるまで……一生を修道院で過ごすことになる」

「一生……」


 魔が刺した人たちがどうやって罪を償うのか、世間では聞いたことがなかった。

 もしかしたらゲームの中の悪役も、エンディング後に許される可能性はあったのかもしれない。

 それでも彼女たちの結末は、修道院で「孤独に生涯を終える」ことになるのだ。

 心を入れ替えることができなかったのだろうか。

 それとも……


(わたしは、許されることができるのかな……)


 ぼんやり考えていると、殿下が思いもよらないことを口にした。


「大切なご息女が辺境の地へひとり(おもむ)くこと、大変心配されるかと思いますが……辺境にいる間は、私が後見人を務めたいと思っています」



(……え?)

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