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第8話 王国の困惑と、聖女の驚愕

ガストン伯爵の使いを「物理法則の書き換え」で吹き飛ばしてから数日。

 俺の領地――『庭』は、もはや一つの完成された都市の様相を呈していた。


「カイル様、また何か新しい概念を……? その、空中を走る光の帯は何でしょう」


フィオナが空を指さして尋ねる。

 そこには、七色の光を放つ半透明のレールが、森の各所を結ぶように張り巡らされていた。


「ああ。ルナが素材を運ぶのに、毎回森を走るのは非効率だろう? だから『慣性を保存し、摩擦をゼロにして高速移動させる輸送路マテリアル・ハイウェイ』を構築した」


「……慣性。また難しい言葉を。ですが、ルナがあれに乗って一瞬で帰ってきたのを見て、私は自分の騎士道が少し壊れる音がしました」


そんな日常の風景を、森の外から血眼で覗き込んでいる一団がいた。

 王国最高位の調査団。率いるのは、王国の『慈愛の聖女』と呼ばれる少女、リリィだった。


「……信じられません。この『死の森』は、瘴気で満ち、呼吸すら困難なはず。なのに、なんですか、あの清浄な空気は」


リリィは結界の外側で、震える手で魔力測定器を握りしめていた。

 測定器の針は、振り切れたまま戻ってこない。

 彼女の視線の先には、毒を吐くはずの魔樹が、甘い果実を実らせる庭園樹に作り変えられ、凶暴な魔物が、芝刈り用の大人しい家畜へと『定義』し直されている光景が広がっていた。


「聖女様、危険です! あのような異常な空間、魔王の罠に違いありません!」


供の聖騎士たちが剣を構えるが、リリィはそれを制した。


「いいえ。魔王にこれほどの『調和』は生み出せません。……私は、真実を確かめなくては」


◇◇◇


リリィたちが、俺が「入り口」として定義した門に辿り着いた時。

 そこには、俺と四人のヒロインが待機していた。


「――っ! 竜王の娘アイリス!? それにエルフの賢者エルナ・ルミナスまで!」


調査団の聖騎士たちが絶叫した。

 王国が総力を挙げても太刀打ちできない伝説級の存在が、一人の青年の後ろで、まるで主人の帰りを待つ飼い犬のように穏やかな顔で立っているのだ。


「王国の方々ですね。不法侵入は非効率ですので、お控えいただきたい」


俺が前に出て告げると、聖女リリィが進み出た。


「私は王国聖教会のリリィです。……貴方が、この森を書き換えたというカイル様ですか?」


「ただの事務員ですが、概念の整理整頓は担当しています」


「……事務員? 冗談を。この森に流れるエネルギーは、もはや神話の時代を凌駕しています。貴方は一体、何を望んでこんな場所を?」


リリィの問いに、俺は少し考えてから答えた。


「『効率』です。無駄な税金、無駄な労働、無駄な争い。それらを排除した結果、こうなっただけです」


「効率……そのために、世界のルールさえ書き換えたというのですか?」


リリィは俺の足元に咲く、ただの花に触れた。

 その花には『定義:周囲の者に精神的平穏を与え、MPを微量回復し続ける』という属性が付与されている。

 

「……ありえません。王国の至宝と言われる聖杯ですら、これほどの奇跡は起こせません。カイル様、貴方は――」


リリィはその場で膝をつき、祈るように手を合わせた。


「貴方は、王国の希望……いえ、人類を救う神の代行者ではありませんか?」


「いや、だから事務員だと。……まあいい。リリィさん、せっかく来たのなら、中を見ていくといい。ちょうど、新しい『疲労を概念から消去する寝具』のテスターを探していたところだ」


俺の提案に、聖女リリィの目が輝いた。

 こうして、王国の聖女までもが、俺の『効率的な箱庭』に取り込まれることになった。


◇◇◇


一方その頃。

 王都、ギルドの掲示板の前。


「……嘘だろ。なんで俺たちのパーティに、依頼が一件も来ないんだ?」


勇者ゼクスは、真っ白な依頼主リストを見て愕然としていた。

 彼ら『黄金の翼』はCランクに降格しただけでなく、最近の「不運続き」の噂が広まり、誰も仕事を頼もうとしなくなっていた。


「ゼクス様……。王宮からも、貸し出した聖遺物の返還を求められています……。もし返せなければ、不敬罪で投獄されると……」


「クソッ! 全部カイルのせいだ! あいつが俺たちの道具を勝手にいじって、壊したんだ!」


ゼクスは叫ぶが、周囲の冒険者たちの視線は冷たい。

 彼らはまだ知らない。

 自分たちが「無能」と笑って追い出した事務員が、今や王国の聖女に拝まれ、世界最強の乙女たちに囲まれながら、新しい国の『社会保障制度』の概念構築を完了させようとしていることを。


「あいつを、あいつを連れ戻すぞ! 無能な事務員のくせに、俺たちを差し置いていい思いをさせるわけにはいかない!」


逆恨みに燃えるゼクス。

 だが、彼らが俺の領地に辿り着いた時、そこに待ち受けているのは、摩擦係数ゼロの地面と、時速六十キロで森の外へ吹き飛ばされる『追放の概念』である。

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