表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

第9話 白湯

==========

シリルによって、氷のモンスターから救い出されたアルヴィス。

小屋の中で暖を取りながら、ふたりは黒い結び目、赤い紐、そして氷のモンスターについて語り合う。


白湯の湯気が、張りつめていた緊張を少しずつほどいていく。

果たして、アルヴィスの胸に残された黒い結び目とは――。

==========


 湿った雪が、浅く積もっていた。


 木々の枝のあいだから、月が覗いている。


 光を含んだ雪は、森の底で静かに白んでいた。


 小屋の近く。

 木々に囲まれたひらけた場所で、アルヴィスは膝をついていた。


「寒い……」


 濡れた長い黒髪から、水が滴っている。髪が背や肩、額に落ちている。そのいくつかは顔に張りつき、体は指先まで震えていた。

 

 そばにはシリルがしゃがみ、アルヴィスの肩を支えている。

 

 術の名残を飲み込むように自身の指先から流れる血を口に含むと、アルヴィスに話しかけた。


「立てるか?」

「うん。大丈夫」


 指の痛みにも目もくれず、痩せた肩で巨躯を支え、ゆっくり立ち上がらせる。


 小屋の中に入るなり、シリルは炉の近くへアルヴィスを座らせた。


「脱げ。濡れたままだと体温を持っていかれる」


「あまり、見ないでね」


「恥ずかしがっている場合か」


 返事を待たず、シリルは濡れた上衣に手をかけた。布が肌に張りつき、剥がれるたびに冷たい水が床へ落ちる。


 シリルは布でアルヴィスの体を拭いていく。その手つきはあまりにも手早かった。


 体を拭き終えた布をアルヴィスの体に掛け、部屋を離れたかと思うと、何着か衣類を抱えて戻ってきた。


「お前に合うかわからないが、これなら入るはずだ」


 出されたのはかなり年季の入った装束だった。

 所々に渦を巻いた模様がある。糸で縫い付けられており、神秘的に見えた。


 意外にも、アルヴィスの体にぴったりだった。


「ちょうどいいね。誰の服?」


「前ここにいた死霊術師から頂いたものだ」


「シリルと同じ……」


「ああ。俺の師でもある」


「そんないい服、僕が着てもいいの?」


「構わん。風邪をひかれるよりマシだ」


「ありがとう」


「では、髪が乾くまで話でもしようか。少し待っていてくれ」


「うん。でも、あまり無理しないで」


 心配だった。


 その表情には疲れが見え、もともと白い肌が更に青白くなっていた。


「俺なんかの事を気にかけてくれるのか」


 シリルはそう言うと、再び部屋を離れて行った。


「……もちろんだよ」


 返事はなかった。


 けれど、隣の部屋で、何かを置く音が一度だけ止まった。


(出会ってまだ何日も経っていない自分のために、ここまで体を張ってくれたんだ)


 アルヴィスは膝を抱えるようにして、炉の前で身を縮めた。


 炉の火が、濡れた髪の先を少しずつ乾かしていく。

 

 床に落ちた水だけが、まだ冷たく光っていた。


 部屋に戻ってきたシリルは、湯気の立つ湯呑みをふたつ、卓の上に置いた。


「すまない。急いで沸かした、ただのお湯だ」


「気にしないで。とても嬉しい」


 湯呑みを手に持つ。熱くない。沸かしたてではなく、少し冷ましたのか飲みごろだった。

 

 アルヴィスは早速、湯呑みの白湯を飲んだ。


 体の芯から温まっていく。


 シリルが口を開いた。


「その胸について、聞いていいか」


「うん」


「赤い紐、と言ったな」


 アルヴィスは湯呑みを両手で包んだまま、少し考えた。


「紐に見えた。赤くて、糸みたいに細くて……僕の中にある黒いものに、絡まろうとしていた」


「胸の結び目に反応したのか」


「うん。前から、そこにある気はしていた。でも、あんなふうに見えたのは初めて」


 シリルは黙った。

 湯気の向こうで、赤紫の瞳が細くなる。


「その赤い紐、お前を殺すためのものじゃない」


「わかるの?」


「殺すためのものなら、もっと単純だ。あれは……おまえと繋がろうとしていた」


「本当に、その通りだよ」


 アルヴィスの指が、湯呑みの縁を強く押さえる。


「胸の奥を勝手に開けられて、繋がりそうな感じがした」


 シリルはそこで、少しだけ視線を落とした。


「まだ胸に残っているかもしれない。子供みたいなことを言うけれど、正直怖かった」


「……怖かったな』


 短い言葉だった。

 けれど、その言葉でアルヴィスは少し息がしやすくなった。


 いつのまにか口の中が渇いていることに気づき、白湯を飲む。


 ふと、シリルが小屋を出る時の言葉がよぎる。あの大きな氷のモンスターが以前にも現れたことについて、知りたくなった。


()()()()()()()()()()()()()って言っていたけれど、本当にあったの?」


「あった。だが、あんなに大きくなかった。もっと、人の姿をしていた」


「そういえば、首の骨が七つ見えた」


 氷のモンスターの体内に、人のような頭蓋骨と背骨が浮かんでいたことを思い出す。


「俺が最初に出会った時。雪の化身のような女の見た目をしていた。それ以外のことは、これから調べないとわからない」


 シリルはカゴの中から布に包まれているものを取り出した。

 

「それは……」


「頭部だ。さっき倒したあれの中に浮かんでいた」


 布に包んだまま持ち上げられているが、明らかに頭蓋骨だということは分かった。


「ただの骨じゃない。妙な石が埋まっている」


 シリルはそう言うと、すぐにカゴの中へ戻した。


 それ以上、今は見せるつもりがないのだと分かった。


 炉の熱で、アルヴィスの髪は少しだけ軽さを取り戻していた。


「髪が乾いてきたよ。これなら眠れそう」


「もういいのか」


「あとは毛先くらいだし」


「そうか」


 シリルはそう言うと、アルヴィスをじっと見つめている。


「どうしたの?」


「輪郭が俺の師に似ている」


 アルヴィスはくすりと笑うと、色々な姿勢を取ってみせる。


 まず、背筋を伸ばしてみせた。

 

 それから、少し首を傾ける。

 

 袖の長い装束を持ち上げ、まじめな顔で立ち姿を変えてみせる。


「こう?」


「……何をしている」


「似てるかと思って」


 シリルは先程まで疲れていた表情を一瞬だけ緩めた。


「充分似ているな」


 静かな小屋の中で、空気がほどけていくのを感じた。


 アルヴィスは寝台に横になる。毛布と自身の体温で、体の冷えが遠のいていく。


 胸が、一度だけ脈を打ったように感じた。


 それが自分の鼓動ではないと気づく前に、アルヴィスは眠りに落ちた。


 

登場人物

・アルヴィス

・シリル


キーワード

・黒い結び目

・赤い紐

・シリルの師が着ていた服

・氷のモンスターの中に浮かんでいた頭蓋骨

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ