第7話 招かれざる客と、無自覚な独立宣言
死の森に朝日が昇る。
かつては絶望の象徴だったこの場所は、今や俺の定義によって「世界で最も快適な居住区」へと変貌していた。
リビングでは、竜族の王女アイリスが俺の作った『至高のソファ』に沈み込み、尻尾をゆらゆらさせながら二度寝を決め込んでいる。
庭では、フィオナとルナが訓練を兼ねた手合わせを行い、エルナはその傍らで魔法理論の再構築(という名の俺への崇拝)に耽っていた。
「……さて。これだけ人員が増えると、ただの『庭』では手狭だな」
俺は手元の魔法帳簿を捲りながら、今後の効率的な資源運用について計算を走らせる。
食料は無限。防衛も完璧。
次は、外の世界との『境界』をより明確にする必要がある。
そう考えていた矢先、防衛術式を管理しているエルナが顔を上げた。
「カイル様。森の境界線に、不吉な『雑音』が紛れ込みましたわ」
「雑音?」
「ええ。魔物ではありません。下等な金属の音と、品性のない怒鳴り声……。どうやら、人間の集団のようですわね」
◇◇◇
森の入り口。
そこには、きらびやかな鎧に身を包んだ騎士たちと、肥満体の男を乗せた馬車が止まっていた。
彼らは、この森を管理する隣接領地の領主、ガストン伯爵の使いだった。
「ひ、ひぃぃ……! なんだこの森は! 木々が勝手に動いて、道を作ったかと思えば閉じおる!」
馬車から降りてきた小太りの役人が、ハンカチで脂汗を拭いながら叫ぶ。
彼らの前には、俺と、俺に付き従う4人の美少女たちが立ちふさがっていた。
「死の森に、何の用だ?」
俺が冷淡に問うと、役人は俺の格好を見て(ただの事務員風の服だ)、途端に横柄な態度に変わった。
「貴様か! この森で勝手に不法建築を行っているという不届き者は! 私は伯爵閣下の名代である! この森の資源、および建造物はすべて閣下の所有物であると宣言しに来たのだ!」
背後の騎士たちが一斉に剣を抜き、威圧するように一歩踏み出す。
……効率が悪い。
せっかく平和な朝を過ごしていたというのに、なぜこうも強欲な手合いは絶えないのか。
「ここは未踏の地、死の森だ。王国の法も及ばないはずだが?」
「黙れ! 閣下が『俺のもの』と言えば俺のものなのだ! おまけに……ほう、後ろにいる女たちは極上品ではないか。それらもまとめて没収――」
――瞬間。
俺の背後から、凍り付くような殺気が放たれた。
フィオナが剣の柄に手をかけ、ルナの瞳が獣の如く細くなる。エルナの指先には黒い術式が渦巻き、眠そうにしていたアイリスが「あ?」と低い声を出して一歩前に出た。
「待て。こいつらにその価値はない。エネルギーの無駄だ」
俺は仲間たちを制し、役人の足元を指差した。
「定義:この男たちが立っている土地は、今この瞬間をもって『我が領土』として独立を宣言する。そして――」
俺は魔法帳簿に新たな一筆を加える。
「定義変更:我が領土に許可なく足を踏み入れた『悪意ある者』は、その存在の質量を一時的に『十分の一』に固定する」
「な、何を言って……ひぎゃっ!?」
役人と騎士たちの体が、まるで風船のように軽くなり、ふわふわと宙に浮き上がった。
鎧の重さも、自慢の体格も意味をなさない。
彼らは手足をバタつかせながら、無様に空中で回転し始めた。
「な、なんだ! 体が軽い! 踏ん張れん!」
「定義追加:追放。対象、浮遊した侵入者全員。ベクトル、森の外。速度、時速六十キロ」
「ぶべっ!?」
「あべしっ!?」
目に見えない巨大な扇風機に煽られたかのように、役人と騎士たちは森の彼方へと一気に吹き飛ばされていった。
後には、持ち主を失った豪華な馬車と、静寂だけが残る。
「……ふぅ。これでしばらくは来ないだろう」
「カイル様。今のは……独立宣言、ですか?」
フィオナが頬を紅潮させながら尋ねてきた。
「ああ。いちいち所有権を主張されるのは非効率だからな。ここを一つの『国』として定義した方が、手続きが早い」
「国家……。カイル様が王になる、ということですね……!」
エルナがうっとりと膝をつく。ルナも「ご主人様の国……いい響きだ」と尻尾を振っている。
アイリスに至っては「我の部屋のソファを大きくしてくれるなら、王座なんてどうでもいいぞ!」と笑っていた。
こうして、史上最も小規模で、かつ史上最強の『事務員による独立国家』が産声を上げた。
◇◇◇
一方その頃。
王都、安宿の片隅。
「……今日のパン、これだけ?」
勇者ゼクスは、カビの生えかけた一切れの黒パンを仲間たちと分け合っていた。
Sランクだった頃の豪華な食事は、今や夢のまた夢だ。
「ゼクス様……。ギルドから、貸し出した備品の紛失補填として、追加の罰金を請求されました……。もう、売れるものもありません……」
「カイル……。カイルさえいれば、こんなことには……!」
彼らはついに、涙を流しながらその名を呼んだ。
だが、彼らが切り捨てた「事務員」は、今や死の森の王として、世界最強の乙女たちに囲まれながら、新しい国の『通貨デザイン』という名の効率的な概念構築に勤しんでいるのだった。
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