3話 銀狼の暗殺者は、至高の朝食に抗えない
死の森の朝は、本来なら血の匂いと魔物の咆哮で始まる。
だが、俺が構築した『庭』の朝は、小鳥のさえずりと焼きたてのパンの香りに包まれていた。
「……信じられません。ここが本当に、あの『死の森』なのですか?」
石造りのヴィラのテラス席。
借り物の清潔な服に着替えた聖騎士フィオナが、寝癖のついた銀髪を揺らしながら呆然と呟いた。
彼女の目の前には、黄金色に輝くオムレツと、瑞々しいサラダが並んでいる。
「定義:この食材は、摂取した者の疲労を完全回復し、二十四時間の『状態異常耐性』を付与する」
俺はサラダにドレッシングをかけながら、淡々と付け加えた。
昨夜、そこらの薬草と森の果実を「定義」して作った特製だ。
「カイル様、またそんな……。これ、一口食べただけで魔力が体の底から溢れてくるんですけど。王宮の晩餐会でも、こんな贅沢な料理は出ませんよ」
「ただの朝食だ。効率的に栄養を摂らなければ、一日の作業に支障が出る」
俺たちがそんな会話を交わしていると――。
不意に、庭の境界線――「生きた城壁」のあたりで、鋭い殺気が弾けた。
「……来たか。思ったより早かったな」
「えっ? 魔物ですか?」
フィオナが即座に腰の(昨日俺が直した)剣に手をかける。
だが、俺はそれを手制止で止めた。
「いや、客……というよりは、迷子だな」
俺が視線を向けた先。
生い茂る木々の隙間から、一筋の銀色の影が飛び出してきた。
「――見つけた。人間の分際で、この森に踏み入る愚か者め!」
それは、銀色の耳と尻尾を持つ獣人の少女だった。
身の丈ほどもある巨大な手裏剣を背負い、その瞳は獣特有の鋭い光を放っている。
銀狼族。この森の奥深くに住まうとされる、誇り高き戦闘種族だ。
「死ねッ!」
彼女は風を切り、超高速で俺の首筋へと肉薄する。
フィオナが反応するよりも速い。獣人特有の瞬発力と、暗殺術の組み合わせ。
普通なら、ここで俺の首は飛んでいただろう。
だが。
「定義:俺の周囲二メートルにおいて、加速エネルギーは強制的に『ゼロ』に変換される」
カチリ、と。
世界が静止したかのような錯覚。
俺の喉元数センチのところで、少女の爪が、そして彼女自身の体が、見えない壁にぶつかったかのようにピタリと止まった。
「な、ななっ!? 動けない……っ!? 何をした、貴様!」
「動こうとすればするほど、君の運動エネルギーは熱に変換される。大人しくしていた方が身のためだぞ」
俺は椅子から立ち上がることなく、彼女の目の前に一枚の皿を差し出した。
そこには、俺が今まさに食べようとしていた、厚切りベーコンのソテーが乗っている。
「……何だ、これは。毒か? 殺すなら一思いに殺せ!」
「いいから食え。君、三日は何も食べていないだろう。空腹での戦闘は効率が悪い」
「……ふん、騙されないぞ。我ら銀狼族が、人間の施しなど――」
グゥゥゥゥゥ……。
静かな庭に、盛大な腹の虫が鳴り響いた。
少女の顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まる。
「……っ! 殺せ! 今すぐ殺せぇ!」
「いいから。ほら」
俺は「定義:このベーコンは、空腹の者に抗いがたい『多幸感』と『食欲』を与える」を追加で上書きし、彼女の口元に運んだ。
……一秒後。
「……んんぅっ!? な、なんなのこれ、美味しい……っ! 脂が、脂が甘い! 噛むたびに天国が見える……っ!」
先ほどまでの殺気はどこへやら。
少女は俺の手から皿をひったくると、一心不乱にベーコンを頬張り始めた。
その尻尾が、本人の意思とは無関係にブンブンと激しく振られている。
「……あの、カイル様。彼女は?」
「ルナという名らしい。この森の集落が、例の『黄金の翼』の無茶なクエストのせいで食糧難に陥っているそうだ」
「え? なぜそれを?」
「定義:彼女の『過去の記憶』を、視覚情報として読み取った」
フィオナが「もう驚くのはやめよう」という顔で遠い目をした。
食事を終え、ようやく落ち着き(と羞恥心)を取り戻した銀狼族の少女――ルナは、俺の前に正座して項垂れていた。
「……面目ない。暗殺に来て、餌付けされるとは。銀狼族の面汚しだ、好きにするがいい」
「殺しはしない。だが、君の種族が困っているなら、俺の『庭』を広げてやることもできる。その代わり――」
「代わり……? やはり、卑劣な要求をするつもりか!」
「いや。君の鼻は利くだろう? この森にある希少な素材を集めるのを手伝ってほしい。事務作業の効率を上げるために、高品質なインクの原料が必要なんだ」
「……は?」
ルナが拍子抜けしたような声を上げた。
一方その頃。
王都のギルド『黄金の翼』。
「クソッ! なぜだ! なぜ高級ポーションがただの水に変わっている!?」
「ゼクス様! 装備の修理費だけで、今月の予算が底を突きました!」
カイルという「定義の柱」を失った彼らの世界は、急速に崩壊を始めていた。
彼らが昨日まで「当然」だと思っていた幸運も、品質も、勝利も。
すべては、一人の事務員が裏で支えていた「異常事態」だったことに、彼らはまだ気づかない。
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