6話 竜王の娘は、王座よりも『ソファ』を選ぶ
「……う、ううん……」
どれくらいの時間が経っただろうか。
竜族の王女アイリスは、心地よい暖かさと、背中を包み込むような柔らかさの中で目を覚ました。
(我は……一体……? 確か、凄まじい魔力の源を見つけて、突撃して……)
そこからの記憶が曖昧だ。
足元が滑り、地面に叩きつけられた……はずなのに、なぜか痛みは全くない。
「目が覚めたか。意外と寝起きがいいんだな、竜族は」
頭上からかけられた声に、アイリスは跳ね起きた。
そこは、俺が構築した石造りのヴィラののリビングルームだった。
彼女が寝かされていたのは、俺が昨日『定義』したばかりの【座る者の肉体を最適に支え、精神を極限まで弛緩させる「至高のソファ」】の上だ。
「貴様……! 我になにをした!」
アイリスは反射的にソファから飛び退き、俺を睨みつけた。
角が微かに発熱し、戦闘態勢に入ろうとする。
「暴れるな。ここは俺の『庭』だ。君がどれだけ暴れても、そのエネルギーは全てこのヴィラの『魔力バッテリー』に変換されるように定義してある」
「な……っ!?」
「それより、君。竜王の娘だと言っていたな。なぜこんな辺境に一人で?」
俺が尋ねると、アイリスは一瞬悔しげに顔を歪めたが、観念したように角の熱を下げた。
この場所が、自分の常識が通用しない「理の外側」であることを、本能で察したらしい。
「……我は、父上……竜王から、試練を与えられたのだ。『竜の都を離れ、自らの力で新たな領土を築き、王に相応しい器を示せ』とな」
「なるほど。領土経営の修行か」
「だが、人間どもの住む土地はどこも窮屈で、魔物の住む森は食料が不味い! 我はただ、広い土地で、美味いものを食って、ゴロゴロしたいだけなのに……っ!」
アイリスはソファに未練がましげな視線を送りながら、ガックリと項垂れた。
……どうやら、この竜王の娘、見た目に反してかなりの『怠け者』らしい。
(王に相応しい器、か……。効率主義者の俺からすれば、王座なんて面倒なだけの椅子のために動くなんて、非効率の極みだな)
だが、俺の脳内にある「領地運営シミュレーション」が、新たな答えを弾き出した。
(竜族の王女。その圧倒的な物理戦闘力は、今後この『庭』が大きくなった際の『抑止力』として、計り知れない価値がある。……よし、投資価値ありだ)
「アイリス。君、新しい領土を探しているなら、ここに住まないか?」
「……は? 貴様の領土に、我が? なぜ我がそのようなことを――」
「ここなら、広い土地はある。エルナが術式を組んだから、気候も常に快適だ。そして――」
俺はキッチンから、昨夜の残りのオーク肉(和牛味)を挟んだ、特製サンドイッチを持ってきた。
「定義:このサンドイッチは、竜族の味覚を極限まで満足させ、一口食べるごとに『至福』の概念を与える」。
「美味いものも、あるぞ」
サンドイッチから漂う、犯罪的なまでに芳醇な香りに、アイリスの鼻がピクリと動いた。
「……ふん。我を食い物で釣ろうなど、片腹痛いわ。我は高貴なる竜族――」
ゴクリ。
彼女の喉が、盛大な音を立てた。
「……一口。一口だけ、毒見をしてやる」
アイリスはひったくるようにサンドイッチを受け取ると、大きな口で齧り付いた。
「――ッ!?」
その瞬間、彼女の金色の瞳が、かつてないほど大きく見開かれた。
「なぁぁぁぁぁぁにこれぇぇぇぇぇッ!? 美味い! 美味すぎる! 肉が、肉が口の中で溶けて、旨味の洪水が押し寄せてくる……っ! 我、こんな美味いもの、生まれて初めて食ったぞ!」
アイリスは涙目を浮かべながら、一心不乱にサンドイッチを貪り始めた。
その様子は、王女というよりは、餌を与えられた大型犬のようだった。
「……よし、交渉成立だな」
「んぐ、んぐ……はふぅ。……貴様、いや、カイル。我は決めたぞ」
サンドイッチを完食したアイリスは、口元のソースを拭いながら、真剣な顔で俺を見つめた。
「我は、竜王の座など捨てる! ここを我の新しい『王領』とする! そしてカイル、貴様を我が『専属料理人』兼『ソファ管理者』に任命してやる!」
「いや、俺は事務員だから、料理人じゃないんだが……」
「黙れ! 異議は認めん! 我はここに住む! 文句があるなら、父上に言え!」
アイリスはそう宣言すると、先ほどのソファにダイブし、一瞬で寝息を立て始めた。
……また一人、面倒だが、最強の『防衛戦力』が、なし崩し的に仲間に加わった。
◇◇◇
その頃。
王都、ギルド『黄金の翼』。
「……ランク、降格……?」
ゼクスは、ギルド職員から渡された『ランク降格通知書』を呆然と見つめていた。
SランクからCランクへ。
それは、彼らが積み上げてきた名声と、高額なクエスト報酬の全てを失うことを意味していた。
「嘘だ……。俺は勇者だぞ……? なんで、こんな……」
「ゼクス様! 街の商人たちからも、ツケの支払いを迫られています! このままじゃ、今日の宿代も……」
ミレーヌが青ざめた顔で駆け込んできた。
彼らはまだ、自分たちが犯した最大の「不手際」に気づいていない。
カイルという「定義の支柱」を失った彼らの世界は、急速に崩壊を続けていた。
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